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痛いような沈黙

 シールの街並みは驚くほど変わっていなかった。

 中央に伸びるヴァンクール通りの賑やかな街並み、中心地に鎮座するリリス中央病院、アルティの家もあるミシーレクロムの立派な家々……。

 そして最早当てつけだと確信する僕達の宿舎兼帝国派遣団駐屯地になった施設に着いた僕達は一同めいめいの感情から感嘆の息を漏らした。


「これが、セルベス魔法学校すかあ……」


 テオの言葉には純粋な驚嘆の意が含まれていた。こうしてみると、確かにセルベスは他の魔法学校と比べてもかなり校舎が新しく先進的だった。


「ここが僕達の活動拠点となるシールのセルベス魔法学校だね。話によるとここに王国の案内役がいるという話だったのだけれど……あ」


 視線を彷徨わせた先に見知った人物を見た。こちらの視線に気づくと向こうも不承不承といった様子でこちらに歩いてくる。


「……魔王戦以来か。相変わらず飄々として元気そうじゃねえか」

「シュウ君……いや君こそ、その様子だと傷は治せたみたいだね」


 数ヶ月前、共に魔王と戦った青年、シュウは五体満足で姿を現した。最後に見たときはメルクースを前に片手片足を吹き飛ばした状態だったが、今はしっかりと四肢をつなげている。


「ちっ……まあな。それよりお前らにはこれからこの国にいる間の動きといくつかのルールを定める。五分だけやるからそのうちにそれぞれ部屋に荷物を置いて準備しろや」

「……分かったけど、なんか刺々しくないかい?」

「性分だよ……それに、姫様から特にお前とはあまり接点をもつなと言われている。最低限の役割を負えたら早くバリアハールへ帰りてえんだよ。姫様の機嫌を損なうことだけはしたくねえからな」


 なるほど。カレンから忠告を受けていたということか。彼女からすれば今すぐにでもここに赴いて僕を殺したいはずなのに、しっかり国の情勢と帝国との関係性を優先して自重したうえで、僕の口八丁も封じたというところか。流石は天才王女様といったところだね。


「分かりました、すぐに準備します」

「頼むぜ……姫様の件だけじゃなく、皇国の件でも今すぐ持ち場に戻りてえんだ」

「了解です」


 噂通り、皇国との緊張状態も続いているようだった。これは予想以上に僕達の出番も早く回ってくるかもしれないね。

 僕達は手早く準備を済ませると、シュウが指定した教室へと移動した。場所は予想通り一年四組教室。シュウに尋ねてみると「姫様からの指定だ」とのこと。お前のしでかしたことを忘れていないぞというカレンのメッセージが強く感じられることだ。まあ僕自身は全然気にしないわけだが。


「全員揃った。始めてくれ」


 各々が好きな席に座り、黒板の前に立つシュウの方を向く。生徒席から教壇側を見るのはいつでも新鮮なもので学生時代に戻ったような気分になる。


「ああ。ひとまず王国の状況を説明すると未だ戦線は開いていないがいつ開いてもおかしくねえ状況だ。こっちの見立てでは開戦はもう少し先になるかと思っていたが、皇国の動きが予想以上に早い。皇国の物資、人員の運搬方法は分からねえが瞬間移動してるんじゃねえかと思うくらいだ。転移魔法みたいな技術が向こうにもあるのかもしれねえ」


 おそらくそれは『シャロン』による大規模空間転移だろう。僕は魔晶石を砕くことであの大量の魔力消費を賄っていたが、神聖力を有する皇国の人間であれば複数の転移も容易だろう。数ヶ月前に見た新たな『シャロン』の使い手の姿を思い出しかけて頭を振った。


「で、今はそれぞれ国境沿いの各所で睨み合いをしているわけだが、こっちが明らかに不利だとされてるのが今俺も管轄している王国領最東の都市、バリアハール沿いの海域だ。これまでの各国との戦争で分かっていることだが、奴らには超長距離からも届く大砲と、空中を飛ぶことができる量産化された武器を持っている。こちらから攻撃が届かない位置からの範囲攻撃に加えて空から一方的に攻撃されたら東側は終わりだ。そして一ヶ所が崩れれば睨み合いを続けている各所での均衡も崩れる。何にせよ海での戦闘が王国の鍵を握っているってことだな」


 大砲などの火薬を用いた武器は確かに皇国の方が発達していた印象を受ける。こちらの世界にもハンドガンはあるが、それほど種類がないうえにあまり使われることはない。しかし皇国などは神聖力が扱いづらい代わりにエネルギーとしては優秀だったので車や大砲などのよりエネルギーを使う物も開発されたのかもしれない。


「空を飛ぶ武器なら知ってるぜ。E級精霊装の一種だ。神聖力を放出してその反作用で空を翔ける……そうか、こっちじゃカレン・オルテシアが生み出した『自由(フリーダム)』があるが、ありゃ習得難易度が高いからな。そりゃ分も悪い」

