壊れた秩序
更新遅くなってすみません。
八日目から恐れていたことが現実となった。皇国軍が遂に数に物を言わせる物量作戦でも、短期決着を狙った一斉攻勢でもない別の策を取ってきた。
それが閻魔の『ゾルフォート』の能力を生かしたゲリラ戦法だ。
「カナキさん! シール市北部に精霊騎士です! 生徒の皆さんだけではとても……!」
「くっ!」
ティリアの悲鳴のような指示に従い、すぐに『シャロン』の空間転移能力を使う。まだ昼前だというのに使用は既に六回目。この頻度で使えば、今日中に全ての魔晶石を使いかねない。
そして転移した先ではやはり、精霊騎士によりラムダスの生徒が劣勢に陥り、じりじりと後退しているところであった。見れば既に血に濡れ倒れている生徒も幾人か見られる。
「下がりなさい!」
「せん――」
生徒を待たず僕は彼らの隙間を抜けるようにして敵に正面から襲い掛かる。数で大きく勝る敵軍に対し単身で突進するなど普段ならば絶対に冒さない暴挙であったが、これまでの移動した先々で慎重になった結果、みすみす相手に撤退を許し、違う先々で新たな犠牲者を生むという結果に終わっている。ここは多少リスクを負ってでも少しでも敵の数を減らしたい。
「こいつ!」
身体強化魔法も施された今の僕は並みの兵士なら目で追うことさえできないだろうが、僕が襲い掛かった精霊騎士達は違った。僕の『魔力執刀』による一撃から即死を免れ、最後の力を振り絞りカウンターに回る。自らの命を犠牲にする前提で放たれるまさに決死の一撃。こんな状況でなければ素直にその心意気を褒めたいところだが……!
「ぐっ!?」
その精霊騎士の胸を狙った攻撃を体を反って躱したところで他の精霊騎士が次々と襲い掛かってくる。近接戦を僕が得意と知ってなお襲い掛かってくるか。四方八方から襲ってくる彼らの攻撃を御し、時折反撃して数名の命を刈り取るが、相手の精霊騎士の数は中々減らない。戦っていて生徒達が劣勢になるのも頷ける。この騎士達一人一人が準二級から二級以上の実力を有している。よく見れば彼らの精霊装もC級からB級の精霊装であり、それを扱う手腕も見事なものだ。
「――ッ!?」
だが、真に恐るべきはその先にあった。
気配を殺していたのか、気づけば僕と精霊騎士を遠巻きにだが囲むようにして三人の男が立っていた。全員会ったことはなかったが見覚えはあり、反射的に全身からぶわっと汗が噴き出る。とんでもない。あの三人は全て“セシリア”に並ぶ一級魔法師だ。
「あれが世界を敵に回したカナキ・タイガか……」
「魔力は完全に消していたはずだが、流石は七位といったところか」
「けど、これは流石に躱せねえだろ……!」
「ぐっ!?」
魔力を一気に熾した三人の尋常じゃない魔力を前に、僕はすぐに撤退しようとするが、僕を囲む騎士達が決死の猛攻を仕掛けすぐには突破できない。まさか、これほどの騎士達を足止めするだけの捨て駒として元々運用する目的だったというのか。
最早自分は逃げられないと悟った僕は、せめてもと圧倒的な魔力の発動を前に震えるラムダスの生徒達に声を掛けた。
「君たちだけでもいい! 早く逃げ――」
だが、最後まで言い終える前に、三方向から魔法が爆発した。
「『万雷電』」
「『地獄嵐』」
「『落陽』」
三方全てが最上級魔法という無慈悲な攻撃はその場にいた僕たちだけでなく、周囲の環境をも焼き尽くした。
草木は焼け落ち、地面はえぐれ、そう遠くではなかったシールの外壁をも破壊した。
「おいおい、本当に再生してやがるぜ、こいつ」
「はあ、はあ……ごほっ、ごほっ!」
熱波や雷をモロに浴び、焼けた肺で渇いた咳をする僕の体は強化されていたために四肢はつながり体の原型は残していたが、遠くで見ていた皇国軍の兵士達からどよめきがあがるほどには見えている皮膚の部分は酷いものだった。その傷もすぐに再生が始まっていたが、それを大人しく敵が待っているわけがない。だが、彼らが僕に追撃を仕掛ける前にティリアの指示で送られてきた増援が間に合う。
「聖天剋さん!」
「……」
いきなりの大物の登場に驚くが、既に戦闘は複数箇所で勃発しており、実力者は全員休みなく戦っており、戦力を遊ばせておく余裕はないということだろう。
