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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
終わりが始まるまでの30日
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最悪の酒宴 3

「それからはみんなが大体想像通りの僕の人生が始まったかな。その日を境に目に見える景色全てが変わったっていうか。とはいえ、最近はそういうことも全然してないけどね」

「……だから」

「うん――?」


 ミネアを見ると、彼女は複雑そうな表情を浮かべていた。


「だからあなたは自分の母のせいでそんな人間になってしまったと言いたいんですか?」


 その瞬間、僕の顔は羞恥で真っ赤になった。


「とんでもない! 母に責任転嫁するつもりは無いんだ! 何があろうと選択したのは僕だし、不幸な過去自慢をして自分を正当化するなんて恥ずかしすぎてできるわけないよ!」

「あ……そうですか……」


 すごい勢いで謝罪する僕を前にミネアは若干後ずさったが、そこでフェルトが「だったら今の話はなんでしたのよ」と口を挟んだ。


「だから、最初に言ったじゃないですか。僕っていったい何なんだという質問に答えるためには、まず最初に僕が普通の人とズレたきっかけを話さなくちゃいけないと思ったんです。事実はみんなが知っている。あと必要なのはそうなるに至った背景。それらを鑑みたうえで、僕がどういう存在なのかは各個人で判断してほしい」

「散々話したうえで丸投げかい」


 溜息を吐くフェルトだが、それとは逆に「いやいや」と口を開いたのは我が師匠セシリアだった。


「今の話は大変興味深かったぞ。たしかに、カナキの言う通り、今までの話を含めて、この男が一体どういう男なのかを判断するかは各々変わっていこう。それで、判断材料は以上なのか、カナキ」

「まあそうですね……あとは王国でのことはみんな知っていますし、ラムダスに来てからの事も大体皆さん知っているでしょうし……あ、皇国にいた頃の話でもします? 師匠たちには話しましたが」


 それから僕は皇国での出来事をざっくばらんにだが説明した。イリスとの出会い、軍を率いたこと、ティリアとの出会い、奴隷兵士たちと戦場を駆けたこと、六道との出会い、聖天剋との出会い……細かな部分はかなり端折ったが、それでも異世界の地での出来事に、人々は興味津々といった様子だった。


「ラーマ・コンツェルンって前任の帝国の魔法師団長だろ。急に行方不明になって、それでゼロ・アインが騎士団長と兼任で魔法師団長も務めたって聞いてたけど、まさか異世界に行ってたのかよ……」

「六道はやっぱり異世界でも類を見ないほど強かったんだな……でも、そのうち三人をカナキ先生が倒してるってヤバすぎだろ……」

「そして、六道の中で二番目に強い奴も、この前あの人が倒したんだろ……」

「…………」


 波紋は伝播し、端で大人しくしていた聖天剋にまでも注目が集まり、生徒達は僕の話に対してめいめい多様な反応を示す。最早僕の方でも話すことはなかったので、答えを聞こうとミネアの方を見た。


「それで、結局ミネア君の答えは出たのかな?」

「……最後まで話を聞いて分かりました。私は、事情はどうあれ、あなたのしでかした数多くの所業は許されるわけではないと思うし、それは世間の多くの人が同じ感想を抱くと思います」


 容赦のない言葉を聞き、それまでの喧騒は波が引くように止んだ。

 再び視線が僕達の元へと集中する中、ミネアは迷いを断ち切ったような、毅然とした表情で告げた。


「あなたの事情は同情する。あなたの母親を酷いとも思う。でも、結果的に今の人生を選択したのはあなた自身です。あなたは自分の本質にもっと向き合うことも出来たけど、十代半ばで手放してしまった。それは紛れもない事実です」

「うん」

「だから、あなたが学校で見せたロラン・フォートという優しい教員の姿を覚えていたとしても……ううん、覚えているからこそ、私はあなたを許すつもりはないし、間違っていると思う。だって、あんなに生徒の気持ちに寄り添えるということは、もっと過去に踏みとどまって、普通の人としての暮らしを送ることができたかもしれないということだから」

「――――そうだね」


 ミネアの言葉は事実だった。だからこそ、僕は本当に素直に、彼女の言葉に頷くことができた。


「……私の迷いに真剣に向き合っていただきありがとうございました。もう会うことは無いでしょうが、残りの人生をぜひ、人のために活用してください」


 背を向けたミネアは、そんな言葉を残して夜闇の中に消えていった。


 なんともいえない、凍り付いた空気がしばしミネアが去った空間を包んだが、やがて背中から小動物が突進してきたような軽い衝撃を感じ、驚いて振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたアリスの姿があった。


