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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
転入生(妹)来訪
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悪の種子 2

「先生は以前、日本から来た兄妹と会ったという話をしたのを覚えていますか」


 質問に返事をする前に、僕はマサトに話した“設定”を思い出した。

 確か僕は以前、マサトが日本から来た転移者だと打ち明けたとき、同じく日本から来た転移者の兄妹を知っていると話したのだ。

 それは紛れもなく宿敵であったシリュウとシズクのことを指して言ったが、名前までは明かしていないし、特に不自然な話ではなかったはずだ。一体目の前の少年は何を探っているのか……。


「うん、覚えているよ。それがどうかしたのかい?」

「僕がその人達に会うことはできるでしょうか」

「うーん、難しいかもしれない。最後に会ったのはもう数年以上前だし、正確な位置は分からないけど、彼らは今、とても“遠い所”にいるらしいから」

「そう、ですか……」


 心なしか落胆の色を見せるマサト。少し意外だった僕は逆にマサトに質問してみた。


「どうしたのかな。何か気になっていることでもあったのかい?」

「いえ……その、僕以外の転移者の日本がどういう状況なのかが気になって」

「状況?」


 その言い回しが気になって思わず問い返した。「状況ってどういう意味だい?」


「言葉通りの意味です」


 マサトはいつも通りの無表情で言った。「日本という国がまだ滅んでいないのか少しだけ気になったんです」

 その言葉に僕は些か面食らってしまった。


「滅ぶって……日本は戦争でもしているのかい?」

「ある意味では戦争といえるかもしれません。まあ戦っている相手は人ではありませんが」

「……マサト君、僕は以前、その兄妹から日本がどういうところかを聞いたことがあるんだけど、どうもその人たちの話した日本とは違う気がする。良ければ君の生まれ育った日本のことを話してくれないかい?」

「……分かりました」


 そこからのマサトの話は衝撃的だった。

 マサトの住んでいた日本、というか地球は、ファンタゴズマでいう魔物のような生物に侵略されていた。人類の領土も従来よりもぐっと狭くなっていたし、その領土も必死になって護り、魔物と人類の一進一退の攻防が続いているようだった。


「つまり君はパラレルワールド……彼らとは違う次元の日本からやってきた……と、いうことになるのかな……」


 自分で言っておきながら僕自身、すぐには呑み込めない状況だった。異世界に何度も飛ばされた身なので、もうよほどのことがなければ驚かないと思っていたが、まさか平行世界とはね……。


「だけど、これでやっと分かったよ。君が同じ日本から来た人に会いたがっていたわけが」

「どういうことですか?」


 とんでもない話であったが、それでも僕はこの話を聞いて少し安心していた。何を考えているか分からないマサトにも、人らしい感情があるのだと。


「つまり君は心配だっていうことだろう、置いていってしまった故郷が滅んでいないか。または、その世界で君を待っている大事な人が」


 だからこの世界でも強くなり、大事な人を守るための力を付けて一刻も早く日本へ戻る。僕には到底共感できない感情だが理解はできる。彼の根幹にある思いがそのようなものであるならば、今後マサトの考えを推測するのも容易い。


「前も話したと思うけれど、僕も以前は違う世界に飛ばされ、そしてこの世界に帰ってきたことがある。だからマサト君が君の住んでいた日本に帰るのも決して不可能じゃあないはずだ。僕も微力ながら協力するし、他の先生や学長にも相談してみるから、頑張って元の世界に――――」

「すみません、一つ訂正させてください」

「え」


 その瞬間、自分は大いなる思い違いをしていることを確信した。

 マサトは表情一つ変えず、その灰色の瞳で僕を見た。


「僕は別に元の世界に帰りたいわけじゃないんです。あれだけ尽くした日本が結果的にどうなったかということについては少し興味がありましたが、別に日本が、世界がどうなっていようと僕には関係ありません」


 それは間違いなくマサトの本音だった。灰色の瞳には、硬直する僕の顔が映っていた。


「マサト君、それじゃあ君はどうして、それだけの力を……」

「別に強くなりたかったわけではありません。ただ僕はこの世界に来た時に、上位の魔物と契約できる力を付与されただけです。僕は帝国の宮殿で召喚されましたから、もしかすると転移者にはそういう力を付与するとあらかじめ決まっていたのかもしれません。でも、僕自身は別にそんな力があってもなくてもどうでもいいんです。この学校も皇帝に言われて来ているだけですし」

「……気に障るかもしれないけど聞かせてほしい。君には感情がないのかい?」

「僕にも感情はあります。ただ、その放出が上手くできないというか……何かはっとするときはあるんですけど、それはどこかで電線が切れるみたいに中途で切れる感じ……言葉にするのは難しいですね。すみません」

