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監視中の歓談

しばらくはまたこれくらいの更新ペースになりそうです。

あの会議から一週間が経った。今のところ特段変わったことは起こらず、サジタリは平穏な毎日が続いている。

 だがその裏で僕たちは緊張感をもちながら一日一日を過ごした。日が出ている間はマティ大通り公園を巡回し、周囲に気を配り、日が沈んだ後は連邦の兵士と協同し、捜索活動を行った。


「いやあ、毎日こうも何もないとどうしても気が抜けちゃうねえ」

 とはいえ、今回の作戦では実績よりも実力重視でメンバーを選抜しており、その結果、実際の守護の役割を負うのは二十歳にも満たないティーンエイジばかり。実力が折り紙付き故にどうしても生活に変化がないと気が抜けてくるのも事実だ。


 そして、今僕の目の前に座るこの国最強のティーンエイジ、ナトラ・レンベルもその例に漏れず、外で飲食ができる喫茶店の席に腰を下ろし、午後の日差しに包まれた猫のように呑気に欠伸をしていた。


「やれやれ、ナトラ君。流石に任務中に欠伸はいけないんじゃないかな?」

「あ……ごめんなさい。こうも天気が良いとつい……」

「うんうん、気持ちは分かるよ、今日すっごい天気いいもんねー!」


 ナトラが照れるように頭を掻く中、アルティが賛同するように頷く。実力や適性から、本来は救護係としての任があたっているアルティだが、本人たっての強い希望があり、こうしてたまに巡回任務に参加している。


「アルティ君、君もその甘い飲み物三杯目だよね、流石に気を抜きすぎだし、体型にも影響が出てきてしまうかもしれないよ」

「うわ、先生それ大人の女性に言うことじゃないよ!」

「うん、大人の女性には言わないよ」


 アルティの言葉を軽く流し、隣に座る少年に話を振る。「君からも言ってあげてくれよ、ネロ君」


「はい、ロラン先生の言う通り、これ以上は体型に差し支えますよ、アルティさん」

「笑顔で恐ろしいこと言う!?」

「アルティさんに後から後悔してほしくない気持ちあってのことです」

「あ、なるほど! そっか、ありがとう!」


 相変わらずちょろいアルティを放っておき、僕は現在の状況で改めてやるべきことを確認する。普段のラムダス生徒はチャンス相談は機会があるごとに行っているが、生徒ではないナトラなどはこのような機会がない限り関わることがない。この数日は出来る限り彼女とコンタクトを取り、関係性を構築しようと試みていた。


「ところで、ナトラ君は確か十八歳だと聞いているのだけれど、君は学校とかには行ったことあるのかい?」


 僕の努力が実ったのか、最近ではナトラと僕はラムダスの生徒たちまでとはいかないものの、軽い世間話をするくらいには打ち解けることができている。この質問にも彼女は天を仰ぎ、昔のことを思い出すように目を細めながら答えてくれた。


「あー、学校ねえ。昔ちょっとだけ行ってた時期があったけど、すぐ辞めちゃったなあ」

「ええ、どうして? 勿体ないよ」


 アルティの返答に、ナトラは「だって!」と少し語調を強め、


「すっごくつまんないんだもん、あそこ! 内容はボクが五歳とか六歳くらいの時の一桁の足し算みたいな内容だし、先生は威張り散らしているし、同級生は誰がかっこいいとか誰とセックスしただとかそんな話しかしないし!」

「ナトラさん、あまりそういうことを公衆の面前で大声で叫ぶのは良くないですよ」


 やんわりと窘めるネロの言葉はしかし届かず、ナトラは話している間に段々と昔の記憶が蘇ってきたようだ。ぎゅっと拳を強く握りしめ、わなわなと身体を震わせる。


「大体あいつらは魔法の才能なんて全然ボクよりないくせに、やれ友達がいない私が可哀想だの、やれナトラさんは魔法の練習で忙しいだろうから打ち上げには呼ばないでおいてあげようだの……周りの人が気を遣うだろうからってわざと僕の母さんがアルナミネスだっていうことを伏せておいてあげたっていうのに! まったくとんだ恩知らずだよ!」

