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乱入者と巨群


 カナキは崩れ落ちるエリアスを油断なく数秒観察したが、起き上がってくる気配はなかった。

 拳から返ってくる手ごたえは十分だったが、おそらく命を刈り取るまでには至っていないだろう。エリアスとの一騎打ちならばここでトドメを刺すところだが、今は一秒でも時間が惜しかった。カナキは上を見上げると、一気に壁を駆けあがった。




 Outside


「『世界創造(ワールドクリエイト)』」


メルクースが呟き、玉座の間が出現したと同時にカレンも魔法を発動させた。


「『凍結世界(フロスト・ザ・ワールド)』」


 それはカレンの切り札。空間を完全に掌握する『世界創造(ワールドクリエイト)』に対しての対抗魔法としてカレンが用意したその魔法は瞬発的にメルクースの魔法を上回った。

 凍結世界。その効果は自身を中心に半径五十メートルにまで広げることができる。対象は有機物無機物問わず、それら空間内の全ての物質に強力な『念動(サイコキネシス)』を付与。強制的に動きを封じる。

 その結果――――




「――――世界は止まる」




「ば――――」


 馬鹿な。そんな短い言葉さえメルクースは発することができなかった。

 動きが止まったのは二秒足らず。だが、それまでカレンの速度に付いていくのがやっとだったメルクースにとって、それは致命的な二秒だった。


「さようなら。再び眠りなさい、魔王さん」


 メルクースの首が落ちた。視界が反転し、ゆっくりと降下を始めたメルクースの脳内を驚愕に埋め尽くされる。

 それでメルクースに掛けられていた『自由(フリーダム)』も消え、体は時間を取り戻したかのように急速に落下し始める。カレンは落ちていく胴体と頭を淡々と眺めていたが、やがてその身体が突然消失した。先ほど斬ったのが『傀儡(パペット)』の分身だと確認したカレンは重たく溜息を吐き、振り向いた。


「……で、戦いに水を差したあなたは誰かしら?」

「シズカ、と申します。お見知りおきを」


 カレンの問いかけに静香は穏やかな表情を浮かべながら答えた。そして静香の前に立つメルクースはというと、静香に背を向けた状態で肩を細かく震わせている。俯いているため、カレンから表情は見えなかったが、おそらくは怒りに打ち震えているだろう。


「『傀儡(パペット)』を勝手に発動し、俺を助けたな、シズカ……! 俺の許可なく俺を助けるとは……身の程を弁えろっ!」

「畏れながら申し上げますが、現在のメルクース様ではカレン・オルテシアには勝てません」


 メルクースの身をすくませるような怒号にもシズカは表情を変えず、穏やかな笑みを浮かべていた。


「カレン・オルテシアの強さは私達の想像を遥かに超えていました。大局を見据え、今は堅実に戦うべきです。それに別に腕を取り戻す方法は純粋な戦闘においてカレン・オルテシアを殺害することだけではありません。私に考えがあります」

「……つまりお前は、俺に戦い方を考えろと指図するわ――」


 そう言ってメルクースがゆっくりと静香へと振り向いた直後、カレンと静香はほぼ同時に動いた。

 メルクースの首筋に最速で刀を入れんとしたカレンの一太刀を、静香は懐から取り出した鉄扇で受け止めた。自分の攻撃が防がれたこと以前に、自分のスピードに難なく付いてきたことに驚愕するカレン。カレンが一旦距離を作るために後退した直後に、静香は後ろから放たれたメルクースの蹴りを“背中を向けたまま”鉄扇で受け止めた。


「……貴様、それほどの力をもっていて隠していたのか」

「隠していたというよりは質問されなかったから答えなかっただけです。私とて命は惜しい。万が一メルクース様の機嫌を損ねて殺されそうになっても、これなら一撃くらい耐えられるかもしれないではないですか」

「……つくづく、お前という女は底知れん」


 足を下ろしたときのメルクースの表情は苦虫を嚙み潰したかのような表情を浮かべていたが、やがてそれは段々と喜色へと変わっていった。


「だが興味深い! 封印前の何もかもがつまらん周囲の生物よりも貴様の方がよっぽど価値がある! 改めて気に入ったぞ、シズカ!」

「光栄でございます」


 乱入者が出た場合の想定の中で最悪のケースね、とカレンは胸中毒づいた。狙いが明白だったとはいえ、自分の強襲を難なく防ぎ、しかもメルクースを焚きつけて共闘までもっていく話術。どこか既視感を覚えるカレンだったが、それ以上に自分が先ほどまでよりも遥かに劣勢に立たされたことを彼女自身の頭脳が結論付けていた。