「カナキ君、なーにシケた面してんのよ! “私達”が頭がおかしいことくらい、もうとっくの昔に分かってたでしょ!」

「アリスさん……」


 アリスはそのままくっついたまま、持っていた酒を僕のグラスに勢いよく注ぎ込んだ。


「あんな小娘の正論を真に受けて沈むなんて私の知っているカナキ君じゃないわよ! ほら、祝いの席なんだから飲んだ飲んだ!」

「別に沈んでないですよ。ていうか、お酒零れてますから!」

「あんた達もなーに気まずい空気醸し出してんのよ!」


 アリスは止まらず、その矛先を周囲の生徒達にも向けた。生徒達は急に話を振られ、皆たじろいで目を逸らした。それに構わずアリスは叫ぶ。


「私達はこうなの! あんた達みたいな普通の人とは生まれた時から違ってんの! 仕方ないでしょ、神様がそういう風に私達を作ったんだから! 神様だってねえ、毎日数え切れないくらいの人間を生み出してるんだから、たまにこんな失敗作だって作っちゃうのよ! でもね、私達だって大抵頭おかしいけど、それは皇国だって同じでしょ! 何よエーテル神って! なによ輪廻の輪に還すって! そんなの誰が頼んだのよ! だから精々あんた達は感謝しなさい、やばい奴らが同士が勝手に潰し合うんだから!」


 好き放題叫び終わると、唖然とする周囲に構わず、「ほら、カナキ君、乾杯!」と勝手に酒盛りを再開させた。無理矢理を酒を流し込まれながら、周囲を盗み見ると、僕とアリスに笑みを浮かべながら近付くセシリアの姿があった。


「ふふ、カナキの友人は本当に面白い。私とて、はったりでもなく本音でそこまで開き直ることはできんぞ」

「ふん、悪党としての格が違うってことですよ! 私の師匠のミラさんがあなたに魔法を教わったということは、私にとってあなたはおばあちゃん先生ということになりますけど、悪党としての格は私の方が上ってことですね!」

「ああ、ではお前はミラ・フリメールの……ははっ! 本当に面白いな。どれ、私も一つ、酒を貰いたいな」

「はいどうぞ! ほら、カナキ君もまだ酒残ってるわよ!」

「あっ、アリスさん! わ、私も……!」


 エトも名乗りを上げ、ハイテンションなアリスを中心に酒盛りが再開された。本人に言ったら否定するだろうが、多分アリスなりに僕をフォローしてくれた気がする。そしてアリスだけでなく、そこにセシリアやエト、さらにはアルティやフェルトなど、これまで数多くの死地を乗り越えてきた人達が集まってきた。

 次々と高速で注がれる酒を異様なペースで飲み干しながら、僕は次第にぼんやりとしだした意識の中で考えた。先ほどミネアが僕につきつけた言葉は事実であったし、僕もそれをすんなりと受け入れたが、その時に周囲の生徒達が僕を見る眼の温度とでもいうべきものが、数段低くなったことを肌で感じ、少しだけ胸に痛みが走った。どうやら僕は、正体が分かったにも関わらずここまで残ってくれた生徒達が、もしかすれば自分を受け入れてくれるのではないかと無意識に期待し、そして僅かながら落胆したようだった。

 だが、生徒たちの感覚こそが正しいもので、むしろこれまで僕に手を貸していたこと自体がある種熱に浮かされていたといっても良いだろう。ミネアは、生徒たちが悪い夢から醒める呼び水となったということだ。連合国が瓦解して混乱していた思考が、今やっと正常な状態に戻ったというべきか。しかし、それでもこうして僕と同じ側の人間も少なくない数いることを、そのとき無性に有難く思った。本来であればかなりの確率で孤立であろうと人間性の人々が、これだけ集まったのはもう奇跡といってもいいかもしれない。


「なによカナキ君。珍しく酔っぱらっちゃったの!?」


 アリスが驚いたように言う。確かに、僕はかなり酒が強い方だし、これまでアリスと酒を酌み交わしても、先に潰れるのはアリス(セニア)の方だったので意外なのかもしれない。


「……アリスさん」

「なによ?」

「ここまで腐れ縁で付き合ってもらって、ありがとうございます……」

「――ん」


 アリスはこちらを見ずに頷いた。そこで僕の記憶も途絶えた。


 なお、翌日ミネアをはじめ、多くの生徒がラムダスに戻ったが、二日酔いで半日ベッドで死んでいたので顔を出さなかったが、結果的にそれが一番よかったのかもしれない。


読んで頂きありがとうございます。

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