第二話 入国審査
とりあえず、第四話までは一気に公開です。
……その後がチマチマ更新になりますが。
それでは、どうぞ!
お姉様の計らいによって、私はドラグニル竜国の国王、アルム様の元へと預けられることとなった。
転移によって一瞬にして変化した景色。褐色の石畳が敷き詰められたその場所で、私は不安を押し隠すように拳を握る。
「ひとまずは、入国審査を受けてもらう。人を手配しておくから、その者とともに城へやって来ると良い」
ハーフアップにした緋色の長髪に、蒼い瞳を持つ竜人、アルム・ドラグニルは、お姉様と一緒に居た時とは全く別の口調と無表情で私にそれだけを告げると、入国の列に並ばせてさっさと転移していってしまう。
(えっ、ここで置いてきぼり、ですか?)
現在の私は、お姉様に貸してもらったワンピースを着用しており、ドレス姿ほど目立つわけではないものの、女性一人でこの列に並んでいる者は居ないように見受けられる。
(大丈夫、でしょうか?)
いきなり一人にされてしまった私は、初めて城の舞踏会に招かれた時以上の不安感にうつむいてしまう。そうして、列に並んだままゆっくりと進んでいくと、前に居た明らかに竜人と分かる体格の良い男がふいに振り向いて、私を見て黄色の瞳を丸くした後、声をかけてくる。
「おっ? 嬢ちゃん、人間か? 珍しいな、こんなところに人間が来るなんて」
「え、えっと……」
自分よりも遥かに身長の高い竜人に見下ろされながら声をかけられた私は、つい、言葉に詰まってしまう。
「何かわけありか? 嬢ちゃんみたいに可愛い奴は、悪い奴に捕まりかねないからな。あんまり一人で出歩くんじゃないぞ? 夫は近くに居ないのか?」
「その、居ません」
何と答えて良いのか分からず、とりあえずそれだけを答えると、ポリポリと頭を掻いて黒に近い灰色の眉をハの字にする。
「そりゃあ、危ないな。嬢ちゃん、それなら、誰か知り合いに早めに保護してもらった方が良いぞ。この国では、嬢ちゃんみたいに可愛いのは狙われやすい」
(私が、可愛い? 狙われやすい?)
私の顔立ちは、つり目のきつい顔立ちで、可愛いという言葉とは程遠いものだ。それなのに、この竜人は私のことを何度も『可愛い』と言ってくる。
(竜人の美的感覚は、人間のものとは違うのかしら?)
後に、その推測は当たっていたことを知るのだが、今はわけも分からずただ彼の言葉にうなずく。
『ベルドー! 次、私達だってよー!』
『おぉっ、今行く!』
「じゃあな、嬢ちゃん!」
他の竜人の女性に呼ばれた目の前の男は、私では分からない言葉で返事をした後、私に手を振って入国審査のためにさっさと進んでしまった。
(……そういえば、言葉も違うんでした)
アルム様も先程の竜人も、私の国の言葉を使ってくれていたから問題はなかったものの、この先、言葉が通じないこともあることを考えると憂鬱だ。きっと、私がこの国で最初にすることは、言葉を覚えることだろう。
そんなことを考えながら、私は目の前に迫る入国審査にも不安を抱く。実は、入国審査がどのようなことをするものなのか、私は知らない。他国に行く機会が全くなかったわけではないものの、貴族であった私は、いつも従者に入国審査を任せていたし、そもそも貴族用の審査所を通っていたはずなので、こんなに並ぶこともなかった。
(色々と聞かれたりするのかしら?)
どんなものなのか想像のできない私は、不安ばかりが募る。
『次の方ー!』
「あ、次の方ー!」
「は、はいっ」
そして、ようやく私の番になり、恐らく私を見て言い直した女性の竜人の元へと向かう。
「えーっと、人間、ですよね? この国への入国経験はありますか?」
「いいえ」
「なら、この書類にお名前と連絡先、滞在目的を書いて置いてください」
「あ、あの、連絡先と滞在目的って……」
「あぁ、連絡先が決まっていないなら、空欄で構いませんよ。どこに連絡すれば良いか決まったら、また報告に来てください。その際は、あちらの窓口で受け付けております。後、滞在目的は、例えば出稼ぎに来たとか、観光に来たとか、ですかね?」
そんな言葉に、私は一瞬悩む。滞在目的に関しては、ただの成り行きでこの国に保護してもらうことになっているだけであったため、どう書けば良いのか分からない。
とりあえず、名前のところだけを埋めていると、門の内側から誰かがやって来る。
「あぁ、間に合った。貴女が、シェイラ様?」
「えっ、あ、はい」
まだ、滞在目的の部分で悩んでいると、新たに現れた女性の竜人に声をかけられる。
「陛下の命により参りました。あぁ、ちょうど審査内容を書いていたのですね? 滞在目的のところはこちらで記入しますので、お貸しください」
何が何やら分からないものの、とりあえず書いていた紙を渡せば、彼女はスラスラと何事かを書いて、職員の竜人へと渡してしまう。
「ここからは私、ベラが案内役を務めます。ようこそ、ドラグニル竜国へ」
そう言われ、一緒に門を潜り抜けると、そこには、巨大な白い建物が立ち並ぶ、美しい町が広がっていた。