「うーんと、それってつまり、ナトラちゃんもみんなに交じって遊んだり男の子とデートしたかったってこと?」

「そうだよ! 皆まで言わないでよ! 恥ずかしいっ!」


 アルティの指摘に逆ギレみたいな形で叫ぶナトラ。周囲の人たちの生暖かい視線に流石のネロも少しきまずそうにしている。


「それなら、ナトラちゃんもラムダスに来ればいいんじゃない? 特別クラスのみんなは癖は多少……いや、結構強いけど、みんな良い人だし、何よりレベルも高いからナトラちゃんに絶対合うと思うよ!」

「ほんと? でも、確かにアルティみたいな同級生がいたら毎日楽しいかも!」

「でしょでしょ! それにナトラちゃんが来たら私達ももっと楽しい生活になりそう。ネロ君もそう思うよね?」

「はい、私もナトラさんが同級生になったら嬉しいですね」

「ほんと!? ボクもネロはイケメンだし結構好きだよ!」

「ははは……どうも」


 ここまで歯切れの悪いネロも珍しい。僕は苦笑しながらも、内面ではこの数日で収集したナトラの人格を分析する。

 性格は天真爛漫で自由奔放。世界で有数の至高の魔法師でありながらアルティのような歳相応のティーンエイジらしい反応や態度が散見される。特殊な才能、環境に長らくいたにも関わらず、同じ年代の普通の少女と変わらない反応を見せるのは、それだけナトラが“普通”を切望したためか。普通そうで普通ではない。その片鱗は、ここ数日で何回か目にすることができた。


「はい、というわけで私は主に転移魔法要員としてここに呼ばれていまして……」

「うん、転移魔法を扱える魔法師は貴重だからね。でも、ボクもずっと気になってたんだけど、ネロの『空間転移(スペース・リープ)』は転移できる範囲も広大だし、発動の速さも異常なんだ。ただでさえ習得が最上級魔法の中でも難しいと言われている転移魔法をキミはどうやってそこまでの領域に近づけたんだい?」

「そ、それはですね……」


 身を乗り出し、口早にそう質問するナトラに少し驚きながらも説明するネロ。魔法師としての生命線たる魔法のカラクリを他の魔法師に根ほり葉ほり聞くのはもちろんマナー違反。だがネロは、それを指摘はせずれなりの情報だけを説明するだけに留めるという優しさを見せるのだが、驚くことに、それについて更にナトラは踏み込んだ質問を重ねる。


「いつ覚えたの? そのときの効果範囲は?」

「今の最大の効果範囲は? あ、人数ごとで範囲も変わってくるよね、どうなるの!」

「転移場所の距離に応じてやっぱり発動までの時間は長くなるの?」


 まるでマシンガンのように次々と放たれる質問に流石のネロも「ええっと……」と言葉に詰まる。見かねた僕はネロに助け舟を出した。


「ナトラ君、それ以上はマナー違反だよ。ネロ君が毎日研鑽を重ねて会得した術を、そう簡単に開示できるわけないじゃないか」

「あ……ご、ごめんねネロ! ボク、とんでもないことを……!」

「いえ、私は気にしていませんので、顔を上げてください」


 ようやく自分の発した質問の異常性に気付いたらしいナトラが慌てて頭を下げ、ネロは言葉通り爽やかな笑みを浮かべる。それを眺めながら、やはりこのナトラ・レンベルという少女が生粋の魔法師であり、魔人の娘であることを再認識させられる。

 彼女は十代半ばの少女として一般的な感性を持ちつつ、その中に魔法に対する飽くなき探求心を持っている。日本でいえば、一種のオタクのようなもの、この世界でいえば魔法オタクといったところか。

