終末の総力戦 1
だいぶ間が空きました。
カレンの周囲に出現した光球に即座に反応したカレンは、 聖の姿を認めた瞬間、僕は思わず渋面を作り舌打ちをした。「合流が早すぎるよ……」
「いえ、その点に関してはカレン王女に賛辞を送るべきですよカナキさん。本気の私を相手にこうも真正面から戦える人間など、あなたとメルクースくらいだと思っていましたから」
あまりの早い到着だと判断する僕に対し、むしろこれだけの間自分を足止めできたことが功績だと評価した聖。そんな賞賛の中にいたカレンはよろよろと体を起こし、それでも戦意を滾らせた鋭い光を放つ瞳で聖を睨んだ。「やってくれるわね……!」
「カレン様!」
叫ぶフィーナが右手をかざすと、カレンの体に幾重もの身体強化魔法が施される。さらにそこにカレン自身も最上級魔法クラスの身体強化魔法を瞬時に施し、次の瞬間、弾丸の速度で聖に突貫した。
「ハァア!」
「ッ!」
カレンの双剣『緋双藍』は刀身に触れた魔力を全て無効化するという防御不可の魔剣。そこで聖は攻撃を受け止めるのではなく躱すことでそれをいなし、逆に、いくつもの光剣を射出してカレンを猛追する。
「それはもう見切ったわ!」
だが、高速で迫る光剣の全てをカレンは躱し、さらに聖へと再接近する。言葉通り、まるで未来が見えているかのように最小限の動きで光剣を躱すカレンに対し、聖は持っていた光剣を手放し、右腕を前に出し掌を相手に向ける構えを見せた。ここに来てまさかの徒手格闘戦の選択――――
「はぁ!」
裂帛の気合とともに振るった一刀。空気さえも切り裂くその一撃はしかし空を切り、逆にカウンターで合わせた聖のアッパーがカレンの顎に炸裂した。
「ぐ……!」
「おや」
防御魔法を纏っていたおかげでそれほどダメージにもならず、すぐに反撃に転じたカレンだが、聖は小さな驚きを見せただけでそれを回避、さらには逆に一歩踏み込み剣の間合いから拳の間合いへと距離を変えると、その後はまるで舞いのような拳の連撃がカレンを襲った。
「カレン様!」
『あの途方もない神聖力に加えて体術もあのレベルで使いこなせるとはな……!』
防御魔法を身に纏っているとはいえ、一方的に殴られる主を見て悲痛そうに叫ぶフィーナ。そこに透化で身を隠しているセシリアが驚愕の色が見える口調で呟きながら、『雷雷鳥』を放ちカレンを援護する。
「さっきから良い所で水を差しますね」
打撃を続けながら、聖が射出した光剣は、ランダムに飛行する雷雷鳥を正確に捉え撃ち落とす。だが、一瞬でもそちらに意識が向き、ほんの僅かに自分への意識が下がったのをカレンは見逃さなかった。
「『光輝点』」
「!」
カレンの周囲に出現した光球に即座に反応した聖はすぐさま後退するが、『光輝点』の光球は高速で追尾し、すぐさま聖の体へと食らいつく。灼熱の光球は触れた瞬間皮膚を溶かし、人体を喰い尽くすはずだったが、実際に起こったのは、聖の体に触れる直前で、その全てが動きを止め、静止するという事態だった。「あれが聖天剋さんも破れなかった……」
「『閉じる世界』の応用ですね。流石カナキさんです」
「はっ、そんなのあの男じゃなくても誰でも分かることよ。それに、その術は完璧ではない。あなたとこの世界の次元を隔て、あらゆる攻撃を概念的に遮断するようだけど、逆に言えば、その間はあなたもこの世界の事物に干渉することができないのでしょう?」
「あら、流石ですねカレンさん。侮っていたわけではありませんが、頭の回転も相当なようですね。あなたの仰る通り、その指摘は正しいです。ただ、それが事実だったとして、あなたに勝機があるのかは疑わしいところですね。それに……」
「ッ!?」
