表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
448/459

神狩り 1

 Side カナキ


「あなたと二人きりで話をするのは皇国にいた時以来かしら?」


 小首を傾げながらそう問いかけたイリスの頭には既に答えはあるだろう。「別に僕が答えなくても君ならどうせ分かっているだろう」


「もう、カナキは乙女心を理解していないのね。あなたと話したいから聞いてるのよ」

「悪いが僕は今そんな気分じゃないんだ。早くここから出て、みんなの所に行かなきゃいけない」

「……ふぅん。やっぱりそうなるのね。だったら、やはり聖にお願いしておいて正解だったかしら」

「……それはどういうことかな?」


 含ませたようなイリスの言い方に僕は危険な予感を抱きながら聞き返した。


「カナキ、あなたはもう分かっているでしょう? 私はあなたと一緒にいたい。でもあなたは他の人達のところへ行きたい。なら合理的に行動するなら私はどんな行動に出るか」

「……ッ」


 僕は咄嗟に魔力を熾そうとしたが、それができないことに気づく。この空間の影響だろうか。逸る気持ちを抑えながらイリスに確認のため問う。


「輪廻に還すつもりかい、全てを」

「もちろんよ。あなたを手に入れられるのならなんだってする」


 イリスは無垢な笑みを浮かべたまま言った。「そのための異世界侵略、そしてこの戦争よ」


「ッ、外の様子は……!」

「まあ、そうね。それくらいは良いかしら。カナキが諦めがつくのも早そうだし」


 イリスがそう言うと、不意に僕達の傍にテレビのような映像が浮かび上がった。

 空中から地上を撮影しているような画角だがおかげで地上の様子がよく見えた。映している場所からやや下の位置に浮遊しているのが聖。後ろ姿しか見えないが、それでもやはり人間離れした神々しい美しさを纏っている。そしてそんな聖が見下ろしているのが、エトら僕の教え子や仲間達だった。その姿を確認して僕は舌を巻く。そこには負傷いている者こそいるものの、聖天剋以外の主要な仲間達全員が映し出されていたからか。


「はっきり言ってこれは私も想像していなかった展開です」


 僕の驚いた様子に気付いたのか、イリスは正直に自らの浅慮さを告白した。


「聖の加護を受けた閻魔に加え、『賢者の石』を持つ“お義母様”と大量の精霊騎士、属国の魔法師を導入しても誰一人落とせないとは思いませんでした……まあ、あの忌々しい暗殺者を瀕死に追い込んだところは、流石閻魔と褒めたいところだけれど……それももうできないしね」

「ッ、か、母さんは?」

「あら、呼んだ?」


 僕とイリスのみかと思われた空間にはなんと母、静香までいた。僕は驚きで一瞬硬直するが、すぐにきっと母親を睨む。「まさかあなたもここにいるとは思いませんでしたよ」


「あら、“イリスちゃん”と二人きりじゃなくて残念なの? 意外にカナキもノリノリって訳だったのかしら?」

「え、ほんとカナキ!?」

「違いますよ。 僕が母さんを不快に思っているのは楓の件です。いくら母さんにとってただの操り人形とはいえ、実の娘ですよ?」

「そんな道徳論、亮からなら尚更聞きたくないわよ。そりゃ楓には悪いと思ったけれど、あのままじゃ聖さんの介入の前に私の命が無かったもの」

「それはあなたの理屈だ。それに楓が巻き込まれる筋はない」

「ええ。だけど、私のことには楓は何でも従ってくれたわよ?」

「ッ、それはあなたが楓をそういう風に育てたから――」


 僕が思わず声を荒げた時、パァンと乾いた手の打つ音が響いた。


「なるほど。カナキの人心掌握術の手管はお義母様を見て培った技術なのね。けれど、肝心の互いの心は掌握できなかったのは興味深いわ」

「イリス、悪いが今は――」

「ええ、分かってるわカナキ。もうすぐ始まる戦闘を見る方が優先だと言いたいのでしょう?」


 指さしたイリスの方を見て、僕は二の句を継げなくなってしまった。イリスの言う通り、今は静香に嚙みついている場合ではない。


 いよいよ鬼……いや、神狩りが始まる。






Outside


 上空で静かに相手の動きを探っていた聖だが、辺りが戦闘前のヒリついた空気に変わったのを感じた。


(来ますね……)


 聖は敵の一人一人が自分と比較すると歯牙にもかけない脆弱な存在がほとんどであると考えていたが、ほんの一握りだけで多少の注意を必要とする人物がいると考えていた。それは、自分の分身体『虚ろなる天影』と戦った場合、分身体が敗れる可能性がある相手、カレン・オルテシア、エト・ヴァスティ、スイランの三名だ。全員がまとまっていた先刻の時に聖から攻撃を仕掛けることも考えたが、もうすぐ『円環の露』も完成するという理由以外に、この三人がまとまっている中、『円環の露』と『閉じる世界』を同時併用している今の聖の攻撃ではすべて無効化されると考えたからだ。


