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巨竜と老躯

Outside

「カナキさんっ!」


 魔力を探知し、カナキが戻って来たことを悟ったティリアはそれまで出していた指示を中断し、真っ先にカナキに『思念』を送った。


『首尾はどうでしたか!?』

『まあ御の字と言ったところかな。ひとまず彼女がすぐにここを襲ってくるという線はない。ただし、協定の関係で僕もこの状況で閻魔に手出しできなくなった』

『協定?』


 そこでカナキからかいつまんで聖と交わした協定について聞いたティリアは、『事情は分かりました』と答えてから、すぐさまカナキを戦力外と仮定したときの対閻魔戦の作戦を使うことに決めた。そのためにはまず、あらかじめ決めていた陽動役の二人に切り札を使ってもらわなければならない。


『マサトさんとテオさんを主体に閻魔を狩ります! 他の方はサポートを!』

「……了解」「やっと出番すね……!」


 それまで中衛の位置にいたマサトとテオを一気に前線へと上げる指示。前衛にいたエトとスイランが下がり、代わりに飛び出したテオとマサトの眷属である『アルミラージ』と『カオナシ』。狙いはもちろん閻魔であり、まずはマサトの眷属二体が凄まじい速度で接近するが、閻魔は動じることなく右手を大地に叩きつける。その瞬間、大地から土で形勢された鋭利な石柱が二体の体を突き破る。カオナシはすぐに消え去り、アルミラージはその再生能力からなんとか刺さった石柱を引き抜こうと藻掻くが、その前に閻魔の放ったドリル形状の岩に顔面を破裂させ、無残に体を崩壊させる。およそ五秒にも満たない短い時間だった。


「オオオオオオオオオオオオォォォォォンンンン!!」


 だがその間にも意味はある。二体が生み出した時間でテオは完全なる龍の姿に戻り、膨れ上がった保有魔力で無数の『風来槍(ウィンドランス)』を創り出す。


「ゴオオオオオオオンン!?」

「テオ!?」


 だが、その魔法は射出される前に霧散する。シールから飛び出したテオを囲むようにして複数の精霊騎士がテオに向かって攻撃を仕掛ける。その手にはどれもA級の精霊装。つまり二級魔法師レベルの相手が今やテオを囲むようにして立ちはだかっていた。


「あり得ない! 一体どこから……あっ!」


 ティリアはそこで気付く。いずれの精霊騎士も現れた地点には戦闘で出来たとは思えない奇妙な穴があった。それだけでティリアは一つの確信に至る。


「『ゾルフォート』の能力で地中に穴を開けた!? ッ、だとしたら!」


 その時シールの街中で複数の破壊音が響き、ティリアの傍に人が落ちてきた。

 既に絶命しているそれはやはり精霊騎士で、直後にその精霊騎士が飛んできた方向からフェルトが現れ、軽やかに着地した。


「ごめん! こっちの方に飛ばしちゃった! 怪我はない?」

「は、はい! 私は大丈夫です。しかし!」

「分かってる。あいつら、地下からも街に侵入し始めた! アンタ、手貸せる!?」

「はい。それなら僕も聖さんの協定に触れないはずです。街に入って来た連中は僕達でなんとかする。だからティリア君は……」

「はい! 前線はなんとかこちらで立て直します!」


 ティリアが意気込んでそう言うと、カナキとフェルトは小さく頷き、すぐにどこかへ走っていった。残るティリアは一応自身に防御魔法を掛けると、はっきりと劣勢となった前線を“レンズ”で分析する。

 陽動という役割でマサトとテオを前に出したが、予想外の増援に二人は窮地を迎えている。マサトはまだ切り札であるツバキがあるからまだしも、完全龍化を遂げたテオはもう後がない。様子見のためか閻魔がテオに直接仕掛けてくることは未だないものの、このままでは今日初めてカナキの身近な者から犠牲者が出るかもしれない。


(いや、そんなことはさせない!)


