許容
シュウが姿を消した後、最初に口を開いたのはテオだった。
「……ようやく合点がいったっす。前々から怪しいとは思ってたっすけど、アンタがあの悪名高い『イレイサー』なら全部の辻褄が合うっす……アンタがカナキ・タイガだったんすね!」
「うーん、まあ……そういうことになるかな」
「……ウウッ!」
喉からうなり声を上げたテオがこちらに掌を向け、魔法を発動させようとした。しかし、その前にエトに蹴り飛ばされ、机を吹き飛ばしながら壁に激突する。
「やめてテオちゃん。こんなところで味方同士でいがみあってても仕方ないよ」
「王国の敵がここでそれを言うっすか!」
「少し落ち着けよ、テオ」
そこで意外にも制止を促したのはスイランだった。誰もが予想しなかった人物からの言葉にテオは一瞬息を詰まらせるが、すぐに反論を口にした。
「スイランは知ってたんすか! あいつがカナキ・タイガだって!」
「知らねえし別に興味ねえよ。私より強いってことはそこそこ名の知れた奴なのかもなってくらいには考えてたけど、そんなにすげえ奴なの?」
「すごいとかそういう話じゃないっす! こいつは王国歴代最悪のテロを起こした首謀者で、それ以外にも多くのおぞましい事件を起こした異常者っす!」
「ふぅん……おい、そうなのか?」
スイランがそこで僕を見るので、少し悩んだ末に軽く肩をすくめた。
「人と違った感性があることは否定しないよ」
「感性って……そんな言葉で済ませるほどお前のやってきたことは……」
「テオ君」
テオが最後まで言い終わらないうちに僕はそれを遮った。
「――少し静かにしようか?」
「ひっ……」
効果は覿面だった。その一言だけでテオは止まった。以前テオに行った“躾”はまだ活きている。
だがそれでもテオは怯えながらも周囲に向けて叫んだ。
「み、み、みんなは何も思わないんすか!? こ、この人は異常っす! 今は先生面してても、いつ自分達を襲うか分からないんすよ!? そんな人と肩を並べて戦えるんすか!」
「――別によくね?」
テオの悲痛な叫びは無感動なスイランの返事に消えた。
驚愕の瞳でクラスメイトを見るテオにスイランは事もなげに「お前は意外に細かいこと気にするよなー」と言った。
「テオ、お前これまでに何人殺した? 特別クラスがこのメンバーになってから王国との戦場にも行ったし百や二百じゃきかねえよな? 私も、それ以外にここにいる奴らほとんどが人殺しだぞ?」
「そ、それにしてもっす! こいつは人に苦痛を与えるのが好きな奴で、異常者なんです! 戦争で人を殺すのとは訳が」
「同じだろ。私とナトラは戦場が好きだ。自分の力を出し切って、相手を倒すことだけに集中するあのヒリヒリした感じが好きだ。戦争はあくまで手段に過ぎない。私達はたとえ戦争が無くたって喜び勇んで戦地へ向かうさ」
「そ、それは自分を高めるって意味でもあるはずっす! 決して他人に痛みを与えることが目的では――」
「ああ、私はな。だがテオ。お前は人間の痛みや悲鳴に悦んでたじゃねえか」
「え……」
凄いなスイラン。そのことを今ここで言ってくれるのか。
最後にテオを黙らせる最終手段として僕が言おうとしていたことをわざわざスイランの口から言ってくれるらしい。まったく彼女は他人に興味のないように見えてきちんと本質を見抜いている。
「テオ、お前一時期、人を虐げることに快楽を感じていたよな、戦場でも必要以上に敵を痛めつけたり――ああ、そうだ。そこにいるアルティにも似たようなことしてたよな」
「――――――」
「ちょっ、スイ……」
アルティが制止の声を上げようとする前にそれをエトが封じる。彼女もまた機転が利く。ここで一度心を折っておいた方がこの先何かと便利だからな。
「テオ、私は別にお前を今更責める気はねえよ。理由は違えど人に苦痛を与えるっていう結果は私もお前も変わらねえしな。だけどよ、ここから大一番って時に私情で内輪もめを起こそうとするのはやめてくれや。散々いじめたアルティだってお前を赦した。なら、お前も少しは時と場所を考えろ。じゃねえと、アルティだけじゃなく、ここにいる奴ら全滅させることになるかもしれねえぜ」
「そんなっ! 自分はそんなつもりじゃ……!」
「じゃあもう黙って部屋まで戻りな。お前は先生とは違うバリアハールへ行くグループにしておいてやるから、一度移動する前に部屋で落ち着いてこい」
「……ッ!」
苦しそうに顔を歪めたテオは、しかし何も言わずに教室を走り去った。
「私、追いかける!」
それを見かねたアルティも少し遅れて飛び出した。が、すぐにひょこっと教室の扉から頭を出すと、
「私は先生グループの方ね、絶対!」
とだけ釘を刺して、今度こそ走って行ってしまった。勝手に出て行く割に自分の要求だけは残していくところはちゃっかりしているな。
「へっ、テオを追いかけに行くくせにこっちに残んのかよ……まあいい。それでどうすんだ?」
「どうするって……一応僕の中で人選はしてたけど」
「それじゃ、もうそれでいんじゃね?」
あっけらかんとそう言ったスイランは机に足を乗せて上体を後ろに反らした。まるで放課後にどこへ遊びに行くかの提案に適当に返事をするように。
「いいのかい? さっきの話もあったけど、僕は人とは少し違った面があるけど」
「けど腕は立つ。それで私は十分だ。アンタの人間性を肯定するつもりはないが、ラムダスでアンタは一定の評価に値する働きを見せた。まずは話に乗っかってやるよ。そこで何か仕掛けてくるっていうなら、そのときはここにいる連中全員でアンタをぼこぼこに痛めつけてやるよ」
アンタがこんな敵地で無謀な事を仕掛けてくるとは思えねえがな。
そう最後に付け足すと、にやっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
周囲を見渡すが、それに反論する声は上がらない。ネロとマサトも、とりあえずはスイランに反対することはないようだ。
「僕はまだ先生に貸しを作ったままですから。母を救ってくれたこともありますし、もう少しだけお付き合いしますよ……先生の性癖の被害者になるのは御免ですが」
「僕も……先生といれば、新しい何かを見つけられる気がするので……」
「二人とも……」
不思議な感覚だった。三人は決して僕の行いを肯定したわけではなかったが、それでも僕に変わらずに一定の信頼を置いてくれることが驚きだった。ここに残っている生徒は全員戦場を、それもかなり過酷な死地を乗り越えてきた連中だ。もしかすると、彼らも僕と同じく、少しずつ頭のネジが外れかけているのかもしれない。
その時、右手をぎゅっと握られた。気づいてそちらを見ると、至近距離でこちらを見上げるエトの温かな笑みがあった。
「大丈夫です。先生の敵が誰であろうと、私が全部ズタズタにして、魂魄に変えてしまいますから」
「いや、こええよ」
流石のスイランでさえげんなりする宣言に、それでも僕は少しだけ肩の力が抜けた。
大丈夫。もうヘマはしない。以前エトを失いかけた時よりもずっと、僕は強くなり、そして狡くなった。たとえもうすぐ終わりが来るとしても、絶対に納得のいく最期にしてみせるさ。
「ありがとう、みんな。それじゃあ、人選なんだけど――」
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