(聖天剋の代わりにカレン・オルテシアが出てきたのは少しだけ私に不利に働きそうですね……)


 また、体術のみの聖天剋より自分と同じく自在に空中戦ができるカレンの方が厄介だということはカナキ陣営だけでなく聖本人も自覚していた。しかし、逆に言えば、早々にカレンさえ落としてしまえばその後は簡単だ。だからこそ、聖としてはカレンが序盤に出てくることを期待していたのだが、やがて最初に近づいてきた“一人”を見て絶句した。


「……まさか、正気、ですか……?」

「あら、その言葉、そのままそっくり返すわ?」


 自身と同じ高さまで飛んでくると、優雅に髪を払ったカレンを見て、聖は怒りではなく、純粋に呆れてしまった。目の前の女性がこの世界で有数の強者であることは聖も理解している。だが、それにしても万全でない魔王メルクース“ごとき”を倒した程度で、こんなにも増長し、目の前が見えなくなるほどの愚か者だったのか。


「しかし助かります……正直あの中で輪廻に還すのはあなたが一番面倒だと感じていましたから」

「あら、そう。なら、期待に応えるとしましょう」


 その瞬間、カレンがその内に秘めた膨大な魔力を熾した。

 爆発したように大気は震え、轟いた爆音は、地上で散開し待機したアルティ達の骨身まで浸透した。

 聖もその魔力量を認め、神聖力をさらに呼び起こし、攻撃に備える。だがその直後、地上から放たれたもう一つの異色な力に聖は一瞬だけ意識を削がれた。


「一つッ!」


 スイランの裂帛の気合とともに放たれたのは、『絶対魔法(アブソリュートマジック)瀑布斬波(ウェーブスプラッシュ)』。かつて『閉じる世界』を寸断し、聖の分身体を消滅させた魔法が、今度はカナキとイリスのいる『閉じる世界』に直撃する。


「……くっ」


 しかし、一度突破されたスイランの攻撃を聖が対策していないはずはない。スイランの神聖力と魔力とを調和させた力を、聖は新たに“この世界のもの”として再定義することでスイランの魔法を無力化。予想通りの結果とはいえくやしさに歯噛みするスイランに対し、聖は既にそちらを見る余裕はなかった。


「ッ!」


 自分から意識が逸れた一瞬の間に距離を詰め、全力の一撃を振り下ろしたカレンに対し、聖は『天月』で生み出した光剣でそれを受け止め、表情を強張らせた。


(来る気配に気付いてきちんと迎え撃ったのに、この威力は……!)


 双剣を持つカレンが連撃を繰り出してくる前に一度突き放し、体勢を整える聖に対し、カレンは時間を与えず畳みかける。『颶風纏う麒麟(アル)』。


「……ッ!」

(……視線が外れない)


 高速で空中を自在に飛ぶカレンに対し、聖は動じることなく視覚と気配でカレンの位置を把握する。カレンはいくつものフェイントを織り交ぜ攪乱するが、カレンの視線が一向に自分から外れないことを悟ると、更に同時に複数の最上級魔法を発動させる。


「……なんスかあれ……」


 地上にいたテオは頭上で繰り広げられるソレを見て、茫然とした様子でそう呟く。テオには全く目で追えない速さで高速移動を続けるカレンが、四方あらゆる箇所から遠距離魔法で聖を襲う。その魔法一つ一つも、並みの魔法師なら習得すらできず、テオやアリスなどの一流の魔法師が切り札として扱う最上級魔法だ。それを単発ではなく、同時に二発も三発も乱射するカレンに、龍人族で魔力量に自信のあるテオでさえ、見ているだけで魔力切れを起こしそうになった。


「ああ、とんでもないな。しかし……」


 だが、テオの隣に立つセシリアの視線はカレンではなく、その中心で攻撃全てを弾く聖にあった。


「魔法を全て無効化している……? なんですかあれは?」

「いや。私も魔法には詳しい方だと思っていたが、あれはまるで原理が分からんな。神聖力にも詳しいスイランなら分かるかもしれんが」


 エトの問いにセシリアも肩を竦めるが、唯一単身で最も近い場所でその戦闘を間近に見ているスイランは、目の前で繰り広げられることを理解したうえで驚愕していた。


(カレンの撃った魔法に寸分違わぬ神聖力をぶつけて相殺している!? でも、ただでさえ速いあの魔法

のあの量を見てから全て同じ神聖力を与えるなんて人間に出来るものなのか……!?)