平謝りするナトラをネロとアルティが宥める中、僕はそろそろ場所を改めるべきだな、と判断する。僕たち以外にも公園を見張っている人員はいるとはいえ、公園は広大だし、あまりここに長居して目立つことも避けたい。まあ十分ナトラが騒いだことで周りから視線を集めている感は否めないが……まあ僕たちがいることで少しでも相手への抑止力になればそれはそれで効力はあるのかもしれないが。


「みんな、そろそろ場所を変えようか。あまり長居してこのお店の回転率を下げても悪いしね」

「そうですね。そろそろ人も集まってきたし移動しましょうか」

「りょうかーい」


 ネロが頷き、アルティも席を立つ。僕もそれに合わせて席を立とうとしたとき、ナトラが同じく席を立ちながら声を掛けてきた。


「ところでさ、フォート先生」

「うん? なんだい?」

「どうして先生は正体を隠してるの? 実力もそうだけど」


 僕は驚いた顔でナトラを見た。


「びっくりしたな。何を言いだすんだい」

「うわ、急に話振ったのに表情も言葉の間もすごい自然。やっぱりフォート先生普通じゃないね」


 僕が硬直する中、ネロは表情を変えず僕たちを見据え、アルティは心配そうに僕の方を見ていた。その二人を見てナトラは「その様子だと、二人は知っていたみたいだね」と言った。


「ナトラ君。さっきからどうしてそういうことを言うかは分からないけど、僕の魔法師としての力は先日君も見た通りで――」

「うん、先生が自分を準二級魔法師程度の力に見せたいのも分かったよ。バトレーくらいのレベルなら誤魔化せると思うけど、私や母さんくらいになると咄嗟の動きとかで流石に分かっちゃうと思うよ?」


 その瞬間この場を凌ぐ言い訳がいくつも思いついたが、結局僕がそれらを口にすることはなく、代わりにこんな質問をした。


「仮に君の思う通りだとして、君はそれを知ってどうしたいのかな?」


 特段意識したわけではなかったが、どこか刺々しさがあったのかもしれない。僕の言葉に、ナトラは慌てたようで胸元で手をぶんぶんと振った。


「あ、勘違いしないでね! 別に先生に悪意を抱いているわけじゃないし、むしろ仲間としては心強いよ! この前見た感じだと、大体バトレーより少し弱いくらいな印象だったけど、ここ数日話したり見たりして、まだまだ底知れないものみたいなのを感じてるし」


 どうやら観察していたのは向こうも同じだったらしい。時折視線は感じていたが、それはアルティやネロに対しても同じだったし、ただ単に何事にも好奇心が旺盛なだけだと見過ごしていた。我ながら恥ずかしい見落としをしてしまったものだ。


「正体を隠している理由とか、嫌なら無理して言わなくていいよ。母さんはアンブラウスさんと話したみたいで黙認するみたいだし、私も強引に追及はしない。アルティやネロが信じている時点で一定の信用には値するしね。それじゃいこっか!」

「あ、ナトラちゃん!」


 小走りで近くにあった噴水の元へ行くナトラを追いかけるアルティ。その背中を目で追いながら、隣に立つネロに言った。


「どう思う、彼女」

「そうですね……特に敵意は感じませんでしたし、早急な対処は必要ないかと思います。同じ理由で周囲に今の話を流布する可能性も低いと判断します」

「うん、僕もそう思う」


 まるで長年連れ添った部下かのように僕の短い問いに答えるネロ。母であるモルディを救ってから、彼は僕に恩義を感じていることは間違いない。アルティ、セシリアの他に身近に優秀な協力者がいることは大きいな。

 ひとまず今日の収穫はナトラが僕の正体について薄々勘づいていること、そして現状、あくまで現状だが、僕に対して敵意はないことが分かった。ひとまず僕の障害にはならないだろうと判断して、今はそれよりも火急に対処するべき事案にどう対応するかを考えよう。

 そう。それは楓の処置、それに追随して僕に敵意を向けるソフィーとテオについてだ――


読んでいただきありがとうございます。

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