神狩り 4
コロナでちーんとなってて、気づけばこんなに時間が…「嘘でしょう?」って自分が言いたいですね…
ツバキの雨は通り雨のように少しの間だけ激しく降り、その後嘘だったかのようにぱたりと止んだ。
「――――嘘でしょ」
そして、実際に雨が降ったのが嘘だったかのように、そこに当然のように立つ聖の姿にフェルトは唖然として言った。「どうしてあれで無事でいられるのよ」
「いえ、こちらも十分な痛手を負いましたよ。その厄介な武器に組み付かれたせいで『閉じる世界』は発動できず、『雨避けの加護』で対抗するしかありませんでしたから」
「『雨避けの加護』……ッ、まさかあの雨粒一つ一つを相殺させたっていうの!?」
通常の攻撃魔法ならばともかく、あの小さな雨粒達に対して、一つも取りこぼすことなく神聖力を当て霧散させるという、針の穴を通すような緻密な神聖力操作が可能だということにフェルトだけでなく、雨を降らした術者であるツバキも絶句する。
「ですが“こちらの身体”の神聖力はもうほとんど底を尽き、形を保っていられるのも時間の問題です」
「あ……!」
その聖の言葉通り、彼女の体自身が少しだけ半透明になり、奥の風景まで見えるようになっていた。それに気付いたフェルトが少しだけ喜色を滲ませた声を上げるが、それとは反対に膨れ上がった気配に全員が一斉に表情を引き締めなおした。誰もがそこで確信したのだ。まだ目の前の分身体は終わりではないと。
「まったく、してやられましたよ。ですので……」
「ッ!?」
フェルトが振り向いたのと、光剣を構えた聖が剣を振り抜いたのは同時だった。「一人でも多く巻き添えにさせてもらいます」
「がっ……!?」
なんとか蛇骨槍を滑りこませ一撃を防いだが、その一撃の重さに木の葉のように吹き飛ばされる。
「おや、私の一刀で斬れないですか、業物ですね」
「チッ!」
呟きながら聖が次に狙いを定めたのはツバキとマサトだ。
二人に急速に接近する聖に対し、ツバキは痛む肩に顔を顰めながらも『天叢雲剣』を射出するが、それを当然のように躱し、ツバキの首を獲ろうとしたが、その間にマサトが割って入る。「ツバキ、下がれ……!」
「勇敢な方ですね……」
「まーくんっ!」
聖の前に小刀一つで立つという無茶を通り越して無謀な行動に出たマサトだが、マサトとしてはどのみちここでツバキを失えば終わりだと認識していたので、それしか手段はなかった。これまでの中で最も強く自身の死の予感を感じたせいだろうか、やけにはっきり聖の剣の軌道が目に焼き付き、小刀を握った腕がほぼ反射的に動き、その軌道に割って入ろうとした。
「――その鈍では無理でしたね」
「――ぁ」
「まーくっ――」
だが、マサトの小刀では、先ほどのシャロンの蛇骨槍のようにはいかなかった。
手にした剣ごと肩口から斜め袈裟に切り裂かれるマサト。それを見て絶叫する間もなくツバキも首を刎ねられる。
「ぐっ……!」
「えーと……」
瞬く間に孤立してしまったアリスは、すぐさまエリアスの死体を動かし『次元斬』を発動させるが、それをまるで見えているかのように光剣で弾いた聖は、何かを探すように周囲を見渡した後、やがてアリスがいる方向とは別の方向に視線を固定した。
「あ、そこでしたか」
「ッ、化け物……!」
聖が気付いたのはこの空間を掌握している魔法『迷宮作成』を発動している魔法師の位置だ。その魔法師は、巧妙に自らの気配と魔力を隠していたが、聖ほど気の流れに対して鋭敏な感覚をもっていれば、少し時間をかければ見つけることも可能だった。「せめてこの面倒な結界だけは破壊させてもらいます」
『おいおいまずいぞ、アリス。なんとか私を守ってくれ』
「ッ、流石に無理な注文過ぎるのよ、セシリア!」
標的とされた張本人、セシリアはそれまで感知されない超遠距離から支援に徹しつつ、力の大部分を『迷宮作成』を維持することに割いていた。そして、自分が聖に捕捉されたことを察知したこのとき、『思念』にてアリスに助けを乞うが、アリスの意見と同じく、今ここに残った戦力で分身体とはいえ、聖を倒すことなど不可能であることを理解していた。
だからこそ、アリスに発破をかけたうえでセシリアは、自身が残していた最後の切り札を使うことに何のためらいもなかった。
「さて、この辺りに……え?」
そして、一分と経たぬ間にセシリアの魔力を感知した地点まで来た聖だが(その間、アリスの死体による波状攻撃を受けていたが、全く意に介さなかった)、いざその地点に着いた時、そこに人影はおろか、魔力の気配すら感じられなかった時、そこで聖は初めて足を止めた。
(移動した形跡も魔力の気配もない……まさか、私の探知からも逃れる術をもっている……?)