 『雨避けの加護』。自身の握る刀の間合いに侵入した純粋な魔力や神聖力に対し、自動で同等の神聖力を放出して相殺させる聖が『天月』により生み出した防御術。それが今聖が発動している術の正体だった。

 神聖力をスイランほど詳しく知らないカレンも、その術の詳細こそは分からなかったものの、このままでは自分の方が先に魔力切れになることは確信していた。そうなると聖の懐に再び飛び込むしかない状況にカレンは逡巡するが、他に策はないと見切りをつけ、聖の背後から一息に飛び込んだ。


「来ましたね……!」


 やがて痺れを切らして突っ込んでくると予期していた聖は、すぐに『英傑らの武心』を発動し、カレンを串刺しにせんと迎え撃つ。


「『真断(トゥルーブレイク)』」

「!?」


 だがその聖の行動すらも予期していたカレンは発生とほぼ同時にそれを無効化した。

 そのまま聖が次の術を発動する前にカレンは聖に到達する。そのまま双剣を同時に振り下ろしたカレンに対し、聖は真っ向からそれを受け止める。


「ぐ、くぅ……!?」


 お互いが鍔迫り合いになった時、先に苦し気な声を出したのは聖だった。本来であれば地力は聖に軍配が上がるが、聖は複数の術に力を割いているうえ、今カレンは特級魔法『颶風纏う麒麟』を纏い、身体能力は飛躍的に増大している。


「くっ……!」

「ッ……!?」


 だが、そこで押しきれるほど聖も甘くない。聖は閻魔と同様、『虚ろなる天影』を発動し、強化魔法の要領で自身の体に憑依させる。それにより、爆発的に身体能力が上がり、今度は逆にカレンの表情が厳しいものになる。


「その、程度で!」

「ぐぅ……!?」


 聖はカレンを吹き飛ばしたと同時に『英傑の武心』を発動し、複数の武器を光速で投擲する。カレンはそれを間一髪で躱し、再びジグザグと不規則な軌道を描きながら聖に肉薄する。


「何度来ようとおな」「『氷結世界(フロストワールド)』」


 聖が構えた直後、カレンが切り札を発動する。

 聖の『閉じる世界』であればカレンの魔法も無効化できたが、同時に複数展開できず、今はイリス達を外界から遮断するために発動しているため、別の対抗策を取る必要があった。

全ての動きを止める『世界創造(ワールドクリエイト)』と同格の最強魔法の範囲が聖に届く直前で、かろうじて聖に対抗するその術を発動させる。


(ッ……!?)


 時が止まった世界に聖を閉じ込めた時、エト達との約束通り地上に落とすのではなく、この手で屠れるとさえカレンは思った。だが、その刃が聖の首を“すり抜けた”とき、カレンは咄嗟に彼女をそこで仕留めきるのは無理なこと、そして今は自分の課せられた最低限の役割を果たすことだと悟った。


「約束は守ったわよ……あとはあなた達でなんとかしなさい!」


 『氷結世界』で解かれる直前、その場で一回転し放ったカレンの回し蹴りは、今度はきちんと聖の腹部に食い込み、確かな手ごたえをもって聖を吹き飛ばした。


「くっ……!」


 久方ぶりに感じる痛み。だが、聖はそれでも空中で体勢を整え、ふわりと地面に着地する。


「触れられるなどいつぶりでしょう……カレン・オルテシア、噂以上の力量ですね」

「あら、涼しい顔をしているけど瘦せ我慢かしら? あくまで格上ぶりたいらしいけど、今の立ち位置こそがあなたと私の力関係の証明ではなくて?」


 上空に位置するカレンと地上に降り立った聖。それを実力者と揶揄するカレンだったが、聖は柔らかな微笑を浮かべ首を振った。


「仮にも私に触れたのです。相応の返礼を差し上げなければ天道の名が泣きます」

「……!」


 直後、カレンの周囲で幾つもの斬撃の華が咲き乱れた。

 全く攻撃の前動作が見えず、更に纏っていた『無限障壁』もいとも容易く破壊して届いた無数の斬撃にカレンは何とか身をよじって躱そうとしたが、そのほとんどが直撃してししまう。何が起きたのかカレンだけでなく、地上にいた聖以外誰一人分からない中、『閉じる世界』の中にいたカナキがその答えに辿り着いた。


「『歪曲切断』!? どうして聖さんが!」


 そう言ってカナキはイリスの方を見たが、彼女は涼しい顔で視線を合わさず、均一な微笑を浮かべて映し出された映像を眺めるのみだった。


「ほら、これで、同じです」


 地に落ちたカレンを見てにっこりと微笑んだ聖は直後、自分を中心に空間を覆い尽くす魔法にそれを眺めた。「なるほど、本気でここで私を輪廻の輪に還すおつもりなのですね」

 『迷宮作成(ダンジョンメイカー)』。空間一体を掌握する魔法が広範囲に展開され、やがてひっそりながら、複数の気配が自身を取り巻いていることに聖は気付く。


「なるほど、ここからが総力戦ですか……良いでしょう!」


 聖はこれまでと打って変わって、溌剌とした笑みを見せると、構えを取るとともに、莫大な神聖力を惜しげもなく周囲に爆発させた。


読んで頂きありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