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前編 -人魔外道の最前線-

 夜。


 煌びやかな繁華街と、不法を理とする廃墟地帯の境目は、いついかなる時も人魔外道の最前線にあるといっていい。


 ここもその一つ。魔界の住人で構成された人身売買組織の取引現場となっている廃ビルに、二匹の巨躯が麻袋を担いで侵入した。


 筋骨隆々、灰色の肌に凶器じみた牙。人食い鬼(オーガ)だ。


 人間サイズに作られた扉を窮屈そうにくぐると、麻袋を乱暴に放り投げる。もう一匹のオーガが顔をしかめ、


「商品は丁寧に扱え」


 そう言って袋の口を解くと、中から出てきたのは小さな男の子。手足を縛られた人間の男の子だ。


 夜の世界に、人間。本来ならばありえない。夜は魔族の時間のはずだ。


 だからそう、これは見たままなのだろう。


 誘拐。拉致。そんなところだ。


 男の子は震えている。寒さと恐怖で顔面蒼白だ。


 それをオーガは邪悪な笑みで眺める。


「見ろよ、このガキ小鹿みてえに震えてるぞ。かわいいじゃねえか、なあ」


 やれやれまた始まったよ、といった風に相棒は窓際に腰を下ろすと、建物の前を走る道路に視線を落とす。


 ビルの裏手は空間が不安定になっているから、誰かがここに来るには道路を通らなければならない。つまり、ここで見張っていれば、客だろうが敵対組織(商売敵)だろうが、何が来ても対処できる。警戒するにはうってつけのポジションだ。


