魔力阻害の石
ちょっと長くなりました。
「……ふん。まあ俺からすればどうでもいいことか。それじゃ、換金といこうか」
こうやって無駄な詮索をしない所も、ハンサの長所だ。まあ、職業柄こういうことに首を突っ込むとロクなことにならないと知っているのかもしれない。
ハンサは、カウンターの中でごそごそやると、やがて金貨をたくさん取り出した。
この国での金貨は一万ファンタ、つまり日本でいうところの一万円の価値だ。金貨の上には白金貨というものもあり、一枚で金貨十枚、つまり十万円もの価値になる通貨もあるが、一般家庭には出回らないため、僕は全て金貨で換金してもらっている。
「ほらよ、十一個で八十八万ファンタだ。確認しな」
「いえ、大丈夫です。ハンサさんのことは信用しているので」
「……ふん」
この程度のお世辞で信用を得られるわけではないが、何事も積み重ねは大事だ。僕としては、それよりもハンサがこの魔晶石を売るだけで一個につき六万もの金をせしめている方がよっぽど文句があるのだが。
まあその分、彼がお客に僕の情報を売ることはないし、仮に駐屯兵団やらに捕まっても、僕がこの街から逃げおおせるくらいの時間は稼いでくれるだろう。そういったプライバシー保護の代金として多めに払っていると考えて、無理やり自分を納得させている。
いつもならこれで用は済むのだが、生憎と今日は別の用事もあった。
「あ、ハンサさん。今日は商品の方も見せてもらっていいですか?」
「なんでぇ。お前が買い物とはずいぶん珍しいじゃねえか」
「何かこれから厄介事が起きるような、嫌な予感がするんですよ。それに、またしばらくここには来ないと思うので」
「ちょ、待てお前! しばらく来ないって、それじゃあ次の魔晶石はいつ持ってくるんだよ!?」
慌てて声を上げるハンサを無視して、僕は店内を見て回る。来週来る転校生がどのような人物にせよ、この街にまた強力な魔法師が増えるのだから、これまで以上に動きにくくなることは想定しておかねばならない。それに、彼ら兄妹が僕にとって危険な存在になると、自分の直感が囁いていた。こういう理屈では説明できない勘の類を、僕は存外大事にしていた。日本にいた頃は、この直感を信じて行動した結果、何度も窮地を脱していたからだ。
「……相変わらず値段はぼったくりみたいに高いですけど、面白い物が沢山置いてますね、この店は」
『カフス』の特徴的な点は、なんといっても隣国の機械整備士であったハンサ自身が作った商品の存在だろう。
大陸でも随一の魔法が栄えているオルテシア皇国では、必然的に生活も魔法中心になり、科学の分野方面はあまり進んでいないが、ハンサの出身であるクロノス共和国はオルテシア皇国とは対照的に、科学文明が発達した国である。この店には、ハンサが作った作品の他に、彼の伝手で得たクロノス共和国の商品も流れて来たりする。
「……ふん。まぁ、この国の連中はどいつもこいつも魔法至上主義で、そのせいでこの店は毎日閑古鳥が鳴いてるがな」
嫌味っぽく言ったハンサが鼻をふんと鳴らす。
僕は、そんなハンサに対して、穏やかな声音で言った。
「――でも、僕はこの店が好きですよ? よく珍しがられますが、魔法よりもこういったカラクリ細工の物の方が愛着を持てるんですよ。……まぁ魔法学校で働いているので信じてもらえないとは思いますが」
しかし、意外な事にハンサは僕の言葉を否定しなかった。
「ふん。そんなの知ってるわ。こんな店に来る時点で、大概の奴はそうだろうし、何よりあいつも――マティアスの奴もそうだった。まぁ、あいつは特質上そうなるのは当たり前だったがな」
「……そうですね」
どうにもこの人とマティアスの話になると調子が狂う。心がざわつくというか、余計な感傷が生まれるのだ。そんなもの、煩わしいだけで僕には必要ない。
「――ん? これなんですか?」
「お? ……ああ、そりゃ魔力阻害の石だな。持ってるだけで周囲の魔法師の魔力を阻害できるらしい」
「……なんですか、その胡散臭い名前」
遂にこの店も本物のぼったくり商品を売る日が来たか。
そう思ったのだが、ハンサの声音は真剣そのものだった。
「いや、これが今この街で出回ってるんだよ。なんでも、流しの商人がこの街でこれを捌いてるらしくてな。勿論、事実ならヤバすぎる代物だし、聞いたこともねえ名前の商人だったから、誰も最初は信じなかったんだがな。試してみたら驚くことに、ほんとに魔力が熾らねぇみたいなんだよ。まぁ、強力な魔法師相手だと、効力も薄まるみたいだけどな」
僕が試しに魔力を熾してみると、なるほど。確かに、いつもより魔力の質の低く、コントロールも上手くできない。いつもは液体のように自由に動かせる魔力が、粘土質の泥のように重い。
大した代物だ。これさえあれば大抵の魔法師なら比較的魔力の扱いが簡単な魔術すらも行使も出来なくなるだろう。デメリットとしては、石の効果が自分自身にも反映するところだが。
「すごいですね、これ。ついでにこれも買おうかな」
「それは良いが、一個白金貨二枚だぜ?」
「たっか」
白金貨二枚ということは、金貨二十枚、つまり僕ブレンドの魔晶石とほぼ同じ価格ということだ。確かに高いが、考えてみると、ある意味価値に釣り合ってるかもしれない。
こんなものがおいそれと量産されたら、この街はあっという間に犯罪都市と化すだろう。
「別に買うっていうなら止めはしねえが、あまりお勧めは出来ねえぞ。これは知人としての忠告だがな」
「? 何かあったんですか?」
僕が尋ねると、ハンサはわずかに苦虫を噛み潰したような表情になった。