珍しくシールから堂々と姿を現した聖天剋は次の瞬間風となり男達に襲いかかる。正面から突っ込むなど彼らしい行動ではないと思ったが、ここは先程の魔法で遮蔽物はないし、敵の注意を僕から自分に惹きつけようと思ったのかもしれない。どちらにせよ彼のとった行動に対し、その魔法師達はあらかじめ分かっていたかのように対応した。
「『金剛障壁』!」
立ちふさがった男が金色の障壁を自身の目の前に出現させたのに対し、聖天剋は迷うことなく貫き手を放つ。傍目から見てもかなりの強度を誇るであろうその障壁だったが、聖天剋の体術の前では意味を為さない。障壁を破壊し、男の体を腕で貫通させた聖天剋だったが、即座にその体の違和感に気づく。「人ではない……!」
「はっはぁ! かかったぞ、『マッドスワンプ・スライム』!」
男の体が泥のような色になり、続いて自身の体を貫ぬいた聖天剋を中心に引き込むようにずるずると灰色の触手が聖天剋を絡め取る。
「気色の悪い……」
「聖天剋さん!」
その時には僕も再生を終え加勢に回ろうとしたが、これも読んでいたのか、別の男が巨大な壁を出現させ僕の行く道を阻む。
「こんなもの……っ!?」
「――聖に聞いたぞ。貴様、今は私に手出しはできんらしいな……!」
地下から高速で近付く超巨大な神聖力の気配。咄嗟に上へ飛んだ直後、クレパスのように地面が大きく裂け、その裂け目から閻魔が地上に姿を現した。
「ッ、もぐらかアンタは……!?」
「そういう貴様は醜い虫だろう」
言いながら閻魔がこちらに掌をかざし、神聖力の出力を高めたのを確認し、僕は『シャロン』で迎撃つ体制を取る。生憎こちらは空中で避けようがない。魔晶石の残りも考えれば多少のダメージは覚悟で致命傷のみを撃ち落とすことに専念すべきだ。
「――爆ぜよ」
「なっ……!?」
だがここでさらに今日何回目か分からない驚きの声を漏らした。
閻魔の後ろに岩石で作られた巨大なドリルが出現した。大きさは龍化したテオと同じくらいかと思えるほど途方もない大きさだったが、その直後にそれは僕ではなくシールへと射出された。
――――やられた。
轟音と共にシールを護っていた外壁が破壊される。閻魔の一撃は北門を守っていた『無限障壁』を大きく破壊し、遂にこの一週間衆目に晒されなかったシールを露呈させた。これまでも障壁に細かな穴が出来ることはあったが、どれも修復は容易なものばかりだった。だが、目の前に広がったその穴はあまりにも大きく、消耗し始めた魔法師、そして数が心許なくなってきた魔晶石という今の状況では修復は難しい。
(マスター、着地を狙われています)
「くっ!」
ぽっかりと穴の開いたシールから意識を戻し、着地しようとした地からもう一度射出されたドリルを『シャロン』で寸断する。
着地した先で僕は閻魔に忸怩たる気持ちで笑みを向けた。
「やってくれましたね……!」
「空元気でもここで笑みを崩さないのは褒めてやる……それに、奥にいる羽虫も相変わらず活きが良い」
言葉の直後に僕の背後にあった壁が吹き飛び、そこから先程聖天剋と戦っていた男が吹き飛んできた。胸部には大剣で斬られたかのような深い切り傷。間違いない。聖天剋の蹴りを受けたのだ。既に死んでい
る。
「――隻腕の素手の男に負けるとは、貴様らの小兵は脆弱だな」
魔力で編み出された壁が消失し、そこから現れた聖天剋が嘲るような口調でそう言った。本当にエトやスイランと言い、どうして僕の陣営はこう煽りスキルが高い人が多いのだろう。閻魔も顔を顰めたが、しかし戦闘を継続する気は無いらしく、底なし沼に落ちるようにその体は足から地面に吸い込まれていく。
「逃げるのか」
「逃がしてやるのだ。勘違いするな、狩るのは我々だ。すり潰すようにじわじわとおまえたちは潰す」
「……イリスはそれで満足するんですか? 彼女がそんなにのんびり待てるとは思えないのですけど」
今度は試しに僕がそう言ってみたが、閻魔はもう答える気が無いらしく、言葉を発しないまま地面に沈んでしまった。
「……本当に面倒だな、あの男は」
「同感です……」
