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最悪の想定 下

本当は前話とここまでで一話予定でした…

「……一体なんですか?」


 警戒心を滲ませる楓。楓は聖天剋のことを苦手としていた。それは以前昏倒させられたこともあるが、それ以上に聖天剋に話術が通用しないことを見抜いていたからだ。彼は絶対に言葉によって靡かない。彼が信じるのは単純な戦闘能力のみ。楓が最も苦手としている部類の人間だった。


「そう警戒するな。イェーマが呼んでいる。そこの小娘二人は置いて広間に来い」

「イェーマさんが、ですか」


 楓は自分の考えていることをさも知っているかのような態度の聖天剋を不快に思ったが、彼が告げた内容を聞いて、何が始まるかを理解する。未知の状況が既知へと変わったことで楓もいくらか冷静さを取り戻し、こちらを見つめるテオとソフィーに優しく微笑んだ。


「申しわけございません。これから大事な用があるということなので少しばかり席を外させて頂きます。お二人はどうかそのまま、私を信じて待っていてください」

「……分かりました。ご武運を」

「何かあったら呼ぶっすよ!」


 二人の激励に笑顔で応え。楓は部屋を後にする。二人は自分がこれからどんな目に遭うか想像している内容など甚だ検討もつかないが、どのみち最初から偽りの信頼関係なのだ。せめて彼女たちには最後まで綺麗な夢物語を想像させておくとしよう。

 そうして聖天剋に連れられてやってきた楓の眼前には、魔法陣の前で俯くエトと、その横に佇むイェーマの姿があった。


「イェーマさん、これは一体何事ですか?」

「ほっほっほ。いえ、順調にピース集めも終わったところですので、これからのどのようにして連邦の地下大封印庫を攻略するか楓さんにもお伝えしようと思いまして」


 イェーマが残忍な笑みを浮かべる中、傍に立つ聖天剋が呟いた。


「つまり、お前の言葉であの小娘を誑かせということだ」

「おやおや聖天剋さん、人聞きの悪い。私はあくまで、楓さんの力をできることなら借りたいと、殊勝な心で願っているのですよ。なにせ私の『傀儡(パペット)』ではエトさんの潜在能力の六割程度しか使えない上、彼女の固有魔法も使えませんからねえ」

「……なるほど」


 二人のやりとりを聞いて楓は理解した。

 つまりイェーマは、楓の力、『言霊の精』の力を利用し、エトを完全に意のままに操ろうとしているのだ。


「それは構わないですけど成功する補償はありませんよ。この方とはそれほど面識はありませんし、私の言葉をそのまま鵜呑みにするとは限りませんから」

「それに関しては問題ありません」


 イェーマはそう言うと、懐から何かを取り出した。よく見ればそれは注射器で中には見たこともない青い液体が入っていた。


「私が作成オリジナルの幻惑剤です。副作用はかなり強いですがその分効果は絶大で、打てばすぐにあなたのことを最愛の人か何かと勘違いするようになりますよ」

「……下種が」


 聖天剋が吐き捨てるようにそっぽを向く。どうやら彼は気に入らないようだが、楓としてはイェーマの提案に全く異論はなかった。効率的だし、どのみちこの後の彼女の末路を考えれば過程などどうでもいいと思ったからだ。


「分かりました。ですが、彼女に一体何をさせるのですか?」

「戦力を揃えてもらうのですよ。なにせこちらは圧倒的に数が足りていませんからねえ」

「……なるほど」


 イェーマが口の端を歪め、楓もそこで彼の言葉が何を意味するのか理解した。確かに、それならばこちらの人員もかなり増えることになるだろう。それは魔法の世界の中でも特に禁忌とされる行為であることは知っていたが、魔王の復活などを目論む自分たちの中にこの方法を躊躇する者はいないだろうと楓は悟っていた。


「私の能力は心を縛られたり封じられている人には使えません」

「分かりました。では一時的に『傀儡(パペット)』を解除します。通常であれば自我を取り戻すまで少し時間がかかりますが、彼女ほどの実力者なら即座に動きかねません。そのときは」

「分かっている。そのときは俺が止める」

「止める、ですか」


 即座に答えた聖天剋にイェーマは意味深な視線を向けた。


「こちらを見るな。殺すぞ」

「ほっほっ、怖い怖い」

「ご歓談のところ申し訳ありませんがそろそろ始めますよ」


 二人の会話を打ち切るようにぴしゃりと言った楓にイェーマが片手を挙げた。


「はいはい、それでは……」

「――――ッ!?」


 変化は一瞬だった。

 それまで糸の切れた人形のように力なく座っていたエトは即座に覚醒した。そしてイェーマの姿を認めたエトの体が一瞬で掻き消える。


「やめておけ」

「ぐっ!」


 だがイェーマの元に到達するのを聖天剋が許さない。掌底で突き飛ばし、距離を作ったエトの体を直後に風の槍が貫いた。イェーマの放った魔法だ。


「か……あ……」

「……何の真似だ」

「いやいや、あなたが私を護るか不安でしてね。一応保険として放ってしまいました」

「ぐ……まだ!」


 完全に無力化したと確信するイェーマの元にエトが尚も接近する。腹部に受けた傷は身体を貫通するほどの威力であったが、『魂喰(ソウルイータ)』で溜めた魔力が即座に傷の再生に取り掛かる。エトは再びイェーマに飛び掛かった時だった。


「――止まってください、それはカナキ・タイガです、エトさん」

「~~~~ッ!」


 だが、格上二人を相手に意識を集中させていたエトは楓の言葉に動きを止めた。耳に届いた言葉が脳を浸透し、目の前の老人が一瞬自分の最も大切な人の姿に変化し、だがそんな事実はあり得ないと理性が叫ぶことで身体と頭の回路がショートした。そしてその決定的な隙を見逃す聖天剋ではない。


「ぐぅ!?」

「ほ、中々に手厳しい」


 治りかけの傷口に食い込むように蹴りを入れた聖天剋。流石のエトもあまりの激痛に膝を折る。そこを聖天剋が組み伏せ、瞬く間に制圧した。


「手短に済ませろ」

「分かっています」


 エトが鋭い視線を歩いてくる楓に送る。エトと楓に面識は無かったが、エトはこれから自分が再び何らかの形で利用されようとしていることを確信していた。すぐに魔法で心身共に強化と障壁を張るが無駄な抵抗だ。聖天剋の拘束から逃れることもできず、精神防御系の魔法もイェーマにより即座に解除させられた。

 やがて楓はエトの前でしゃがみ込むと、視線を外そうと俯くエトの顔を強引に持ち上げた。エトと楓の瞳が至近距離から交錯する。楓の異能が最も強力な効果を発揮する距離だ。


「エトさん、カナキ・タイガが王国に捕らえられました。今から私達で彼を救出しにいきます、五年前、彼が囚われたあなたを仲間とともに救い出した時と同じように。なのでエトさん――あなたの『蘇生(リザレクション)』の魔法であの時の彼の仲間達を蘇らせてください。大丈夫です、必要な魔力は全て賢者の石で賄いますから――」


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