緊張。
「ねぇアンタさ、なんで私が腹黒なこと喋らなかったの?」
「え?あ、腹黒って自覚はあるんですね……。」
「はあ?そんな事より質問に答えなさいよ。」
「別に先輩が腹黒だからっていちいち先生に報告しませんよ。先生だって先輩だって困るじゃないですか」
「ふーん。考えてるのね。ちなみに私が猫被らなかったのはアンタが初めてよ。」
「な、なんで僕なんですか!?!」
「純粋に試してやろうと思って。」
「試す!?何を?!えっ、じゃあ僕が話してたらどうしたんですか??」
僕がそう慌てると、先輩はくすりと笑った。
「眠り姫との学校生活に不必要かどうか。」
「僕、必要ですか?」
「不必要ではないわね。もしアンタが話しても誰も信用しないことくらい分かってて本性見せたわよ。」
「うわっ。……腹黒だ。」
「うるっさいわね。まだアンタが姫の横にいることを認めたわけじゃないわ。姫の友達は私だけよ。」
その言葉は嘘ではないように先程見せた笑顔は幻のように消えて、ふくれっつらで僕を睨んでいる。
それでも、最初よりは間宮先輩とも近づけたように感じられて少し嬉しかった。
「そういえば私の名前教えてなかったわね。知ってると思うけど間宮 真優よ。まゆじゃなくてまゆう。」
正直、下の名前は知らなかったけど間宮先輩のその堂々とした話し方で何も言えなかったし言う気もない。問題は次に先輩が口から発した言葉だった。
「それにしてもアンタ一年なのに二年の授業受けれるの?」
一応、その文章から色々悟ることはできるのだが何にしろその文章が文章なので僕は間宮先輩にオウム返しをしてしまった。
「二年の授業?」
「ええ。姫も授業受けてるからそれに付き添いのような感じで私たちも。」
「きっ、きいてない……。というか眠り姫って授業受けるんですか!?!!!」
「うん、受けてるよ。受ける必要ないと思うけどね。」
「僕、そんなの無理ですよ……」
「無理じゃなくて強制だけど。てか、アンタ一人称僕なんだね、似合わない。」
「いやっ、これは先輩の前だからですよっ」
焦った。自分の心の中での一人称は“僕”だが、人と話すときは“俺”にしているつもりなのに。
間宮先輩の前だからなのかこの空間が不思議な雰囲気をまとっているからなのか、何故か素を出してしまいそうになる。
これからは気をつけよう。そう思った。
そのタイミングで、僕の視界の右端にあったドアが手前に動いた。僕は今まで体験したことのないほどの緊張を感じる。自然と視線が下を向いてしまう。
そして僕の視界に、学校指定上靴ではなく綺麗に磨かれたローファーが入ってきた。
僕は心臓が飛び跳ねそうになるのを必死に抑えて、入ってきた人の顔を見る。その顔は、あの日花壇で花を見ていたボブカットの彼女のものだった。
彼女が“迷い込んだ天才の眠り姫”。
彼女と目があったとき、そのアーモンドの目の透き通っている様に吸い寄せられそうになる。
何か話さなくては。そう思うものの、体は緊張し喉はカラカラに乾燥していた。何故僕がここまで緊張しているのかは分からなかった。
国が騒いだ天才に会ったからだろうか、いや、なにもわからない。理由や原因などはなく、ただ緊張しているという結果だけが心に佇む。
僕の思考が沼にはまり、静寂がしばらく続いた後にそれを終わらせたのは眠り姫だった。
「あ……ひさし、ぶ、り。」
たどたどしい一音と一音の繋ぎ方。久しぶりという言葉の違和感。それは纏う彼女。
そして
「違うよ、姫。久しぶりは、しばらくあってなかった人に使う言葉。初めて会う人にははじめましてでしょ?」
「あ、う、そうだ。まちがえた。はじめ、まして。」
優しくフォローする間宮先輩。
あの日花壇であった時はスラスラ紡げていた言葉も今はおかしなところに間ができている。
はじめましてと久しぶりという言葉が持つ意味を間違える彼女。情報が錯綜する。
「はじめまして。相馬湊と言います。」
よろしく、とも付け足した。眠り姫は一度こちらをちらりと見て、そして口角をこれでもかと吊り上げてにんまりと笑った。
そして、その笑顔のまま
「よろ、しく。あ……わたし、と、みな、と。ともだ、ち。」
たどたどしいが彼女は僕を友達と言った。
それがなんだか嬉しくて、年上なのにまるで小学生のようでとても、可愛らしかった。
一言、彼女と言葉を交わした後に先生も部屋に入ってきて
「相馬が入ってきたことにより、ここでの放課後の授業は無くなったからな。」
そう言った。
なんて運がいいのだろう!心の中で大きくガッツポーズをして眠り姫のほうを見る。彼女はなにも発言をせず、表情も凍ったかのように変わらずに目だけがきょろきょろと動く。
「先生、それだと私たちはなにをすればいいんですか?」
僕が入った事によって授業が無くなるのは僕が一年で、二人の二年の授業についていけないからで、授業をしなくても大丈夫なのは眠り姫が天才だから。
それくらいは説明されなくてもわかる。
でも、それだと僕たちの必要がなくなる。
ここにいる理由は、僕たちは眠り姫と関わらなくてはいけないから。でも授業が無くなると何をすればいいのか。僕がその疑問を出す前に間宮先輩は先生に質問していた。
ものすごく頭の回転が早い。
少し、先輩をすごいと思った。
僕も頭の回転の速さには自信があったのに。
人の顔色や気持ちを伺ううちにどんどん速くなっていたのに。
そんな僕よりも間宮先輩は速くて少し自分に劣等感を抱いた。