「その石は能力をコントロールできない、つまりは常時魔力に対しての妨害電波を発してる。その大きさなら有効範囲は百メートルくらいしかないらしいが、逆にいえば、ここから百メートル圏内の場所は全て石の効力の中にあるってことだ。お前ならこの意味が分かるだろ」
「……ここの周囲に住んでいる人が、不審に思うかもしれない、と?」
「ああ、そういうことだ」
確かに、それは厄介だ。
近くの住人が通報すれば、駐屯兵団は間違いなくこの怪しい建物を疑うだろう。幸い、石自体は一見何の変哲もない代物なので、誤魔化せるだろうが、問題はハンサが売っている他の商品だろう。まだ、この部屋の商品くらいならなんとかなるが、この部屋の奥にある商品については、流石に誤魔化しようがない。
だが、ハンサの顔を見ると、まだ何かあるらしい。
それを訊ねると、ハンサは、今度ははっきりと渋面を作った。
「その石を売りにきた商人ってのがな……フードをすっぽり被って顔も分からなかったが、どうにも嫌な感じがしたんだよ。これは長年の勘ってやつだがな。それに、その商人の用心棒だか分からねえが、ずっと後ろに立っていたこえぇくらいの美女。アイツからは、相当“匂った”」
「……なるほど」
ハンサは仕事上、これまで何人もの一級犯罪者と交流を持って来た人だ。
そんな彼がこれまで、こんな言い方をしたのは初めてセニアと会った時くらいだ。おそらく、ハンサの事だろうから、この石だって正直買いたくなかったに違いない。それでも石を買ったのは、その女の存在があったからに違いない。
とにかく、そういう話ならば、この石を僕が買う道理はない。小悪党は小悪党らしく、最小限のリスクでチマチマした仕事をこなすのが分相応というものだろう。
石をそのままに店内を見て回ると、やがて一つの商品をハンサに差し出した。
「これをください」
「……ほお。相変わらずお前は変なものを買うな」
僕が差し出したのは双眼鏡だった。片手で使えるくらいのコンパクトサイズのもので、倍率も調整できるタイプの物だ。
「あと、銃の方も見せてください。今日は、より射程の長いタイプのを」
「あいよ」
ハンサが後ろにあった鉄製の扉の鍵を開けると、僕は中に入る。
その部屋は、壁を埋めるように銃が陳列してあり、大小様々な種類の銃が置いてあった。
これらすべてが、ハンサが自ら作った銃なのだ。
彼は根っからのガンマニアであり、店の収入で得た金を、ほとんどこの銃の作成の資金に費やしている。まぁ、この国では銃の人気はおろか、存在すら知っている人の方が少ないが。
「で、射程が長いって言っても、具体的にはどれくらいの長さなんだ?」
「うーん。とにかく、長いやつですね」
我ながら具体性に欠ける答えだ。案の定、ハンサは溜息を吐いたが、それでも、壁際にあった物から一つ取り出してみせてくれた。
「『アズライール』。魔力弾なら五キロは有に届くうえに、風除けの魔術を掛けてあるから風の影響に左右されないっていう代物で――」
「あ、魔法が掛かっているのは全部ダメなので」
「ん、魔力で敵方に見つかるのを気にしてんのか? ちっ、それなら対魔力コーティングもしてやるよ。それなら外部にはほとんど魔力が漏れねえから、狙撃手の居場所は――」
「いえ、それでも弾自体には魔力が籠るでしょう? それでは、おそらく相手に察知されて防がれることもあるんじゃないですか?」
「おいおい、いくら距離があっても、音速すら超える速度で飛ぶ弾だぞ? そりゃお前がいつも使ってるハンドガンとかなら魔力の熾りを察知されて防がれることもあるだろうが、狙撃銃ともなると弾の速度も違うし、何より状況も変わってくるだろ。狙撃する時点でほとんどが奇襲のパターンだ。狙われているとも気づいてない相手にこれは躱せねえよ」
「……なるほど」
ハンサの言い分に納得する。
そもそも、僕がいつも使っている拳銃は不意打ちの時に使う物だ。自衛の際にもすぐに使えるという点で便利ではあるが、その射程上、どうしても相手にある程度接近しなければならず、ある程度の実力者が相手だと、それでは防がれることが多い。しかし、一方的な奇襲であり、魔力を熾す必要もなく、瞬時に片を付けられる狙撃においていえば、ほとんど失敗の可能性はないということか。
どうやら僕も、長くセルベスで生活するうちに、気づかない間に魔法万能主義のような考え方になっていたのかもしれない。以前アルダールとの戦闘で、銃が全く効かなかったことも頭のどこかにあったのだろう。
「分かりました。それでは、その……対魔力コーティング? というのが一番良い狙撃銃をお願いします」
「結局射程云々よりそこかよ。まぁお前らしいがな」
苦笑したハンサが銃を見繕い始める。その間に僕は、狙撃銃に使うスコープの方も購入した。
結局、銃の弾や双眼鏡も合わせて、その日は十万くらいの出費となった。養護教諭の給料半月分くらいの出費だ。それでも、魔晶石が多く作れているため、今月は収入の方が大きい。
狙撃銃は、改めてハンサが調整しておいてくれるということなので、その日は双眼鏡だけ持って帰ることにした。今度来るときは銃を持ち運ぶためのガンケースも必要になるだろう。銃がマイナーなこの国なら、堂々とガンケースを持ち歩いても多少不審に思われるだけで乗り切れるかもしれないが、当然注目を浴びることは間違いない。できるだけもっとスマートな方法で持ち運びする方法を、次に受け取りにくるまでに考えておこう。
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