連邦へ 上
「よし、それじゃあ全員揃ったね」
ソフィー、そして楓が揃ったところで全員が集まったことを確認する。念には念を入れ、学校の敷地内を出るまではレンズを使って常に楓を遠くから監視してもらっている。ティリアには神聖力より微細な力の集まりである魔力を並みの魔法師以上の色覚能力があるし、僕に似て警戒心の強い彼女だ。報告がないということは今のところ特別な動きはないということになるが、彼女も僕も人間である以上、見落としという可能性は常に存在する。警戒を怠れば、そのときこそ僕の最期と考えた方がいいだろう。
「教師の仕事ってこんな感じだったっけなあ……」
「あはは、教室でああは言っていたけど、やっぱり先生も今回の演習は不安なの?」
僕の独り言を聞いて笑顔で近づいてきたのはアルティだ。彼女の存在も、僕が今回の演習で気が抜けない理由の一つだ。アルティを護ることはエトと約束したことの一つであるし、僕自身も彼女には生きていてほしいという僕にとっては異常ともいえる感情がある。(こんな歪んだ感情をもてる存在はこれまでアルティ含めて三人しかいない)だが、相手がイェーマのような怪物達となると正直自信がない。どうして是が非でも今回付いてくるくるって言ったのかなあ、この子。
「あはは……まあ素直に告白すればそりゃ緊張するよ。僕の場合は、君たち全員を生きて返すっていう使命もあるからね」
「大丈夫。みんなすっごい強いし、もし怪我をしても私がぱぱっと治しちゃうよ! 『中級治癒』と『陣地治療』を習得した私に任せればちょちょいのちょいだよ!」
そんな油汚れみたいなノリで言われても……。
「よしよし、流石はアルティ。頼もしいな」
「セシリアさ……先生! 大丈夫、任せてよ!」
そしてここぞとばかりに弟子を褒めるセシリアにより、アルティはますます増長する。彼女が昔と変わらずに無駄に自信家な理由は、セシリアの家で過ごした半年間にある気がする……。
「ロラン先生。全員集まったのなら、そろそろ……」
「あ、はい。すみません」
フレイムの声で、慌てて僕は全員を集める。アルティがキョロキョロと辺りを見渡し、
「あれ、いつも先生の後ろにちょこんといる女の人は?」
と言った。うん、この子、本当に置いていきたいな。
「助手のティリア君は居残りだ。学校に残ってしなければいけない仕事もあるしね。それよりもそろそろ転移を始めるから私語は慎むように」
「はあい」
間延びした返事に辟易としつつ、どこか懐かしいものを感じながら僕はネロを呼んだ。
全員の前に出てきたネロは、こほんと一つ咳払いをして話し始める。
「この後僕の転移魔法で、まずは全員をポートレイルの港までお送りします。連邦は帝国とは海を挟んでいますから、私の転移魔法の有効範囲に入るまでは船で移動します。有効範囲に入った後は、再び転移魔法を発動させ、連邦の帝国大使館に移動する形となります」
「ええっ、また船に乗るの!?」
前回酷い船酔いにあったアルティが悲鳴を上げる。
「じゃあアルティ君はここで留守番で」
ここぞとばかりににこやかにそう告げたがアルティは、
「う……ううん! むしろ治癒魔法を練習する絶好の機会だよ!」
と息を巻く。いや、自分にかけるつもりかい。
蒼白になるアルティに対し、そこで声を掛けたのはネロだ。
「大丈夫ですよ、アルティさん。私の魔法の有効圏は広い方ですし、前回の校外演習の時と比べれば半分くらいの時間の航海で済みます。それに、今回の航路は比較的波の穏やかな経路ですから揺れもだいぶ違うはずですよ」
「おお、ほんと、ネロ君!」
くっ、余計なことを言う色男だ。あと一押しでもしかしたらアルティを演習から外せたかもしれないのに。
『学長が学校の再建に忙しい以上、学校とて安全な場所とは言えません。それに、向こうはあなたにとってアルティさんが大事な存在であることを掴んでいると思われます。なら、直接あなたの傍において護った方が良いかと』
だが、直後にネロから『思念』でそのような言葉が飛んできたから舌を巻く。僕の考えなどお見通しを言った様子だ。まったく教師という面子が立たないな。
「今のことで、何も質問がなければ早速移動したいのだけれど、大丈夫かな?」
特に質問は出ず、「それでは」とネロが魔力を熾す。
そして僕たちはポートレイルへと移動し、後に大海へと出航した。
道中は案の定アルティが催したり(何をとは言うまでもない)、テオが二度目の海にテンションが上がって翼を生やして飛んでいきそうになったりというハプニングはあったものの、特に大きな支障は生じずに航海した。その間、僕は表向きそれぞれの生徒たちに話しかけ緊張を解いたり、他の教員と打ち合わせをしたりしていたが、その実、楓からは決して注意を逸らさなかった。
楓は主にフレイムやスイランに飛んでいきそうになったことを怒られて凹むテオを慰めていた。二人の会話を常に聞いていたわけではないが、別段おかしな点はなかったし、魔力の兆候も見られなかった。それよりも気になったのは、朝と今とでソフィーが僕を見る視線が変わったように感じることの方が気になった。
変わったといっても、それは確信的なものではなく、ある種の予感だ。別にソフィーが睨んでくるわけではないし、露骨に顔を逸らされたりとかでもない。だがなんとなく、それなりの期間教師として過ごしてきた自分の勘が、ソフィーの変化を訴えているのだ。考えすぎかもしれないが、これまでの人生でこの予感に似た本能の警鐘には何度も命を救われている。無下にしていいものではないだろう。
「その様子、お前も気づいたか」
そして、セシリアが誰にもいない時にふらりと現れ、そんなことを言ってきたので、やはり自分の考えが間違っていなかったことを確信する。
「セシリアさん。やはりソフィー君が僕を見る目、変わりましたよね」
「主に負の方面でな。お前のその様子だとテオ・レオタレィのときと違い、身に覚えがないということだな。ふふ、面白くなってきたな」
「いや、面白くなってきたって……」
自分が関係ないせいか、セシリアはいつも通りである。
「十中八九お前の妹の仕業であろうが、あれが魔力を熾した様子は私も確認できなかった。もしかすると魔力以外の、何か別の力を持ってるのかもしれんな。とかく、転移者は特殊体質が多い。マサトもその典型であろう」
セシリアの視線の先では、相変わらず一人で海を眺めてぼうっとしているマサト。先日の僕の問いは、今も彼から返ってきていない。
「守護者を複数体使役する魔法師も少なからず存在するが、奴の数と何よりもその質は異常だ。普通に使役すれば一日と保たず術者は魔力切れで死ぬであろうに。一体どんな手品を使っておるのやら」
「……まあマサト君のことは今はいいです。それよりも」
「分かっている。ソフィーにもフロイムにも、それに今話しているテオからも目を離さないようにしておく」
誰に物を言っているのだ、と言外に告げながら去っていくセシリア。流石は僕の師匠。一どころか何も言わずとも十までビシバシ察してくれる。
「そろそろですね」
そして丁度そのとき、ネロから集合の合図がかかり、僕たちは船前方の甲板に集合した。
ぶつぎりになってしまいました。すみません。




