見切り
Outside
「ぬ……?」
カナキが手にした刃を振るった時、ナターシャは警戒したものの、カナキが何をしようとしているのか全く予知できなかった。彼手製と言われる莫大な魔力が秘められた魔晶石を砕き、カナキの発動している黒い沼へ半分、もう半分は手に握る大鎌(ナターシャは閻魔から空間を操る精霊装と聞かされている)へと注いだ。
未知の武器だからこそ警戒を一層強めるナターシャ。しかし、いくら警戒したところで結局のところ、それはナターシャには防ぎようのないものだった。
――『歪曲切断』
「ヅツッ……!?」
『無限鎧』を裂き、空間そのものを切り裂く『シャロン』の一撃がナターシャを襲った。右肩から左脇腹へと綺麗に線を描いた傷。何が起こったかを把握することすらも後回しにし、ナターシャは地を蹴り、同時にナトラとスイランを一斉に前進させる。
「逃がさないよ」
カナキは黒球でナトラを牽制し、自身はスイランと刃を交えながらナターシャを追う。スイランも基本的にはカナキの周りに広がる沼影には近づけないため、遠距離からのヒットアンドアウェイを余儀なくされているが、それにしても剣の間合いに入ったスイランに対し、カナキは互角以上の戦いを見せることにナターシャは恐怖すら覚え始める。カナキは視線をナターシャから外さない。あくまで狙いはお前だと明確な意志を晒し続ける。それでいて、視界の端にいるスイランとナトラの動向も抜け目なく観察し、適宜対応している。みるみるうちにナターシャとカナキの間合いを詰まっていく。しかしその間に先ほどの一撃の治癒は終わっていた。近距離に持ち込まれては駄目だ。スイランさえ敵わないのだ。純粋な魔法師であるナターシャがあの間合いに入れば最後は見るまでもなく明らかである。
「スイランッ、影を断て!」
「! 十五!」
ナターシャの意図を察したスイランが刀を振るい、ナターシャへと伸び続けていた影を斬る。動きを止めた沼影を確認してカナキは舌打ちして立ち止まると、再び大鎌を虚空へ振るった。
「くっ……!?」
先ほど受けた一撃は未だナターシャの中で謎に包まれている。だからこそカナキが再び『歪曲切断』を放った時、ナターシャはその未知の攻撃に対して『流動』を使い大きく距離を取る策しか取ることができなかった。
「チッ……!」
だがそれがカナキにとっては厄介だった。防御魔法を張って対策してくるようであれば問題なく『歪曲切断』はナターシャに致命傷を与えていた。だが空間を座標して放つ『歪曲切断』は回避という簡単な対抗策が有効になってしまう。
「……なるほどのう」
『魔知眼』で強化されたナターシャの目が遂に『歪曲切断』のカラクリを理解した。一目で理解できたのは、以前これと似た『次元斬』という魔法を見たことがあったからだろう。しかもカナキの場合はエリアスほど『歪曲切断』が連射できるわけではない。ナターシャは『歪曲切断』への対応策も頭に叩き込むと、跳躍して自身も大技の魔法の使用に踏み切る。
「――『炎熱湖』」
カナキを中心に床が溶岩の海へと変貌した。
『迷宮作成』により造られたため、王城の床はそのままに、屋上一帯に成人男性なら腰まで浸かるくらいの溶岩が生まれ、ナターシャは宙へ浮かび、ナトラとスイランも魔法の範囲外まで後退している。
「ぐっ……!」
そして同じく溶岩の海から抜け出したカナキだったが、一足遅く右足の膝から下にダメージを受ける。すぐにストックした魂魄により再生は始まるが、足をやられたうえに、今の攻撃でカナキは大きな痛手を負ってしまった。
「やっとあの気味の悪い影から出てきたのう」
「しまっ……!?」
カナキの眼前で火炎や雷など様々な魔法が炸裂する。
『迷宮作成』による能力で、ナターシャは迷宮内においては様々な魔法をどこからでも作り出すことができる。『世界創造』ほどの精密さはないものの、それほど離れた距離にいない今のカナキであれば、ほぼ密着した状態で魔法を撃つことができた。
カナキが再生することは皇国軍全体で共有されている。だからナターシャは一度だけにとどまらず、次々と魔法を放ち続け、カナキの残機を削り続ける。
「ああ、いかん。痛みに耐性はあるだろうからのう。足は集中的に削いでおかんと――」
「マスター!」
「んん?」
再生を終えようとしていたカナキの足を風の刃で切り裂いたところで、遂に痺れを切らしたシャロンが擬人形態になり、カナキを担いで跳躍した。もちろん迷宮の中にいる限りナターシャの魔法はある程度避けようのないものになるが、良くも悪くもそれはある程度だ。
シャロンが襲い来る魔法をいなし、或いは自身の体で肩代わりすることで十秒稼ぎ、その間にカナキは再行動できるまでに再生を終える。
王城を飛び降り、広い中庭に着いたところでカナキは魔晶石を砕き、再び『黒淀点』を発動させた。
「ありがとう、シャロン君」
「やれやれ、また芸もなくその魔法か。いい加減見飽きてきたのう」
頭上から呆れた調子でそう言うナターシャに対し、カナキは鎌形態となったシャロンを握り、
「そういうならすぐに決着を付けましょうよ。降りてこないんですか?」
と言った。その声音には誰にでも分かるほど嘲りの色が含まれていたが、当然ナターシャもそれに乗るはずもなく、
「自ら不利だと分かる間合いに入る阿呆などおるまい。貴様のその鎌の攻撃も種が割れた。この距離を保っている限り妾に敗北はない」
「なるほど……ですが、僕も同じ手はもう食いませんよ。ナターシャさんがこの距離を死守するように僕ももう『黒淀点』の範囲外に出ることはない。なら、どちらが魔力切れになるかを待つ耐久戦になりますが、大技を連発しているあなたにその余裕はありますかね?」
「フッ、心配無用じゃ。元々妾は魔力総量に自信がある。それに、貴様がその影に隠れていようと、そこから炙りだす方法は色々思いついておる……こんな風に、の!」
「!」
ナターシャが発動したのは『念動』だったが、対象はカナキではなかった。
ナターシャの狙いは、彼女の眼下に広がっていた灼熱の海。それを『念動』によりポンプのように吸い上げると、
「ほれ、溶岩の雨じゃ。存分に湯浴みを愉しむと良いぞ」
「チッ……!」
構えたカナキの頭上で、大量の溶岩が城の中庭へと降りそそいだ。
読んで頂きありがとうございます。
今話更新日に本作のコミカライズ版の3巻も発売しましたので、良ければそちらもあわせてお願いします。




