騎士と王女、そして回顧
Outside
『死者蘇生』だ……。
カナキはフィーナの姿を見た瞬間その魔法が使われたのを確信し、同時にその魔法を行使できる人物の顔を脳裏に浮かべ、次いでこの状況を作り出したであろう自らの師の顔を思い浮かべ、悪魔のような所業に味方ながら震え上がった。
「ふぃ、フィーナ………………ッ、そういうことね……どこまで外道なのあなたは……!」
しばらく呆けていたカレンも数秒後にようやく合点がいき、きっとカナキを睨む。
「待ってくださいカレン様! 私を蘇らせたのはカナキ先生ではありません! 先生はこのことを全く知らなかったし、私も――」
「ごめんね、フィーナ。あなたに今付き合っていることはできないの」
「ッ!?」
地を蹴ったカレンだったが、その直後に進行方向に回り込んでいたフィーナにぶつかりお互い地に倒れこんでしまう。なぜ自分より遥かに遅いフィーナに先回りされたのか。疑問が湧いた直後、すぐにその答えに辿り着く。単純な話、自分の行動がフィーナに完璧に読まれていたからだ。自分の行動を阻害された苛立ちと、あのころと変わらず自分のことを完璧に把握しているフィーナへの懐かしさに、混乱して何も考えられなくなりそうになる。
「先生、行って!」
そして、そうなるまいと数秒で意識を切り替えたカレンだが、その数秒で既にフィーナは次のアクションを起こしていた。未だ呆けてただ立っているだけだったカナキに対し、フィーナは気付けとなる一言を放ったのだ。
「カレン様は私がなんとかします! だから今は皆さんの下へ!」
「フィーナ君…………うん、分かった」
「行かせるかぁ!」
「ぐっ!?」
自分を抑え込もうとしていたフィーナを筋力のみで強引に吹き飛ばし、起き上がったカレンがカナキを追おうと一歩踏み出した――しかしその踏み込んだ先で待ち構えていたカナキの蹴りがカレンへと突き刺さった。
「ぐっ……」
「僕も彼女とは話したいことがたくさんあるんだ。あまりフィーナ君をいじめないでくれよ?」
『無限鎧』を纏っていたためカレンダメージはないものの、衝撃に体勢を崩し、大きく後方へ吹き飛ばされる。急いで体勢を元に戻し、カナキがいた方を睨むと、そこに既にカナキの姿はなく、代わりに懐かしい従者がこちらに向けて剣を構え立ちふさがっていた。
「フィーナ……どういうつもり? まさか、あの男を庇うっていうの? あの男が何をしたか、あなたが分かっていないはずがないでしょう?」
「分かっています。少なくともあの時、私が死んだあの日に起こった惨劇を誰が仕組んだのかも――そのうえで、私は今、ここにいます」
「ッ、どうしてあなたまであの男の肩をもつの……」
「私的な感情もあります。王国のためを想う気持ちもあります。言葉にするには難しいですが……カレン様のためにも、今はあの人と一緒に敵と戦ってほしいと私は思います」
「敵って……あの男が最大の敵よ!」
「うっ!」
言葉と共に地を蹴り、フィーナに振るった一刀は、カレンにとってはさほど力を込めた一撃ではなかったが、両手で握る剣でそれを受け止めたフィーナは大きく後ろに吹き飛ばされる。フィーナが死んでいた期間、カレンの中では五年という歳月が進んでいる。その期間で成長したカレンを、フィーナはもう止めることなどできるはずもなかった。
「……はぁ!」
「ッ」
それを理解してもなお、フィーナは足を前に出した。
『疾風』で自身の限界まで速度を上げ、半ば突進のようにカレンへ突っ込んだフィーナをカレンは真っ向から受け止める。自身最速で剣を振るうフィーナの遅すぎる太刀をカレンは防御しながら、しかし表情は苦悶に満ちていた。
「フィーナ、冷静になりなさい! あなたの感情は一過性のもので、年を経ればその感情は別の感情に変わるのよ。あなたは今十代特有の判断の過ちをしているだけ。冷静に――」
「冷静になるのはカレン様の方です! 生き返った時、今の世界がどうなっているかを聞きました! 世界を滅ぼしかけている最大の敵が今この戦場にいて、カナキ先生も、カレン様にとっても、それは共通の敵のはずです! 冷静に考えれば今カナキ先生を殺すのは悪手だと分かるはずです!」
「ッ、残る敵くらい、私一人でなんとかできるわ!」
言葉とともにフィーナを吹き飛ばすと同時に、『重力』を発動させ、フィーナの動きを鈍らせた。「ぐっ!?」
「積もる話は後よ。あなたはしばらくそこにいなさい。話ならそのあといくらでも聞くから」
「ッ、いくらカレン様の願いでも、お断りします! 私にはまだ、カレン様にお伝えしなければならないことがあります!」
フィーナの魔法師としての腕は理解しており、カレンの『重力』を逃れる術はない。そう高を括っていたカレンにとって、フィーナが懐から取り出した魔晶石を砕いた時、自身の認識の甘さを痛感した。
(けど、多少魔力が上がったところで今の私ならフィーナを御すくらい……!)