「……まあ、そういうことだな」


 スイランのさも皇国に詳しいといった口ぶりにシュウは思う所があったようだが、今はその時間も惜しいようでただ同意するにとどまった。スイランが皇国出身者だということが分かればまたややこしい話になる可能性もあるのでこちらとしては有難い。スイランが余計なことを言わないことがベストなのだが、スイランにそんなことを期待すること自体が無駄だ。


「それで、王国の状態は分かったとして、そのうえで僕達は何をすればいいのかな? その海域の前線で戦えと?」


 さくさく話を進めるべく言った言葉だったが少し嫌味っぽい言い方に捉えられたようだ。不服だとばかりに眉根を寄せたシュウは「言っておくが」と釘を刺すように言った。


「バリアハールには今俺やアンブラウスのじじいと言った王国でも精鋭が揃えられている。お前ら帝国側にだけ負担をかけるつもりはねえし、自分の国は可能な限り自分達で守る……まあ、そう啖呵を切っておきながらお前達をここに呼んでいるのに思うところはあるがな」

「いや、皇国の力は強大だ。かの国を相手にするには王国だけでなく帝国や連邦だって力を貸して立ち向かっていかなければならない情勢だ。僕の言い方が悪かったね。それで、実際のところどうなんだい?」

「姫様からのお達しでな。お前らには二手に分かれてもらう。一方は俺と一緒にバリアハールに付いてきてもらう。そしてもう一方はここシールに残って前線を抜けて回り込んできた敵を掃討してもらう。戦力の分散を避けるためにあまり戦線を横に広げない分、そこを補ってもらう」

「え? でもバリアハールからシールって立地的に遠くない?」


 王国出身のアルティがそう質問すると、シュウは教卓の中から王国全土の地図を取り出して説明する。


「そうだな、王国に来たことのねえ奴らもいるだろうから説明するが、今そこの女が言ったように、最東端に位置するバリアハールからここは南西に進んだ所に位置する。魔法師でなければちょっとした距離だ。食糧とかを運んでいる連中がここまで到達するとすれば一週間はかかる。が、それでも皇国がバリアハールを抜けて先にシールを占領する可能性があると姫様は見ている。それがなんでか分かるか?」


 質問に教室が静寂に包まれたが、数秒を置いて僕が手を挙げる。


「さっき戦線を横に広げないという話があったから、仮に戦線が膠着した際に皇国がバリアハールを囲い込むことがシールを陥落させた際に可能になるからじゃないかな。北西部にはシールほど占領して基地に使えるような都市はないし、先にここを占領してから次に中間補給地のウィンデルを落として囲い込む危険がある……ってことかな」

「……チッ。まじでお前なんでわかんだよ。クソ気持ち悪ぃ」

「おー」「流石先生です」


 シュウの悪態とは逆にアルティとエトは尊敬の眼差しで拍手を送ってくれる。かつては皇国で特別軍事戦術官という肩書きを持っていた僕だ。流石にこれくらいは答えたいものだ。


「んー、よく分からないっすけど、前線に出ようがここに残ってようが戦う可能性はある程度高いってことっすか?」

「はい。流石にシールの方が戦闘の回数は少ないでしょうが、ここを落としにくるとすれば相手は恐らく少数精鋭。どちらに行っても危険な戦いになりそうですね」


 テオの問いにネロはそう答え、僕の方を見る。「それで、誰がどちらに残るんですか」と僕に尋ねてくる。


「悪いが、それも既に姫様から指示が来てる。多少の変更は良いだろうが、シールに残る人間の中にこいつらは入れておけっていう姫様からの命令でな。悪いがその二人にはここに残って奇襲に備えてもらう」

「……」


 もうその続きを聞く必要がないことを王国に来てから散々思い知らされていた。「あん? 随分横暴だなぁ?」とスイランが剣呑な声を出すが、シュウがそれくらいで怖気づくわけがなかった。


「王国に来たら姫様の指示に従ってもらう。悪いがこれだけは俺も譲れねえ……エト・ヴァスティ、そして――カナキ・タイガ。お前らはここに残ってシールを死守しろ。『そこにいる間“だけ”は手出ししないから安心しなさい』っていう伝言もおまけでな」

「は? カナキって……」


 スイランの見開かれた眼差しが僕を捉えた。その横でテオが全てを悟ったような表情を浮かべ、段々とその表情に侮蔑と憎悪の色を灯らせていく。

 なんと悪意に満ちたタイミングなのだろう。これで、有事の際に僕達を助けに来る特別クラスの生徒は消えた。


「……もう逃がさねえっていう姫様の意志表示だな。あー怖。それじゃ、残りの人員分けはお前らでやってくれや」


 そう言ってシュウは颯爽と教室を後にした。

 教室に残ったメンバーはラムダスの特別クラスの光景と何ら変わらない。だというのに、もうあの日々には戻れないのだということを僕に確信させる。そんな痛いような沈黙がそこにはあった。


読んで頂きありがとうございます。

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