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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
ある教師の日常
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食事作法

今回は短めです。

「――それじゃあ、好きな物を頼んで?」

「…………」


 対面の椅子に座ったフィーナに笑顔を向けると、彼女は訝し気な表情を作った。

 フィーナの手を引いてやってきたのは、大通りから少し外れた道にある飲食店だ。窓が一つも付いていないため、外からは店内の様子が分からず、初めての客はなかなか入りにくいが、逆に言えば常連の客以外には人目に付きにくい。料理の味だって悪くないのも、僕が気に入っている理由の一つだった。


「……あの」

「うーん?」


 僕はメニュー表に目を落としながら相槌を打つ。


「あなたは私から話を聞くために連れてきたのではないんですか?」

「そうだよ。あ、勿論ここは僕が出すから、千ファンタまでなら好きなものを注文していいから――」


 ファンタ、というのは、こっちでの通貨だ。なんでも、この世界の名前からとっているらしい。


「――それなら! 今すぐ話を聞けばいいじゃないですか。なぜご飯を食べようとしているのです!」

「いやいや、お腹が減ってる状態じゃ今の君みたいにピリピリして話も聞けないだろ? だからとりあえず腹ごしらえをして、それからゆっくり話を聞こうじゃないか」

「……おそらく家でカレン様が私を待っているのですが」

「大変だ。それじゃあ急いで食べて、話を聞こうじゃないか」

「……シチューを一つ」


 僕が譲歩する気がないと察したらしい。満足した僕は、フィーナと同じくシチューを注文すると、やがてことこと煮込んだやつが、目の前にドンと置かれる。その隣に、付け合わせのパンも二枚おかれた。

 幸いなことに、食文化については、僕が住んでいたところと多くの共通点が見られ、今目の前に置かれているシチューなどは、その最たる物だ。

 トロトロで溶けかけのじゃがいもに、真っ白のスープ。すると、目の前できゅるぅと気の抜ける音が鳴った。


「……早く食べなさい」

「……では……」


 俯いてスプーンを動かし始めたフィーナに、僕は苦笑しながら、「いただきます」と言ってスープを運んだ。

 一瞬、フィーナがこちらをチラリと見たが、すぐにお皿に視線を戻す。ここの料理は悪くない。どうやらそれは彼女も分かってくれたようだ。

 フィーナは、かなり空腹だったらしく、シチューをおかわりするほどの健啖ぶりを発揮した。勿論僕もおかわりし、久しぶりに満足のいく食事となった。

 ただ、フィーナの皿に残るパンの耳を見て、僕は珍しく本気で渋面を作った。


「フィーナ君。そのパンの耳は食べないのかい?」

「? ええ」

「パンの耳で、最後にシチューの皿を拭いてから食べると、案外美味しいんだよ。皿も綺麗になるから一石二鳥だし」


 そう言って、僕の残しておいたパンの耳を言った通りにして食べる。

 その様子を、驚いたような顔で見るフィーナ。


「……そんなことをする人、初めて見ました」

「フィーナ君はずっと王城務めだっただろうしねぇ。まあこんな風に食べる人、普通の街でも珍しいと思うけど」

「――ホントですよぉ。私だって、他のお客さんであなたみたいに食べる人、見たことがありませんよ」


 厨房からいきなり話に割り込んできたのは店主さんだ。既に顔馴染みとなっている彼に、僕は驚いた表情を作る。


「ほんとですか。うちの地域じゃ普通だったんだけどなぁ」


 給食のときとか、よくみんなしてたし。


「お客さんは結構変わってますよ。それ以外にも、食べる前と食べた後に一人でぶつぶつなんか唱えるし」

「あ……それは私も気になっていました」


 予想外のところでフィーナが喰いつき、少し面食らうが、すぐにチャンスとばかりにまくし立てる。


「あれは食事のときの挨拶ですよ。食べる前は、その食事に使われた命に対しての感謝を込めていただきます、食べた後は、その料理を作ってくれた人に対しての感謝を込めてご馳走様、というのが僕の育った地域の風習だったんですよ」

「へぇ、そりゃ聞いたことない風習ですね」


 それはそうだろうな。

 本来なら、ここで「ごちそうさま」の馳走が、料理を揃える為に奔走する意味、だとかの食育知識を披露したいところだが、漢字文化のないこの国では、披露する機会は無さそうだ。。


「……良い、風習ですね……」


 ふと聞こえてきた言葉に顔を上げると、フィーナが目を逸らしつつも、僕と同じようにパンの耳を食べているところだった。

 意外なところからの切り崩しの成功に、僕は内心ほくそ笑む。

 食に対してうるさいのは、小さい頃貧乏で食べる物がなかったせいだが、まさかこんなところで役に立つとは。


「……はは。そう言ってもらえると助かるよ」

「それにしても、お客さん。今日はずいぶん若い子と来ましたね。娘さんですか?」

「地味に傷つくこと言わないでくださいよオーナー。学校の生徒ですよ。生徒。今日は大事な話があって連れてきたんです」

「おっと、それじゃあ私は向こうに行っていた方が良いですね。今日はもうお客さんたちの他に客は来ないでしょうし、誰にも聞かれることはないでしょうから安心してください」

「ありがとうございます」


 店主の察しの良さに礼を言うと、改めてフィーナに向き直る。

 さあ、ここからが本当の腕の見せ所だ。


読んでいただきありがとうございます。

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