『重力』を魔晶石の力で強引に突破し、自身へとまっすぐに突っ込んでくるフィーナに対し、カレンは冷静に剣を振るう。今のフィーナがギリギリ防ぎきれる絶妙な力加減による一撃。その一撃をもってフィーナの体勢を崩し、その次の一撃でフィーナの意識を刈り取る計算だった。
(今更どうして戻ってきたの……とにかく今は眠りなさい、フィーナ……)
あの頃のフィーナの懐かしい顔を見れたのはカレンにとっても形容しがたいほど嬉しいものだったし、道を踏み外しているのは承知したうえでも、フィーナともう一度人生を歩めたらどれだけ良いだろうかと考えたものだ。しかしなぜ、どうしてよりによって今このタイミングなのか。カレンがフィーナをこのタイミングで蘇られせた者を恨めしく思いながら剣を振るった、その時だった。カレンはまたも自身の認識の甘さを痛感する結果となった。
フィーナはカレンの袈裟斬りの一撃に対して、防御もせず、ただまっすぐにカレンへと直進したのだ。
「ばっ……」「はぁああ!」
慌てて剣を止めようとするカレンへ、そんなこと関係ないとばかりに全力で突っ込んだフィーナ。結果的に、カレンの剣はフィーナを浅く切り裂くことになるが、致命傷には至らず、逆にフィーナのタックルがカレンに決まる形となった。
「な、何を……!」
「カレン様!」
自身に施した防御魔法によりダメージはない。何のねらいがあるのかと身構えるカレンを、フィーナは次の瞬間思い切り抱きしめた。
「ふぃ、フィーナ!?」
「カレン様、本当に今まで申し訳ございませんでした!」
突然の行動に狼狽えるカレンに、フィーナは謝罪の言葉を口にする。
「な……一体何を……」
「この六年弱、カレン様を一人にしてしまったことです……!」
何のことかまるで分からないカレンにフィーナは声のトーンを一段階落とし、耳元で呟く。
「カレン様があの騒動の後、人一倍責任を感じ、自責の念に駆られただろうことは想像がつきます。王国の要人も多く死に、バデス様をはじめ、王国を支えていた主戦力も失いました。そんな中、他国に隙を見せず、かつ王国内の治安回復に向けて、カレン様が並々ならぬ辣腕を振るい国内を指揮し、その裏で自己研鑽にも努めたからこそ、今のカレン様が在ると思います――――でもその代わり、カレン様は失ってしまった。あの陽の光のような笑顔を」
「ッ……そんなもの、国を治める王には必要のないものよ」
「違います! 民の上に立つ王も人であり、感情を面に出さない王は畏怖されるばかりで周囲の官をも遠ざけます。私の知っているカレン様は違った。セルベスにいた時も、カレン様は自分の主義主張ははっきりと公言しながらも、その優しさのおかげで周りには常に人の輪ができていました。あれはカレン様の中に、他者を包み込む確かな優しさが、王としての懐の深さがあったからのことです」
「言わせておけば……あなたに何が分かるって言うの!?」
優しく抱きしめるフィーナを突き飛ばし、カレンは感情を露わに叫ぶ。
「あれは学校だったから、子供だったからよ! 国同士、大人同士になれば話は別よ。隙を見せたら、弱みを見せたら付け込まれる。だからこそ、一瞬一秒でも他人に弱みを見せたらいけないの。一人で考えて、一人で実行していかないと国は亡ぶ! だから私は――」
「だから今、私がここに戻ってきたんです」
カレンの言葉に被せてフィーナが諭すように言った。それまでの射抜くような強い眼差しではなく、その表情は柔らかく、カレンを包み込むような優しい声音だった。
