死者と生者の戦い 1
Outside
アリスがカナキへと襲い掛かった時と同じくして、遥か上空での戦闘は決着を迎えようとしていた。
「ハァアアア!」
攻勢に出る少女、ナトラが握っているのは鎖で繋がれた二対の黄金色の剣。『自由』という名の通り空間を縦横無尽に動いては接近してくるナトラの戦術に流石のイェーマも的を絞ることができない。逆にナトラの方は、たとえイェーマが防御や迎撃に出てきても余裕をもってそれを回避、または防御ごと破壊することで着実にダメージを重ねることができている。
「どうせキミも人形なんだろう? 本物が出てこないとボクの相手にもならないかなっ!」
高速で空中を移動するナトラが遂にイェーマの片腕を切り落とす。イェーマもお返しとばかりに反撃に転じようとするが、そこで深追いすることなく一旦距離を取ったナトラに苦渋の表情を浮かべる。決して侮ることなく、最後まで相手を完封して仕留めきるつもりのナトラ。そこには当然、この後の戦闘のために体力を温存しておこうという算段もある人形とはいえ、『傀儡王』たるイェーマに対してここまで完璧な格上の対応を取っていた。
「……確かに、私一人ではどうにかできそうもありませんね」
仕方がない、とイェーマも次の手札を切ることに決めた。
今も地上で戦っている蘇生者たちではナトラの足元にも及ばない以上、自分がここで彼女を処理するしかないことは明白だった。
「――『傀儡旅団』」
発動したイェーマの固有魔法にして特級魔法――『賢者の石』がなければイェーマの中で机上の空論として終わっていた自身最強魔法。
「……まさか」
イェーマの背後に影が差す。ナトラたちがいるのは雲海の上であり、当然ながら太陽の光は燦燦と降り注いでいる。だがイェーマの影がぐんぐんと膨らみ、やがて太陽を覆い尽くすほどの巨大な黒雲となった。
そしてナトラはそれらが一体何なのかを悟る。あの影をかたどる破片一つ一つがイェーマの人形だ。つまり、あれら一体一体が全てイェーマの人形であり、全てが特級魔法を扱える超一流の魔法師なのだ。
影の数は千を遥かに超えているだろう。そのうちのほんの一部、精々五十か六十程度の人形がこちらに照準を定めた。やばい、とナトラが感じた瞬間には体は反射的に回避運動を始めようとしていた。
そして直後、ナトラの直感を誤ることなく、人形たちから一斉に魔法が放たれた。「『雷光千鳥』」
「やっば……!」
放たれた数十もの最上級魔法。しかもそれが最上級魔法最速の『雷光千鳥』となればいくら空間を自由に移動できるナトラといえど躱しきるのは至難の業だ。魔法が発動される前に身体を反転させていたナトラの直感がまさに明暗を分けた。
「くぅうう!?」
『自由』に魔力を全力で注ぎ、殺到する雷鳥を必死に躱し続ける。前後左右どこを見ても逃げ場はない。そこをナトラは自身が手にする得物である『天双穿』を振るい強引に道を切り開く。だが……
「キリがない!」
しかし、イェーマはインターバルを設けず次々と魔法を発動する。放たれ続ける最速の雷魔法は一度でも食らえば身体が麻痺して避けることはできなくなる。そうなれば鳥に啄まれる虫の如く蹂躙されるしかない。一つのミスも許されない逃避行をナトラは開始した。
一方、地上の地下大封印庫付近の戦闘も苛烈さを増していた。
「おらおらあ!」
「相変わらずうるさい奴だな!」
進行方向にいた連邦兵を八つ裂きにし、ガトーはセシリアへと真っすぐに襲い掛かる。
セシリアも魔法で強化された脚力をもって全力で後退しているが幻獣と化したガトーの方が圧倒的に速い。連邦兵や“彼女”の存在が無ければとっくに捕まっていた。
「『武器付与――『獄炎柱』!』」
突如横合いから飛び出した彼女――ララ・アンブラウスは、柄に魔法石が埋め込まれた棍棒をガトーの腹部にフルスイングした。
「ぐ、ごあああああああ!?」
棍棒が触れた瞬間、内に込められていた魔法が発動し、巨大な火柱がガトーの身体を焼き焦がす。