突然カレンの下方から斬撃が走った。飛ぶ斬撃。B級精霊装『グラム』による能力。イリスだ。
虚を突かれたカレンだったが、双剣を振り抜き、冷静にそれを防御。だが、その間隙を突いて、カレンへと飛び出した聖が繰り出した蹴りを躱すことができず、防御は間に合ったものの、地上へと叩き落されてしまう。
「カレン様!」「カレン君!」
「ぐっ……!」
フィーナと僕が叫んだあとすぐさま体を起こしたカレンは、見たところ大きなダメージは無いようだったが、それよりもカレンと聖の戦いに意識を取られ、イリスの介入を許した自分の失態を悔やむ。「すまない……!」
「言い訳はいいわ。それよりも分かっているならあなたはその大司教に集中しなさい。あまりにモタモタしているようだったら、私が二人とも屠ってしまうわよ?」
「あらあら。流石はオルテシア王国の王女ね。この状況でもそこまで妄言を吐けるなら立派な国の長よ。国の長とは、常に大義名分を作って国を動かすものですからね……」
イリスはくすくすと笑いながら、その間にも大量の分身体を増産していく。短い会話の中でも着実に自分達のアドバンテージをとっていくのは流石だ。やはり先手先手で仕掛けていくしかないと考えていたところで、意外なことにカレンから『思念』が届いた。
『少しだけ耳を貸しなさい――五分よ。おそらく、それが今の状況で私があの天道を足止めできる時間の限界』
予想していなかった弱気な分析に僕は表情はそのままだが、驚きの気持ちを彼女に伝えた。『君にしては随分弱気な発言だね』
『冷静に実力差を測った結果よ。ただあくまで五分はこの状況が続いたらの話――一瞬でもいい。イリスが劣勢に立たされて、少しでもそちらに聖の意識が割かれたら、私の切り札で聖は落とせるわ』
『……前言撤回だ。流石カレン君だ』
純然たる事実のように宣言したカレンに僕は内心笑みを浮かべる。彼女の要求は難しいものだったが、同時に彼女自身も自らに課したハードルは僕以上かそれ以上に高い。他人に厳しく、自分にも厳しい。学生時代から変わらない彼女の在りように僕はこんな状況にも関わらずとても懐かしい思いになった。
だが、やはりそうなってくると……。
「鍵になるのは僕達ってことか」
目の前に広がる増殖を続けるイリス。同じ顔で同じ微笑を浮かべる天使のような風貌のイリスも、これだけ数が増えれば恐ろしくなってくる。
『ナトラ君、残りの魔力総量は?』
『え、は、はい! 大体五……ううん、四割強ってところかな。特級魔法は出せても残り二回くらいかも……』
突然『思念』が送られて驚いたのか、やや上ずった声で答えたナトラの戦力を加味し、どうすればイリスとの戦闘を優勢に運び、聖の意識を一瞬でもこちらに向けさせることができる状況を作り出せるかをシミュレーションする。
「策略を練る時間を与えると思って?」
「!?」
だが僕が思考を深めようとしたタイミングでイリスの分身体が一斉に動いた。必殺の武器を持った無数の敵が一斉に四方から襲い掛かるのは一瞬でも気が抜けない状況そのものだ。こちらの思考を理解したうえで当然襲い掛かってきているのであろうイリスに僕は渋面を作りつつ、狙い撃ちされないように地を蹴り後方に退避する。「ナトラ君は上空に上がれ!」
「は、はい!」
眷属の波に呑まれる前にナトラを上空に上げる。殺到する分身体を前に、後退する足を止め、全身に静かに魔力を充溢させる。
使える手札を全て切ったとしてもイリスを倒すまでのビジョンは浮かばない。だが、どのみちもうやってみるほかもう道はない。重心を落とし、拳を上げ構えた僕は、雑念を捨て、本体であるイリスを注視する。「行くよ――」
「ええ、カナキならできるわ。必ず私まで辿り着いて……!」