「カレン様は強くなりました。とても。恐らくエリアス様やアンブラウス様でも手の届かないほどの高みに。結果、その力はカレン様を孤独にしてしまった……けれど私は違います。カレン様はカレン様、昔も今も変わらず、私が敬服し、傍で永久にお仕えしたいと思う唯一の御方です。カレン様の言う通り、カナキ先生を慕う思いは一過性のものなのかもしれないし、それは私にも分かりません。でも、カレン様をお慕いし、ずっと傍で仕えたいという気持ちは絶対に、今後も変わることはありません!」
「フィーナ……」
「だからっ!」
フィーナは再びカレンの傍まで駆け寄ると、片膝を立てて跪き、首を垂れた。さながら、騎士が主君に忠誠を誓う時のように。
「畏れながら進言させてください! 今回は、今回だけはカナキ・タイガの軍勢に加勢し、この世界を脅かす賊軍を打倒しましょう。今一番王国にとっての脅威は異世界の軍勢です。我が主、カレン様ならそれを滅ぼす力がおありのはずです。もしも聞けぬというのなら、どうかこの剣で私の首を刎ねてください!」
そう言ってフィーナは恭しく自分の剣をカレンへと差し出した。カレンはこれまでの人生で、何度もこうして自身に忠誠を誓う騎士の姿を見てきたが、自分の考えを真っ向から反対し、聞けぬなら首を刎ねろと言ってきたのはフィーナが初めてだった。そうだ、フィーナはこうだった。カレンが迷った時、道を踏み外しそうになった時、いつもフィーナがこうして自分を諫めてくれた。カレンはそこで、ようやく本当に目の前にいるのがあの騎士、フィーナ・トリニティなのだと実感した。深い感慨ととともに、心の奥底で凍り付いていた何かが穏やかに解け、じんわりと体を内から温めていくように感じた。まぶたが熱い。カレンは目元を拭いながら、泣いたのなんていつぶりだろうと思い、少しだけ笑ってしまった。
「なっ、カレン様。ここは笑うところでは――」
「ああ、ごめんなさい、違うのよフィーナ。なんだか、目の前にいるのが本当にあのフィーナなんだって、今更実感が湧いてきてしまって」
「そ、そんな、まさか今まで私が本物なのか疑っていたということですか!?」
「ふふ、違う、違うわフィーナ。でも、そうね……ありがとう」
「? カレン様?」
もしもカレンを知る王国の者がいれば今の泣きながら笑うカレンを見れば目を疑ったことだろう。常に表情を変えることはなく、冷徹な態度を崩さないカレンは、魔法師としての強さもあり、他者を絶対に寄せ付けない存在であり、昨今は騎士団長のエリアスでさえも安易には話すことができない存在となっていた。
だが、奇しくも今、そういう風にカレンが変わった原因ともいえる人物が、そんなカレンをこんなにも早く、あっという間に元に戻してしまった。
「フィーナ、分かったわ。顔を上げて……あなたの言葉に従います。癇に障るけど、今はあの男は後回しにして、皇国を倒すことに専念することにするわ」
「カレン様……!」
「そうと決まれば急ぐわよ。さっき尻尾をまいて逃げたあの男も、もう底が見えていたわ。しぶといだけが取り柄のあの男から再生能力を取ったら、本当に何も残らないわけだし」
カレンの容赦ない言葉にフィーナは苦笑いを浮かべたが、しかしカレンの言葉には一理あり、急がねばならないとフィーナも思った。フィーナの魔力探知能力では、周囲で戦闘を思わせる魔力の動きはまだない。尤も、フィーナでは感知しきれないレベルの戦闘は既に起こっている可能性はあるが。
「大丈夫よ、まだ戦闘は起きてないわ」
そんなフィーナの心中を読んだかのようにカレンは言った。「でも……」
「はい、急ぐに越したことはありませんね。行きましょう」
そうしておよそ六年ぶりに再会した王女と騎士は、この戦争最後の戦地へと身を翻した。
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