苦痛に絶叫を上げるガトーだが、すぐに背中から生えた両の翼を展開しそれを“掻き消す”。上級魔法をあり得ない方法で無効化するガトーにララは「うっそお!?」と叫ぶが、ガトーの『幻獣化』のレベルを知っているセシリアは驚かず、静かに汗を流す。やはりガトーは『メル』の順位よりも遥かに“強い”。彼の順位は八十位程度だが、それは恐らく彼の短気で計画性がないところの内面的なものが加味された結果であり、優秀な指揮官さえいれば、彼の戦闘能力は更に上のレベルまで引き上げられるだろう。事実、今ガトーの背後に控える優秀な指揮官のおかげで自分達は劣勢を強いられているのだから。
「待てガトー……『中級治癒』、『抗火』」
ミラが発動したのは回復と炎系への防御魔法。するとたちまちガトーの傷は塞がり、更にララからの攻撃に対しての防御も厚くなる。
「ミラよ、お前は敵に回すと本当に厄介だな」
「すまぬ、セシリア。妾も心情としてはお前達の横に立ちたいのだが、生憎自由が利かぬ身なのじゃ。何故かお主たちに対して抑えきれないほどの殺意しか湧いてこないのじゃ」
本当に申し訳なさそうに顔を歪めるミラ。自分を殺した相手に操られているのだから当然であろう。それとは反対に、ガトーは本当に楽しそうに哄笑をあげる。
「この戦場の感じたまんねえぜ! しかも相手がセシリアに負けず劣らずの強敵だらけ! 最っっ高に! 気持ち良いぜ!」
「お前は本当に戦闘狂だな」
「はっ! そんなこと、弟子の頃から知ってるだろ!」
そこでガトーは翼を操り風を生み出すと同時に疾駆、たちまちセシリアの前へと躍り出る。
「くっ!」
翼を使い始めたことで更に速くなったガトーを前に、セシリアはぎりぎりで『流動』を発動させ間一髪避ける。避けた先でセシリアが『電撃』を放つが、ガトーはそれを見切っていた。
「っ! ミラか!」
先ほどまでとは全く違うガトーの動きをセシリアは瞬時にミラの仕業だと判断する。セシリアが歯噛みしながらも瞬時に後退を判断するが、今度は『流動』の着地場所を『風来槍』で狙われる。
「ぐっ……!」
「このお!」
肌の表面を薄く切り裂かれるセシリアに代わり出てきたのはララ。だが、高まる魔力とその質からララが棍棒の内に込めた魔法を知ったミラは即座に魔法を発動させる。
「『付与魔法・万雷電』!」
「『時空の壁』」
ララの攻撃とミラの作り出した壁が激突する。そして軍配はミラへと上がった。
「かったぁ!?」「下がれ!」
最上級魔法を込めた渾身の一撃を阻まれたことに驚愕するララにセシリアの声は届かない。直後ララの背後を取ったガトーは無防備な彼女の背中に凶爪を振るった。
「がっ!?」
「チッ!」
鮮血が舞い、ララが苦悶の表情を浮かべるがガトーの口から出たのは舌打ちだった。咄嗟に身体を反転させたララが棍棒を振るい、ガトーの攻撃の軌道を逸らし致命傷を免れたのだ。それでも幻獣となったガトーの膂力にララは吹き飛び、左肩に決して浅くない傷を作った。この後の戦闘にも支障をきたすだろうし、状況は更にセシリア達にとって劣勢になったと言っても良いだろう。
(やはり先にミラを何とかしないと勝ち目はないな……)
天眼。その瞳に映す世界は微量な魔力でさえも完全に可視化することができる故に、相手が魔法を発動する前にどのような魔法を使うか、どこを対象に発動されるかなどが全て感じ取ることができる魔眼。ミラは元から優秀な魔法師であるがそれに加えてその『天眼』を有している。セシリアに匹敵するほどに多彩な魔法を操るミラが支援に回ると攻撃特化のガトーが鬼に金棒とばかりにとんでもない力を発揮する。セシリアでさえもあの二人が完璧な連携を取れば手を付けられないことを自覚していた。
「まあ完璧な連携ができればの話だが……!」
「! あれは!」
セシリアが懐から取り出した物を見てミラの表情が変わった。ガトーは最初怪訝な様子だったが、数秒後にそれが一体何なのかを思い出し、口角を吊り上げた。
「おもしれえ、そうこなくっちゃなあ!」
「待て、早まるなガトー!」
ミラの静止も虚しく、ガトーはセシリアに向かって一直線に特攻を仕掛ける。
そしてそういう反応をするであろうと確信していたセシリアは。余裕をもって手にしているカナキの魔晶石を砕き、魔法を発動させた。
「『霧幻泡影』――」
ミラとガトーは実は強いんです。
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