聖は神経を集中させセシリアの居場所を突き止めようとするが、それを阻むエリアスの『次元斬』が繰り出され、対応を余儀なくされる。
(どうして見つけられないの。僅かながらこの辺りに彼女の気配は感じる。それなのに肝心の神聖力……魔力は全く感知できない……これも何らかの魔法ということ?)
アリスの攻撃をいなしつつ、思考を巡らせる聖の推測通り、セシリアは聖が到着前に、ある特級魔法を発動させていた。
――『絶対魔法・透化』
カナキの魔晶石の力を借りることで発動することができる、セシリア唯一に最大の切り札であり、物理的にも魔力的にも存在を他者から隠匿することができる。
(先にあちらを……いいえ、それほどの猶予はこちらに残されていない)
特級魔法により完全に気配、魔力を共に消したセシリアをさしもの聖も感知できず、焦りの感情が顔に浮かぶ。
既に分身体が実体を維持できる時間はもって数分であり、これ以上徒に時間を浪費する余裕はない。
「くっ……しつこい!」
まずは探索に専念するために、遠くから邪魔をしてくるアリス達をどうにかせねばならない。
聖は狙いをエリアス達へ切り替え、地面を蹴ろうとしたそのときだった。
「え――?」
頭上にあった『閉じる世界』に罅が入った。
Side カナキ
「……まさかこんなにあっさり破壊されるとは思いもしませんでした」
カップを置いたイリスは静かに、悲しみを湛えながら呟いた。その視線の先には、今しがた貫き手で胸を貫かれた分身体の姿が映っていた。その後ろには、分身体を屠った張本人である聖天剋がいた。
「まさか、本体ではなく、分身体を消すために姿を現すなんて……」
静香の言葉は、正に僕も思っていたことで、聖天剋が現れるのはもっと先だと思っていた。
だが、聖天剋の姿を実際目にしたとき、その理由も解明された。聖天剋は一目で見てはっきりわかるほど消耗しており、もうそう長く保たないことは自明だった。
(やはり閻魔さんとの闘いはそれほどまでに……)
「カナキ、時間がないから端的に言います」
その時、居住まいを正し、こちらに向き直ったイリスの真剣な面持ちを見て、視線を画面から彼女に移した。
「もうすぐこの空間は崩壊し、あなたは望み通り彼女たちの下へ戻れます。ですが、最後にもう一度だけお願いします。私の下へ来て、私だけを愛して。そうすれば私はこの世界の全てをあなたに捧げます」
イリスの表情は真剣そのもので、その視線はまっすぐと僕を射抜いていた。これまで壮絶な戦いを数々繰り返してきた中での提案に少しだけ虚を突かれたが、イリスの表情の中にある種の重大な決意が秘められていることに気づき、これが本当の最後通牒なのだと悟った。
――これがダメなら本当に最後まで奪い合うしかなくなるわ。
イリスの態度からそんな意志が伝わり、僕も背筋を伸ばして、もてる限りの誠実さをもって答えることにした。
「――君の気持ちに応えることはできない。僕は誰のものになるつもりもないし、僕の大事なものをこれ以上失いたくもない。全力で抗うよ」
「……まあ、分かり切っていた答えだけれど、そうよね……」
白い世界に亀裂が入った。
イリスの漏らした小さな溜息をきっかけにしたように、『閉じる世界』の外殻が崩壊し、外の世界のこことは異質な光が僕たちを歓迎するように暖かく包み込んだ。
「良いわ。カナキ、最後の戦いよ。今はあなたの意志なんて全く関係ない。力づくであなたを奪うわ」
イリスは不敵に笑ってそう言うと、びしっとこちらを指さした。「まあ精々抗うことね」
その子供じみた仕草と堂々とした態度が妙に面白くて、僕はつい口元が緩み、微小を浮かべて頷いた。「うん、やってみせるよ」
「そう、それじゃあ、またすぐに――」
『閉じる世界』が音を立てて壊れ、全天に映る青空が僕たちを迎えた。
やがて重力が体にかかり、僕達は聖とエト達が戦う戦場へと急降下を開始した。
読んでいただきありがとうございます。