「いや、なんとなくわかるよ。こちらこそ踏み入ったことを聞いてすまない」


 僕は言葉を整理するのに時間を使った。難しい問題を抱えた生徒の相談の時と同等、それ以上に言葉を選び、慎重に言葉を掛ける。


「つまり君の中で、怒ったり悲しんだりすることはあるし、そのときは思うことや考えることも生まれることがある。ここまではいいかな?」

「はい。その通りです」

「よかった……でも、君はその感情や考えを放出する力が弱い、いや、放出する術を知らないという言い方が正しいかな……もう一つだけ踏み込んだ質問をさせてほしい。君は前の世界、日本で君はもしかして従軍していたんじゃないかな」

「はい、戦場の最前線にいました。僕は奴らと戦うために調整された人間なんです」


 やはりか。そこで僕は確信した。

 PTSD……よく戦争を経験した兵士がなりやすいと言われるストレス障害だ。マサトがどんな経験をしたのか細部までは分からないが、まだ十代の子供が最前線で化け物と殺し合いをしなければいけないことに起因するストレスが過大であることは間違いない。おそらく、マサトはストレスへの耐性を付けるため、本能的に自己防衛機能が働き、感情を抑制するようになったのだろう。

 心のないロボット。それが、普段感情を見せないマサト・ハムラという人間の正体だったのだ。


「多分、僕は先生が思っている通りの人間だと思います。先生も人とは違う精神性をもっていますが、そんな先生から見ても僕は異様だと思います」

「……どういうことかな?」

「ここまできたのでお話しますけど、僕、先生の正体を知っています。その認識を阻害する魔法は高度ですが、僕はそれを看破する能力があるんです」


 詳しくは言えませんが。マサトは最後にそう付け足した。

 彼は手元に視線を落としていた。自分の前で組んだ両手をじっと眺め、まるで誰か別の人間の手を見つめるように視線を動かさない。


「先生の顔、調べたらすぐに出てきました。五年前、王国でとんでもない事件を起こしていたんですね。そんな人がまた教壇に立ってどうしたいんだろうっていうのも不思議でしたが、前の一件でスイランさんや学長たちを護ったことでさらに謎は深まりました。これも直接先生に聞いてみたかったんです」

「……仮に、君がそんなことをぺらぺらとここで喋って自分がどうなるかは想像がつくんじゃないかな?」


 すでに僕は魔力を熾していた。マサトもそれは分かっているだろうに、一向に身じろぎ一つせず、視線すら上げない。


「ここで死ぬならそれはそれで良いです。ただ、どうせ殺すなら最後に今の質問くらいは答えてくれませんか? 久しぶりに強い興味を覚えたことなんです。別に殺すならそれくらいは――――」


 最後まで僕は言わせなかった。

 音すらも置き去りにして、必殺の拳がマサトの頭を粉砕する。


「――――君も、筋金入りだね」


 拳は直前で止められていた。

 マサトは顔を上げ、自分の眼前に置かれた拳を無表情に眺めている。


「殺さなくていいんですか?」

「殺されたいのかい?」

「そんな目的を持つ生徒は誰もいないと思いますけど」

「じゃあ避ける動作くらいしようよ……」


 僕は拳を引くと、席を立った。


「決めたよ。君、感情が上手く出せないんだろう? なら、僕に付いてきなよ」

「どういうことですか?」

「君のトラウマを払拭して、また笑顔にさせてあげるということだよ。君だって、笑えるなら笑えるに越した方が良いと思うだろう?」

「それはそうですけど……僕は帝国の息のかかった人間ですよ?」

「どのみち、君は言われるがままに行動する主体性のない状態なんだろう? なら、僕の言うがままに行動したっていいじゃないか。皇帝にどんな褒美をもらうかは知らないけど、僕に付いてくれば感情を取り戻せる。それはどんな褒美にも勝るメリットだと思うけど」

「随分な自信ですね。それもたくさんの人を殺してきたことに関係しているんですか?」

「違うよ。僕の元々の領分はカウンセリングだ。むしろ魔法や殺人より、よっぽどそっちの方が自信あるよ」

「……」


 すでに陽も随分落ち、間もなく夜を迎えるところだった。

 無言で考えるマサトに、僕は言った。


「まあ無理にとは言わないさ。君が自分で選んで僕に付いていくのをやめる。それも立派な主体性さ。でも、良かったらもう少しだけ考えてほしい。もし協力してくれたら、そのときは君を人間に戻すと約束するよ」


 そのまま立ち去ろうとする僕に最後、マサトは声をかけた。


「僕が先生の正体をいう可能性がありますけど良いんですか?」

「君は本当に面白いな。それはもちろん困るけど、あえて去り際に僕に伝える必要はないだろう」


 ドアに手をかけていた僕は振り返り、マサトに笑みを浮かべた。

 見た人を安心させる、あの笑顔でだ――


「大丈夫、君を信じているから」


 わざわざ自分の正体を今まで知っていたにも関わらず、誰にも伝えなかったのだ。今更それを警戒する必要はない。

 相変わらず無表情でこちらを見るマサトの視線を背中に感じながら、今度こそ僕は部屋を後にした。







読んでいただきありがとうございます。

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