 メルクース単体が相手なら五分以上にもっていける自信のあるカレンだが、実力未知数のあの静香という人物の介入のせいで、形勢は逆転した。足手まといになると同伴させなかったエリアスはやはり連れてくるべきだったかしら、と考えながら、カレンは打って出た。


「ほお?」


 まだ上がるか。

 メルクースはカレンの首を狙った一刀をギリギリで防いだ静香を見てそんな感想を漏らした。

 『颶風纏う麒麟(アル・シド)』――――盟友ナトラ・レンベルが編み出した特級魔法により神速の域へと到達したカレンだが、初撃を防がれたことに初めて「チッ!」と舌打ちした。


(初見で確実に一人殺りたかったのに、どうしてあれが防がれるの!?)


 自分の思惑が初めて外れて驚愕するカレンに対し、大きく吹き飛ばされながらもなんとか防いだ静香は胸中で安堵した。


(危なかったぁ。彼女の心理的に、初撃で不確定要素である私の首を獲りにくると思ったけど、首以外を狙われたら死んでたわね)


「向こうは短期決戦を狙っています! お気をつけ――」


 吹き飛ばされながらそう叫んだ静香だが、最後まで言い終わらないうちに、黄金の光を纏ったカレンがメルクースではなくこちらに向かってくるのに気づく。


 ああ、狙いは私か。


「ぐっ!?」


 だが静香に猛追を仕掛けようとしたカレンの左肩をレーザーの如き速度の電撃が貫通した。


「俺に背を向けるな。不敬だぞ」

「くっ!」

「ありがとうございます」


 そして、一瞬動きが止まったところで体勢を立て直した静香は魔力を熾す。その、あまりにも膨大な魔力に驚くカレンだが、すぐにその正体に気付く。


「賢者の石!? そうか、ならあなたが……!」


 現場から持ち去られたと報告を受けた賢者の石はカナキが持ち去ったとカレンは考えていたが、その結果は意外な形でもたらされる。

 そしてカレンの動揺をよそに、その賢者の石により静香は魔法を発動される。


「ご明察。『傀儡旅団(パペッタ―・ブリゲイト)』――」


 そして、イェーマから奪った魔法により、静香は大量の分身を空中に展開させる。


「イェーマは賢者の石の力に目が眩んで、自身の魔力操作能力以上の傀儡を作ってしまったけれど、私はそこまで自分を過信していないわ。特に近接戦が得意な私にとって、自分の操作できる傀儡の数はこんなものじゃないかと思うわ」


 イェーマが使用した際は天を覆うような大群。それに比べて静香の発動した『傀儡旅団』の数は遥かに少なかったが、それでもすぐには数え切れないほどの傀儡が、カレンを追い囲むように出現した。


「ざっと三百というところかしら。さあ、一人相手にも一撃では殺せなかった相手を前に、あなたはどこまで戦えるかしら」


 余裕そうに言う静香だが、カレンは額に汗を浮かばせつつも、それら全てを意のままに操ることができると言った静香の発言はブラフだと考えた。鎌をかけることで自分の思考を複雑化させ、より難しく考えさせるように仕向けようとする魂胆だと。だが、そうだとしても、静香がイェーマの固有魔法だと報告のあった魔法を使えることはかなりの痛手だった。


「おいシズカ。俺にも少しは遊ばせろよ。なにせ、全盛期の八割程度とはいえこの俺を凌駕する逸材なのだ。精々虫の息になるまで少しずつ痛ぶってから右腕は回収する。」


 なぜならばカレンですら全力でかからねば敗北のリスクがあるメルクースも同時に相手しなければいけないから。メルクースの攻撃を避けるには傀儡の集団に飛び込むのが理想だが、よりにもよって静香は遠距離ではなく近距離での戦闘の方が秀でている。近接戦が得意な集団の中に自分から飛び込むなど下策の極みだが現状それが最善策だった。そこまで答えを導き出したカレンは一度大きく息を吐き、覚悟を決める。


「来なさい。遊んであげる」

「うふっ、ありがとう……!」


 巨群の精鋭が到来すると同時に、カレンの体は再び神速で動き出した。


読んで頂きありがとうございます。

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