どこか恍惚とした様子で笑みを浮かべたイリスがそう言った直後、全方位から分身体が殺到した。
「『黒淀点』」「そうそう簡単に!」
魔晶石を砕いた僕と同じくナトラは『炎熱湖』を広範囲に発動させ、分身体の足場を奪う。分身体それぞれが『原初の剣』を持っていることから、空中での移動の術もある程度確保しているが、だからといって地上にいるときほど自由が利くわけではない。緻密な操作ができるナトラの『風刃』により、分身体は瞬く間に数を減らしていく。
「くぅ、先生、行きました!」
だが、そうはいっても分身体の数は百を超える軍勢、数を半分に減らしたところで、まだまだ手数には余裕がある。
『原初の剣』に眠る精霊装の能力により、こちらへと突っ込んでき軍勢に対して僕は不用意に距離を縮めることはせず、『沼影』から飛び出した黒球を多数飛ばして迎撃にあたる。
「流石に眷属を舐めすぎでなくて?」
その黒球は狙い誤らず何体かの眷属を撃ち抜くが、残り半数は『原初の剣』の効果を使い距離を縮めてくる。その時点で一番最初に接触する分身体は四体。右手には『原初の剣』、左手には『リッパ―』――
「――シィ」
まず最初に飛び込んできた分身体の振るったリッパ―を躱し、すれ違いざまに装甲の薄い顎をアッパーで破壊する。すぐさま次に飛び込んできた分身体には回し蹴りを放つが、それは頭部に炸裂するものの、『ウラヌス』の堅牢な鎧により倒すまでには至らない。それでも体勢は大きく崩したので、そのうちに後ろから分身体二体が一気に左右から襲ってくる。左から来た分身体の攻撃が『リッパ―』だったので、そこに特に意識を向けて躱し、もう片方の分身体の攻撃は『魔力執刀』で受け止める。そうしている間に先ほど蹴りを入れた分身体も復活し、こちらに最接近し襲い掛かってくる。
「『八機手』」
一呼吸のうちに放った八つの突きをさばききれず、分身体三体は一瞬で塵と化す。
「まだまだ序の口よ、カナキ」
「!」
息を吐く暇もなく次々と現れる分身体は一人一人が必殺の武器を持っていることに加え、身体能力も然ることながら堅牢な『ウラヌス』を纏っているため、一人一人倒すのにも神経を割かねばならない。
「あはっ、どうしたのカナキ!? 早く本体のところに行かないと!」
「チッ……!」
『リッパ―』を振り回す分身体の攻撃を躱しつつ、さらに後方から迫って来た分身体に対しては『沼影』を伸ばして牽制する。分かってはいたことだが、ナトラと僕では決め手に欠ける。分身体を抑えることはできるが、その先に進むことができない状態。さらにはナトラの残存魔力量も考えるとこの状況もいずれ限界を迎える……一度だけならこの状況を打破できる奥の手は持っているが、チャンスは一度切り。ここで使うべきか……それすらも考える暇を与えず襲い掛かってくる笑みを浮かべた大勢のイリスに、僕がたまらず魔晶石を砕こうとしたときだった。
「――一つ!」
「え?」
放たれた剣閃が目の前にいた分身体を真っ二つにした。
「すまん! 治療に時間がかかった!」
「スイラン君! それに――」
「まだくたばる気はねえぞお!」
現れたのは体中を血に染めつつも、しっかりと両の足で立つスイランと、既に幻獣化を済ませ、空中にいた分身体一体を手にかけたガトー……いや、それだけではない。
「カナキさん! この場にいるのがこちらの最後の全勢力です! どうかこのメンバーで大司教の首を獲ってください!」
立ち上がる元気もないのか、膝をつき、こちらに叫ぶエトの声に僕は瞬時に周りを見回した。
僕、ナトラ、ガトー、スイラン、マティアス、カレン、フィーナ。そして姿を隠しているセシリア、ミラ、アリス……。