「うまそうだ。ちょっと齧っていいだろ?」


「売り物に手を出す奴は長生きできねえぞ」


 視線はそのまま、事務的に言う。


 ……いま何か? とオーガは室内を見渡す。


 ……何か聞こえた気がしたんだが。気のせいか。大方子供が息を呑んだんだろう。


「硬いこと言うなって。指だけでいいからよ。ほら、この指だけ。ちょっと欠けても生えてくるだろ」


「いや、俺もこの間知ったんだが、魔族と違って人間の体は再生しないらしい」


「え、マジかよ。どうりで治りが遅いと思ってたんだ。この間のメスもギャンギャン鳴くばっかで――」


 ボリボリ。


「あ。わり、食っちまった」


 人食い鬼の口から音がする。骨を噛み砕く音がする。


 窓際のオーガはため息を吐くと、指で耳に栓をする。


 こうなったらどの人間も同じだ。(うるさ)くてかなわない。


 果たして男の子は張り裂けんばかりの悲鳴を――上げなかった。


「お?」


「ほお?」


 その様子に興味を惹かれた。油断なく警戒をしていたオーガでさえ、男の子に注目している。


「なんだガキ、我慢してんのか? 痛えだろうによう。意地でも張ってるつもりか?」


 普通は鳴く。だって指を食い千切られたんだ、鳴いて、鳴いて、泣く。いままでは皆そうだった。


 しかしこの男の子は、


「男の子は、泣いちゃだめなんだ」


 大粒の涙をこぼしながら、震える声でそう言った。


「自分のために泣いちゃいけないんだ。男の子は、大切な人のために泣くものなんだ」


 ……面食らった。最初は何を言っているのか理解できなかった。


 だから、言葉の意味を理解できた時、オーガは腹を抱えて笑いこけた。


 オーガは無性に、この男の子を凌辱したくなった。


「へっ。男らしく~ってか? 時代錯誤な親がいたもんだ。ならどんだけやせ我慢できるか試してやるよ」


 オーガは舌なめずり。相棒も事の推移に興味津々だ。つまり。


 隙だらけだ。



「――おッッッッ邪魔しまーーーす!」



 三階の窓の外から、人魔捜査官・四方城(よもぎ)楓が飛び込んできた。




≪こちらD班。目標がチェックポイントを通過した≫


≪A班了解≫


≪B班了解≫


「C班了解」


「寒い」


 十二月だぞ。この間雪降ったぞ。屋上だから風は吹き抜けるし、この後を考えればあんまり厚着もできないしで軽い拷問だよ。


「さむさむさーむー。クソ眼鏡ーさむいぞー」


「煩い。口を閉じてろ」


 刺々しい口調のクソ眼鏡。自分だけ暖かそうなコートを着ていらっしゃる。


「あーはいはい。だが断る。いいよねー、突入支援は。しっかり防寒対策とれて。コート、暖かそうじゃん」


 こっち見てみ? 毛糸使ってんのはニット帽ぐらいで、あとはスパッツに革ジャン羽織っただけだぞ。


「懐炉もあるぞ」


「憎悪で人殺せそう」


 くっそう。その手があったか。


「欲しいのか?」


「え、くれるの? どしたクソ眼鏡? 死ぬのか?」


「……聞いただけだ」


 なんだよそれ。おちょくってんの? やっぱりクソ眼鏡はクソ眼鏡だ。


「こちとらか弱い女の子だぞ。女の子には優しくしろって学校でおい何笑ってんだ」


「いやすまん、お前のジョークが中々に堪えてな」


 笑うとこなかったろ今。


「む。来たぞ」


 一台のバンが道路に見える。そのままこっちにやってきて、迷いなくビルの前に止まる。


 オーガが二匹に麻袋。間違いなくお仕事をする気だ。イヤホンからオーガの声が聞こえてくる。部屋に入ったようだ。


 クソ眼鏡はノートパソコン、私は屋上の縁に移動する。


 いつでもいける体勢。というか早くいかせろ。オーガのガラガラ声なんて、いつまでも耳元で聞くような代物じゃない。


≪うまそうだ。ちょっと齧っていいだろ?≫


「駄目に決まってんだろ殺すぞ」


 食人種族と人間は共存できないと言われる。その通りだと思う。普段から食人衝動を抑えつけているせいで、一度爆発すると手に負えない。


 食人種族は絶滅するべきだ。心からそう思う。


≪あ。わり、食っちまった≫


 だから、人肉を食っても平気なコイツは、普段の食事に満足しているんだろう。


「……四方城」


「大丈夫。冷静」


 自信はないけど。


≪お?≫

≪ほお?≫


 クソ共の声音が変わった。クソ眼鏡を見る。合図はない。


≪男の子は、泣いちゃだめなんだ。自分のために泣いちゃいけないんだ。男の子は、大切な人のために泣くものなんだ≫


 ……ああ、ああ。今すぐ飛んで行って抱きしめたい。


 なんてけな気。痛いだろうに、怖いだろうに。自分の信念を守りたいんだね。それを教えてくれたのはお母さん? それともお父さんかな?


 私は笑わないよ。だって素敵だもの。胸が締め付けられて痛いくらいに。


「四方城」


「うん」


「取引相手がまだ来ていない。故に突入指示も出ていない」


「おう」


「だがタイミング自体はいい。奴らは警戒を緩めた。行くなら今が好機だが、さて、懲戒処分を食らう覚悟はあるか?」


 懲戒処分? 覚悟? 笑わせんな。



「四の五の言わずさっさと命令しろクソ眼鏡」



 私は中指を突き立てる。


「……そうか。では行ってこい。――C班突入します」


「そうこなくっちゃ!」


 イヤホンを放り投げると、私は縁から飛び降りる。一瞬だけふわりと浮いて、あとは真っ逆さまに落ちていく。


 ロープもなしに懸垂下降、自由落下。


 自殺かって? しないよんなこと。


 オーガのいる三階まで落ちたところで、素早く窓枠に手を突っ込み、落下の勢いそのままに体を――



「――おッッッッ邪魔しまーーーす!」



 室内に滑り込ませる。ついでに窓際の禿げ頭を蹴り飛ばしておく。


 着地。そのままダッシュして男の子を捻り上げるオーガに肉薄し、


「飛べオラア!」


 太もも、膝、次いで足を跳ね上げ、最後に踵で相手の顎を蹴り上げる。


 死んでもいいむしろ死ねと放った跳び上段前蹴りは、オーガを体ごと垂直に蹴り上げ、天井に首までずっぽりとめり込ませた。


 男の子は目を見開いて驚いている。指が一本欠けている。血がとめどなく流れて、もう直視していられない。私は男の子に背を向ける。


 彼のことは後続に任せる。今頃は向かいのビルからこっちに向かって殺到しているだろうし、クソ眼鏡も階段を降りてきているだろう。


 ……あれ? なんか変だな……。


「お姉さん、だれ……?」


 弱々しい声。明らかに衰弱している。自力で逃げるのは無理か。


 不安にさせないように、わざとらしく明るい調子で言った。


「お巡りさんだよ。遅くなってごめんね。君が注意を引いてくれたおかげで踏み込めたんだ。ギャンギャン鳴くだけなら、きっとこいつらは警戒を緩めなかった。見慣れた反応だろうからね。

 ……男気をみせたな少年。お姉さん、キュンキュンきちゃったぞ」


 男の子の安全は確保した。さあ、あとはごみ掃除だ。


「そろそろ起きろよ。いつまで死んだふりしてんだ?」


 言うと、窓際オーガはむくりと起き上がり、指食いオーガは床にドスンと着地した。


 どっちも平然としてやがる。


「別に死んだふりはしてねえよ」


「ああ」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「犯して殺してもう一回犯すのは当然としてな」


「……いいね、わかりやすいクズは大好きだ。遠慮なくぶっとばせる」


 ズシン、ズシン、と無遠慮に間を詰めてくる。


 並べば際立つウェイトの差。縦は倍、横は四倍近く違う。


 肉体的な優劣は明白。そこに魔族特有の要素、つまり魔力が加われば、戦力比はさていくらになるか。


「お巡りさんよお。どうせ仲間を呼んでるんだろ? なら――速攻で片ぁつけねえとなあ!」


 大きく振りかぶられた拳がフック気味に弧を描く。迫る拳は見るからに重い、受けるのは悪手と判断し、上体を後ろに反らして回避する。


 スウェーで避ける。その、伸び切った背中に向けて、待ち構えたもう一匹のオーガが蹴りを放とうとしているのが見えた。


 まずい。ならばと私は反らした勢いを緩めず、むしろ加速する。同時に床を蹴り、バク転で拳と蹴から距離を取る。


 回転の最中、背中に感じるプレッシャー。着地するより早く距離を詰められ、突き出された拳を避けることもできない。


「ぐっ!」


 背中に一撃。大丈夫、逃げる背中を押されただけ。ダメージはない。けれどバランスが崩された。


 そっちのほうが致命的。一瞬でも地に伏せるのは致命的。これは道場稽古じゃない、試合でもない。「待て」なんてありえない。


 一度だって倒れられない。……なら!


 魔力を緊急招集、急速生成。辛うじて床に残った中指に全魔力を集中。まばたきの内に床へ放射線状に魔力線を伸ばし――着火。


 バキン、と建物が軋み――次の瞬間、床が崩落した。


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