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殺人姫に離別の花束を 1

「――どう? 私がカナキ君のために用意した特別ショーを観た感想は?」


 姿を現したアリスは、弾むような口調でそう言うと、少女の笑顔を見せた。

 手配書で一度見てはいたが、実際に会うアリスは、本当に幼く感じる。それこそ、アルティとそう年齢は変わらないのではないだろうか。ただ、人の体をいじるのが得意なアリスのことなので、見た目通りの年齢とは限らないが。


「……今日のことはいつから計画していたんですか?」


 アリスの質問を無視して、逆に質問する形になったが、アリスは気分を害した様子もなく答えた。


「んーと、三日前くらいかなぁ。ちょうど、“私”の方に直接依頼が来たときに閃いちゃったのよね。方法さえ問わないなら受けるって言ったら、向こうが二つ返事で了承してくれたから、これはもう乗っかるしかないと思って」


 つまり、三日前に急に思いついただけで、こんなにあっさり僕とマティアスさんは裏切られたって事か。

 彼女らしいといえば彼女らしい。恩義や友愛など、彼女にとっては何の価値もないのだ。目の前に楽しそうな事があれば、それまで持っている物などすべて捨て、全力で愉しい方に傾倒する。これまで彼女と接してきて、そのことを僕は少なからず知っていたのにも関わらず、こうした状況を招いてしまったのはまさに自業自得というものだ。


「……そうですか」

「……あれー? カナキ君、思ったより反応薄いなぁ。いつもクールなカナキ君でも、流石に今回は落ち込むと思ったんだけど」


 僕の淡泊な反応が気に入らなかったらしい。アリスは、幼さの残る顔を不満そうに歪ませた。


「ていうかさぁ」


 そこでアリスの声が冷たくなった。


「――アルティちゃん、五月蠅い」


 言葉と同時にアリスの足元に現れたのは、骨だけで造られた犬のような魔物。

 犬の魔物は虚無から這い出た瞬間、アルティに素早く飛び掛かる。


「――え?」


 アルティが涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げると、呆けた声を上げた。

 犬の魔物が口を開け、無骨な牙がアルティに届こうというとき、その大きく開けた口に、僕の足が突き刺さった。


「――シッ!」


 蹴り抜かれた犬の魔物は、空中でバラバラに砕け、骨がバラバラと床に落ちる。

 その骨もすぐに消えてなくなると、アリスは露骨なため息を吐いた。


「まぁ流石にこれくらいじゃ殺せないか」


 そう言うと、アリスはなんら警戒した様子もなく、こちらに歩いてきた。


「じゃあ、遂に私とカナキ君の直接対決といきましょうか。カナキ君とは一度殺ってみたかったから、夢みたいだわ」


 恍惚とした表情でそう言ったアリスは、進路上にあった物――床に転がっていたエトの臓物を、

 

 ぶちゅり


 無造作に踏み潰した。


「――死ねよ」


 刹那、僕は床を蹴り、一息でアリスとの間合いを詰める。

 マティアスさんから教えてもらった歩法である『縮地』を使ったため、アリスからすれば、魔力も使わずに僕が瞬間移動でもしたように感じただろう。


「え」


 呆けた顔を浮かべたアリスの喉元に、僕の人差し指が食い込んだ。

 魔力執刀(チャクラメス)を人差し指に限定して展開することで、魔法発動のラグを大幅に短縮したため、流石のアリスでも反応できなかっただろう。指を乱暴に引き抜くと、アリスの体は糸の切れた人形のように力無く倒れた。

 床に伏したアリスを見て、僕は溜息を吐く。


「……やっぱり」

『あはは、今の顔はなかなか良かったわよ、カナキ君』


 どこからともなくアリスの愉しそうな笑い声が聞こえてくる。

 床に伏したアリスは、気づけば全く別の女性の死体にすり替わっている。流石のアリスでも無駄なリスクを冒してまで僕の目の前に立つとは考えづらかった。何せ、アリスはセニアを通じて、僕の能力の一端を知っているのだ。いつも正体を隠していた僕としては、アリスのような自分の情報が割れている相手との戦闘というのはどうにも慣れない。


「姿を見せてくださいよ、アリスさん。僕のことが怖いんですか」

『カナキ君ったら、そんなこと言わないで頂戴。じわじわといたぶるつもりが、すぐに殺したくなっちゃうじゃない』

「――ひっ!」


 アリスの声と共に、居間の四方から、僕達を囲むように魔物が姿を現す。狭い居間のスペースを考慮してか、召喚された魔物は先ほどのように骨で造られた小型犬程度の大きさのものばかりだ。

 僕はアルティを護れる位置に立つと、拳を構える。この魔物たちの単体の脅威はさほど高くないが、問題はこの数だ。流石にこの狭い室内でアルティを護りながらの戦闘となると、魔法の起動がそれほど早くない僕では分が悪い。おそらく、今いる魔物を倒しても、アリスの魔力ならそれこそ無尽蔵に生み出すことが出来そうなため、“ストック”を削って多少無茶な特攻を仕掛けてもジリ貧で終わりそうだ。


『準備はいいかしら、カナキ君。日の出くらいまで耐えることが出来たら、もしかしたら誰か助けに来てくれるかもよ?』

「……上等ですよ」


 どうせ準備すらさせてくれないでしょう。

 魔力を熾し、せめて魔術による身体強化だけでも施そうとしたそのとき、群れた魔物たちが一斉に襲い掛かってきた。


読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] いやー。儚い。躊躇の欠片もない。
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