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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
終わりが始まるまでの30日
402/459

皇国軍の総指揮官

 旧オルテシア王国領にある大都市の一つ、ウィンデル。

 かつては書物の街とも言われ、天を衝くような高さを誇る巨大な王立魔法図書館も構えるその都市は、今や皇国の軍団が所狭しと闊歩していた。


「……ふうん。どこの世界でも御伽噺なんてどれも同じようなものなのね」


 そしてその都市で最も高い建造物である王立魔法図書館の最上階で、自身の体が二人分は入りそうな広い机の上に何十冊と本を重ね上げ、聖イリヤウスは持っていた本をつまらなさそうな表情で机に置いた。妖精のような美貌、それこそ御伽噺から飛び出してきたような外見の少女が視線を向けた先には、片膝を着き、主の言葉を待つ巨漢、地獄道閻魔の姿があった。


「閻魔。前にも言った通り、カナキのいる所へはあなたを総指揮官として向かってもらいます」

「は」

「その間私の身辺警護は聖に、そして聖と近衛隊含む、各国へ割かなければならない人員を抜いた、全ての兵士達の全権をあなたに預けます。一時的に皇国の、いえ……世界の半分以上の武力を手中に収めるのよ。どう、悪くない条件でしょう?」

「はっ、聖イリヤウス様からのご配慮、大変有難く頂戴致します。ですが、畏れながらそのうえで一つ、あの者達をその中に入れる理由をお教え頂けたらと……」

「ああ、連合国から寝返った帝国の王女のこと? あれならそれなりに悪知恵が働くようだし、今の情勢を考えれば当分は私達を裏切る必要はないから大丈夫よ」

「いえ、そうではなく、そのナターシャ・クロノスを連れてきた、もう一人の――」

「ああ! 静香“お母様”ね!」


 変化は明白だった。

 それまで冷然と、何事にも無関心に見えたイリスの表情がぱっと華やぎ、彼女の周りの景色が急に色づいたような錯覚を傍に控えていた侍女は感じたほどだった。

 その反応に対し、自他ともに堅物であると認める閻魔は当然のように苦言を呈する。


「イリヤウス様……何度も言っている通り、六道以外の者を過度に信頼するのはいかがなものかと……あの女がカナキ・タイガの母であるかどうかは分かりませんし、何より奴がどういう理由があってかは分かりませんが、メルクース・バオウ・キネストローレの魔法の一部を扱えることも事実であり、万が一あなた様を裏切った際には無事ではすみません」

「もう閻魔。相変わらずあなたは心配性ね。大丈夫よ、私にはわかる。あの人は嘘をついていないし、正真正銘カナキの母だわ。そういう人を見る目が私にはあることをあなたも知らないわけではないでしょ?」

「それはそうですが、しかし、心の内までは……!」

「それも分かります……いえ、正確に言えばお母様の心は少し……失礼ですが濁りがあるので、完璧には掴めていませんが、それでも私に対して今のところ害意がないのは確かでしょう。それに、万が一に備えて聖を手元に残しているのです。魔王の力を手に入れたといえど、まさかあなたが負けることはないでしょう? 聖」


 イリスが顔を向けた先で一人、壁際に立つ聖の姿があった。華美な装飾などがあるわけでもないこの部屋の中でも、イリスと同じく彼女の周囲だけは澄んだように空気が違う。


「はい。イリス様の命令であれば誰であろうと私は倒します」


 これまでと同じように、と最後に付け足した聖。それを清廉な笑みで見つめたイリスは満足そうな表情で閻魔へと向き直った。


「閻魔、これで納得した? それでも心配なら、聖の『天影』を“あなたに”付けることもできるけど?」


 暗に保身だと揶揄された閻魔は、主の意地悪な問いかけに対し静かに首を振りながら、小さく溜息を吐いた。歴年の重みを感じさせる、苦労が滲み出たような溜息だった。


「分かりました。あなた様の考えに従います。ただし、全軍を率いるということは、奴の根城の落とし方も私なりの方法でよろしいですか?」

「ええ、かまわないわよ……とはいえ、遠目からでもカナキが作った要塞都市は堅牢よ。見たことのない大量の魔獣、B級精霊装以下の火力じゃ罅すら入らなさそうな山のような外壁、それに加えて幾重にも張り巡らされた様々な種類の結界は、いくら地を操るあなたといえど分が悪そうに思えるけど」


 そこに付け加えるように聖が同意を唱えた。


「はい。唯一上空からの攻撃が最も防備も薄くて有効かと思いますが、残念ながら上空を駆ける私達の軍は総じて耐久面に不安が残りますから、遠距離からの高火力魔法で一掃されかねません。翠連がいれば良かったんですけど……」


 皇国最強の一角。聖と肩を並べる最強の剣士の名が出て、室内を初めて重苦しい雰囲気が包んだ。翠連が聖天剋に倒された情報は皇国にも一早く届いた。閻魔や聖はもちろん、あのイリスですら彼女が敗れるとは考えておらず、この世界に来てから初めて、皇国は大きな痛手、敗戦とも言うべき事態に直面した。