『アリスさん! 奥の手です! アレを使ってください!』

『ええ……マサトの眷属を使い切ってからって話じゃなかった~?』

『乱戦のこの状態ではマサトさんのツバキだとテオさんも巻き込みかねません! どうかお願いします!』

『もう、私はそれでも良いんだけど……仕方ないわねえ』


 口では文句を言いながらも、アリスがしっかりとソレの運用に魔力を投じたのが分かった。


「……全軍、来るぞ」


 さしもの閻魔も不動の姿勢を解き、後退しながら自軍の前衛に壁を築き、攻撃に備える。テオを一方的に攻撃できていた精霊騎士達も再び地に潜り警戒態勢を取る。

 その様子を遠くから見ていたアリスは口角を吊り上げ、嬉しそうにしながらワインを口に運んだ。そう、彼女はこの状況にあってなお酒を飲み、この状況を愉しんですらいた。それは元々は一度死した身故か、半ば自暴自棄になったためか。ただ一つ言えることは、アリスは今純粋に目の前で繰り広げられている現実に高揚し、生きてきてそう何度と味わったことのないほど興奮を覚えていた。


「ああ……やっぱりカナキ君に付いてきて正解だったわね……さあ、ここで私のお気に入りを出しちゃおうかしら!」


 『完全なる(パーフェクト・)(アンデッド)』、発動。

 アリスが遠方で眠る死体に魔力を注ぎ込むと、あらかじめ付与されていた魔法が発動し、その骸は再び地上に姿を現した。


『テオさん、今のうちに出来るだけ距離を取ってください!』

「ググ……!」

「あ、あれは……!?」


 ようやく自由になったテオがふらつく体でシールへと後退する中、皇国軍はというと、そのテオと入れ替わるようにしてシールから飛んできた人物を認め、目を凝らした。

 “彼”のことを知る者はここ一年に入るまではそう多くはなかった。

 しかし、昨今『宵闇』として活躍し、『賢者の石』を手にして帝国、連邦を襲撃したことにより一気に知名度を上げることとなった。

 その“老躯”が宙に浮かび、その全身を露わにしたとき、皇国軍に従事するこの世界の魔法師たちから悲鳴のような叫びが漏れた。


「く、『傀儡王』……だと?」

「い、イェーマ・コンツェルンだぁ!」

「『絶対魔法(アブソリュートマジック)地獄嵐(ヘルテンペスト)』」


 動揺も冷めやらぬ中、アリスはその老人に刻まれた特級魔法を発動させた。


「ちぃ……!」


 灼熱の猛風はシールを覆う『無限障壁』をも砕き、魔物と戦闘を行い逃げそびれた前線の皇国軍を吹き飛ばす。幾分距離があるシールでもその被害なので、さらに近い閻魔達皇国軍も対策していたとはいえ、決して少なくない被害をもたらす。特に閻魔の作った壁から遠かった中衛の兵士達は為す術無く宙をへと放り出され、その熱波に焼き切れた。

 宙に浮かんだ人間が絶叫の中で焼死するそのさまを遠方から眺め、さらに喜色を深めたアリスだったが、その表情には僅かな疲労も見えていた。


「想像以上の威力……だけど流石に消耗も激しいわね」


 カナキから受け取っていた魔晶石を使っても賄いきれず、アリス自身の魔力も注ぎ込んでようやく放った一発。エトの話だと、これを乱発できる状態のイェーマに、先日亡くなった少女は勝ったというのだ。その少女にも驚きだが、さらに言えばそれら化け物複数人を相手に競り勝ったカナキは、もうアリスでは想像もつかない領域にいるということだろう。


「ほんと、あのザコだったカナキくんがこんなになるなんて……強くなったのは認めるけど、私にも意地はあるんだから!」

「そう何度も撃たせるとでも……?」


 更なる魔晶石を砕いたアリスと同じく閻魔も指示を出し、A級精霊騎士四人を動員し、さらに『イグニス』をもつS級精霊騎士一人も加わり、上空に浮かぶイェーマに対し大熱波を纏う斬撃を放った。それだけの手練れが息を合わせれば先ほどのイェーマの特級魔法にも遜色ない大規模攻撃となる。攻撃から逃れる間もなく、イェーマの老躯は寸断され、直後に爆炎へと呑み込まれる―――――


「な……!?」「残念♡」


 奇しくもリーダーであるS級精霊騎士とアリスの声が重なった。


傀儡(パペット)』。それはイェーマが得意とした自らの分身を生み出す魔法。攻撃により焼失したその囮が消え去った後、精霊騎士達はイェーマの姿を捜すが、やがて驚愕に目を見開き、閻魔でさえも苦悶の表情を浮かべた。「まさかここまで……!」


「――――『傀儡旅団(パペッタ―・ブリゲイト)』」


 宙に幾百と出現した傀儡達が、やがて一つの雲のように大地に影を作った。

 現れた傀儡の数は六七八体。閻魔でさえも正確な数を知覚した瞬間、それまで常に“あの男”の気配を掴もうと周囲を警戒していたが、流石に上空へと警戒を向けざるを得なかった。


「ふふ、カナキ君の魔晶石を使い切ったとしても保って数分、その間に戦況を逆転させるわよ!」


読んで頂きありがとうございます。

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