ストックを削られ、街の防壁にも多大なダメージを与えられた。彼らにも被害は出ただろうが全体から見たら一体どれほどの損害なのだろうか。今なお遠くで聞こえる絶え間ない爆音と地響きに、僕の心は重たくなった。
「いやあ、お気持ちはお察ししますよ。旦那方も可哀想にね」
そのとき突然声を掛けられそちらを見ると、先程戦っていた魔法師の男二人が同情するような表情で僕たちを見ていた。まさかまだその場に残っていると思わず咄嗟に声が出なかったが、聖天剋が代わりに一歩前に出ると、「なんだ、殺されたくて残っているのか」と言った。
「逆にすぐに襲わないんですかい?」
「……狸が。伏兵と砲弾を散々配置しておいてよくぬかす」
「ありゃ、お見通しですかい! 流石は閻魔様も認める最強の旦那だぁ!」
心底愉快そうに男は笑った。年は六十半ばといったところか。禿頭で顔に深い皺がいくつも刻まれている細目が特徴の男だった。
「たしか……ドー・ロンゴールさん、ですよね。メルプル寺院大僧正の」
「おあっはっはっ! まさかかの悪名高いタイガ殿に名前を知ってもらえておるとは光栄ですな!」
いや、絶対褒めてないですよねそれ。
そう心中でつぶやきつつ、まさかこんな人物までもが将官としてではなく一兵士として最前線に駆り出されているのかと驚愕する。
ドー・ロンゴー。こちらの世界で最も名高い寺院の一つ、メルプル寺院の長を務める魔法師。『メル』二十位、『聖なる炎』の異名をもつ。
何も知らないであろう聖天剋に彼の肩書きを軽く説明すると、ドー自身が首を振った。
「いやいや、今となってはそんな肩書きもたいした意味はありません。別世界の者達の参入により、この世界の秩序は完全に壊れてしまった。見てみなさい」
ドーはそう言って先程聖天剋が殺した男を指さした。
「そこの武人が先程難なく殺したあの男。名はバード・タルスン。知る人ぞ知る世界的に有名な傭兵で『メル』の順位も確か五十そこそこ。さっきわしらと一緒におった奴も同じくらいだったはずだ。それがどうだ、今旦那方に話しても全然脅威には伝わらんじゃろ? 旦那方の陣営はわしらから見れば魔窟だ。本当であればこんなところ誰が好き好んで来るものかよ……っと、いけませんな。戦場ではつい気が立ってしまう」
後半、段々と声音に昏い感情が含まれていたが、それを自ら払拭するように最後はがははと豪快に笑うドー。それに対し、僕は言葉を返そうとしたが先んじて手を出され封じられた。
「おっと、何を言うかは分からないがどうかやめてくれ。わしが旦那方と戦わねば門下達は残らず粛正だ。ここでわしが命令通り死ぬことで救える魂もあるならそれで本望ってもんだ。だから余計な話を聞いて私情で後々判断が鈍るなんてことにはなりたくないんでね」
「ドーさん……」
「旦那に恨みはねえし、多分旦那もわしに直接恨みはないはずだ。けれどここは戦場だ。そう割り切るしかない……話せてよかったよ。じゃあ、二度と会わないことを祈ってるぜ、旦那!」
そう言ったドーは『自由』を使い、宙を飛び去っていった。彼の姿が完全に消えた後、「なんだったんだあのハゲは」と聖天剋が言った。
「話せてよかった、と最後に言ってましたけど、絶対にそうじゃないですよね」
「お前が何か言う前に何も話すなと言ったんだぞ、あの男は。感情表現豊かにぺちゃくちゃ喋っていたが、あれは絶対本心を面に出さないタイプの狸だな。実力は大したことがないのだから、次見かけたら殺しておくか」
「いや、十分化け物なんですけどね……でも、そうですね。戦況の悪化といい、いよいよ本格的に危機感をもった方がいいですね……」
僕はシールへ大穴が開いたこと、そしてここで敵を食い止めていたラムダスの生徒が全員死んだことをティリアに連絡し、自らも次の戦場に移動した。大穴は結局セシリアの管轄となり、そこから侵入してくる鼠や遠距離攻撃も全てセシリアの采配で阻むらしい。およそ可能とは思えない作戦だったが、あのティリアが承認して考えた配置である以上文句は言わなかった。
ラムダスの生徒についてはわかりました、と短くティリアは言った。それだけだった。死体を回収する余裕すらない。僕達は今、そういう状況に置かれているのだと、そのときはっきりと感じた。
更新遅いし中途半端…すみません。