「分身体の群れを突破する! 道を開いてください!」
考えるよりも早く言葉は出ていた。
「任せろやぁ!」「二つ!」
僕の声に呼応してガトーが『風来槍』を、スイランが斬撃を飛ばし、複数の分身体を一基に霧散させる。さらには離れた位置で死体を操るアリスが『次元斬』を飛ばし、更に分身体の数を減らしていく。
「そろそろ死体を操る彼女も面倒になってきたわね」
イリスはアリスのいる方へ目を向けると、すぐさま数十体の分身体を送り込む。その数五十近くに上り、全体のおよそ五分の一程度。結構な数だ。それだけ本気でアリスを煙たがっているということ、さらにはこれでアリスを確実に仕留めるという明確な意図を感じた。
『アリスさん! 応援は送れませんよ!』
『分かってるわよ! 自力で何とかすればいいんでしょ!』
分身体一体一体の身体能力は精々B級精霊騎士程度、魔法師でいえば三級から準二級魔法師レベルだが、手にした武器はかすり傷でも死に至る『リッパ―』、しかもその数が五十近くになるとすれば、それはもはや一個の部隊だ。幸い有利なのはアリスと分身体の距離がまだ離れており、『次元斬』によりしばらくは一方的に攻撃ができるところだが、距離を詰められるまでに一体いくらまで数を減らせるかが鍵となるだろう。
と、他の人の心配をしている暇はないよね。
「上から来るぞ!」
そのとき、スイランの叫び声が耳朶を打ち、考える間もなく、大きく右に跳躍した。
その後すぐに僕たちが走っていた地点に『円環の露』が降り注ぎ、必殺の光線が地面を抉る。効果範囲にいた分身体は瞬く間に霧散し、術を発動した張本人である聖はこちらには目もくれず、裂帛の気合を乗せたカレンの一撃を涼し気に受け止める。こちらに意識を割いているというよりは、カレンを相手にしながらまだ余裕があるからこちらにも手を出してきた形か。これでは先ほどアリスと話していたこととはまるで逆の状況だ。
「私を前にしてまだ他に構う余裕を見せるなんて……!」
「事実です。それでもあなたは十分よくやっていると思いますよ?」
「ぬかせ!」
強化された聴覚が頭上のそんなやりとりを捉えるが、そちらに意識を向ける暇もなく、再び四方から分身体が迫り、そこをスイランとナトラが僕を守るようにして立ちはだかる。「近場は任せろ! 代わりに」「遠くにいるのをお願い!」
「『終末』」
スイラン、ナトラの叫びに即座に魔晶石を砕いた僕はその指示に応えるべく、分解魔法を発動する。放たれた漆黒の光線は数体の分身体を食い破りながら本体へと迫るが、流石のイリスはそれを軽々と躱し、『原初の剣』の切っ先をこちらに向け、逆にカウンターを仕掛ける。行使するのは神聖力を大砲として放つことができる『アグニ』か。しかし、これだけ距離があれば躱すのはこちらも容易――
そう思っていた僕だったが、次の瞬間、周りの分身体も一斉にイリス本体と同じくこちらに切っ先を向けているのは確認して一気に背筋が冷たくなる。分身体が『リッパ―』の能力を使えることに意識が向きがちだが、同様に『原初の剣』能力だって使えるのだ。そして、普段の僕ならばいざしらず、今の僕には魔晶石こそあるものの、もう魂の“ストック”はない状態の、いわば後がない状態……!
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「『アグニ』」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
僕が魔晶石を砕いた直後、いくつものイリスの声が重なり、全方位から神聖力の大砲が僕らへと襲い掛かった。
読んでいただきありがとうございます。