 だが、ここでもイリスの智謀が窮地を救う。イリスは動揺する皇国軍を前に自ら姿を表すと、仲間の死を悼むとともに、エーテル教の輪廻転生の考えを持ち出した大演説で兵士たちの死への恐怖を見事なまでに消し去った。彼女の声を聞く兵士の目が如実なほどに爛爛と輝いていく様子は、最早魔法でも使ったのかとさえ思うほどに異様な光景であったと、見ていた静香などは感じたほどだった。

 そして、事前に皇国の傘下に下ることを申し入れていた静香は、その光景を見せられたうえで、皇国の敗北という万一の可能性を潰すためにイリスに連合国の処理を命令された。そのときは流石に一人では厳しかろうと聖の協力も提案したイリスだったが、静香はそれを辞退、そして聖の力を使わず内部から瓦解させるという方法であっという間に連合国の首脳陣を解体した。

 その手腕を買われ、さらにカナキとの関係性も明らかになった静香がイリスのお気に入りになるまでそう時間はかからなかった。高い戦闘能力を誇る静香は翠連を失った皇国にとっても有用な存在であった。


「……翠連のことは残念だけど、幸いお母様がこちらに付いてくれたおかげで最低限の戦力補強はすみました。あとは閻魔。あなたが全軍を指揮し、私の前にカナキを連れてきなさい」

「…………討伐ではなく、連行、ですか」

「うん? 何か言いましたか」

「いいえ、なんでもありません。全ては聖イリヤウス様の御心のままに」


 頭を下げ、そのまま部屋を退室する閻魔を見届けると、聖は心配そうな表情でイリスを見た。

「大丈夫ですか? 閻魔の心にはどこか迷いがあるように見受けられましたが」

「問題ないわ。閻魔は何があっても最後は私に意思決定を委ねる。彼はそういう人間だもの。それよりも聖、あの子を閻魔の下に持って行ってあげなさい。どう使うかは閻魔次第だけど、確かに彼女の存在はカナキにも少なからず影響を与えるでしょうから」

「分かりました。確かに、彼女の存在はカナキさんだけでなく、他の人間の動揺も誘えますからね」

 聖の返答にイリスは小さく首を振り否定の意を示す。


「他の人間なんてどうでもいいわ。ただ私はカナキがどういう表情を浮かべるのか知りたい。それだけよ」


 イリスは窓際に立ち、ここから百数キロ離れた街にいる意中の人間の顔を思い浮かべた。

「カナキ、もうすぐよ。ようやくあなたは私の手中に収まることになる……」






Side カナキ


二十五日目


 昨日の事件が世界を席巻する中、僕達の防衛設備の作成もいよいよ佳境に突入していた。

 皇国の対抗馬であった連合国の壊滅を受け、残す希望が僕達しかないと考えたのか、この日はこれまでで一番ラムダスから来た生徒が多く、しかも最後まで僕と共に戦いたいと言い始めた生徒もいくつか出始めていた。ここは間違いなく激戦区になるし、やんわりと考え直した方がいいと伝えたが、最後に去っていくその生徒の瞳には、既に固い決意の色が見え隠れしていた。もしかすると皇国の支配から世界を救えるのは最早自分達しかいないと考えているのかもしれない。

 そして肝心の防衛設備については生徒数も多くなり、予想よりも早く終わりを迎えそうであった。探知や妨害などの各結界系は既に準備はできており、無限障壁による外壁の作成も明日には完了する。そうなれば残る仕事は魔物などの手駒を作成するだけだが、これももうちょっとした魔界なのではないかと思えるほどの量が既に生み出されており、今では街内では収まらず街の外に牧場のような形で放牧されている魔物も少なくない。今いるだけでもシールには人間の十倍以上の数の魔物がいるほどだから。最近になってシールに訪れている商人たちはその光景を見て、「魔界」だと表現していた。確かに、最近は新たな行商人がぱたりと来なくなったし、こんな外観ではおどろおどろしい印象はどうしても拭えないだろう。皇国も同じように攻め込むのを尻込みしてくれればいいのだが、そんなことは恐らく起こりえないだろう。




二十六日目

 ついに全ての防衛設備が完了した。シールに越してきてからおよそ二週間弱の作業であったが、全員が一丸となって作業を進めてくれたおかげで四日の猶予を残して万全の体勢を迎えることができた。完成に湧く生徒達を集め、労いと感謝の言葉をかけた僕は次に、この地に残るかどうか、最後の選択を生徒達に投げかけた。明後日の朝、ラムダスに戻るネロの転移魔法に乗るかどうか。それにより、僕達と命運を共にするかの是非を取ることにしたのだ。


「たとえここを去るとしても僕は非難しないし、むしろその選択を皆にしてほしいとさえ思っている。あとは残る二日間、僕達で教えられることは何でも教えるから、最後まで自分達の日常を守るための武器としてほしい」


 そう締めくくり、生徒達に手伝ってもらったシール大改造計画でここで終了した。その日の夜から僕達は成功を記念して大規模な打ち上げ、いわば飲み会というものを戦争前最後の宴として催したわけだが、これが後に考えたら少し盛大にやりすぎたのかもしれない。

 つまり、あまりに盛り上がりすぎて、皆がへべれけになってしまったということだ。


読んで頂きありがとうございます。

次回、飲み会回です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 普通に面白いんですけどね。 ただ正直に言えばフィーナくんが退場した一部?1篇?の終了までが、心ない死刑囚が心を得るところまでですごく綺麗だっただけに、こう、うぅむ。 完結の時にどこまで綺麗…
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