ポケットにいつも百円玉を
小さな子供が目の前を走り抜けていく。
どこか懐かしい気持ちになりながら、
目で追っている俺に横から声がする。
「ゆーた?」
少しボーっとしちゃったかな?
俺はなんでもないと彼女に微笑むと手を引いてゆっくり歩き出した。
「ゆーた?」
お?
いつの間にかテーブルに座っている俺。
ふと視線を提げれば空っぽの食器。
「ちょっと~しっかりしてよ?もうすぐパパになるんだから」
半分笑い、半分あきれたように言う彼女。
「困ったパパでちゅね~」
彼女は大きくなったおなかをさすりながら話かけている。
「いや、今日買い物の帰りに小さな子供がいたじゃない?
もうすぐ俺の毎日もああいう子供がいる生活になるんだなって、
ちょっと昔を懐かしんでたんだ」
うん、子供達が走って向かった先には幼児向けの動く乗り物。
小さいころはあれに乗るのが好きだったなあ。
「俺タバコやめるわ」
いつの間にかタバコをに火をつけようとしていた自分がいる。
「なに?突然???そりゃ辞めてくれるのは嬉しいし子供のためにも・・・」
そりゃそうか・・・いきなり辞めるなんていったら不思議がるよな。
「子供がさ、コレに乗りたいって言ったときに乗せてあげたいからな」
俺はスマホで画像を出すと唯に見せた。
「あー懐かしいねコレ」
懐かしいといった唯の顔はとても優しくて、ああ・・・母になっていくんだな。
なんてちょっと嬉しくもさびしく思ってしまった。
「俺んち貧乏だったからさ、ほとんど乗せてもらえなくて、
ある程度大きくなったとき・・・はじめてもらった小遣い握り締めて、
すごくワクワクしながらデパートの屋上へ行ったんだ。
でも、ある程度大きくなった俺にはあのころ感じた_
ワクワクや楽しさなんて感じなくてさ、
すごく寂しいというか虚しくなっちゃってさ・・・
だから楽しいって思える年齢のうちに俺たちの子供には_
いっぱい乗せてあげたくってさ」
俺はまだ綺麗なままの灰皿に百円玉を投げ入れた。
「ん?」
いつも灰皿を綺麗にしてくれている唯が解らないという顔をしている。
「吸いたくなったら入れるんだよ」
俺は結構本気で言ったのに唯はすごく意地悪な顔をしてニヤッとしやがった。
「ふ~ん?あんたの給料そんなに良かったっけ?」
うごごご・・・
でもいいさ、この子が生まれてくるまでにたくさん百円玉を集めて、
いつでも乗りたいって言ったときに、
ポケットから一枚の百円玉を取り出して渡してあげるんだ。
あの魔法の時間を作り出すために。
だから早く元気に生まれてこいよ。
あっ、でも唯を独り占めするなよ?