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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
ある教師の日常
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始業式 1

『喧嘩だぁあ!』

「……んあ?」


 外から聞こえてきた叫び声に、うつらうつらしていた意識が突然現実に引き戻される。

 時刻を見ると、午前七時半を回るかというところ。ちょうど生徒達が登校してくるかという時間帯だ。そして今日が新学期初日の登校日ということから、今さっきの叫び声にも納得がいく。大方、喧嘩を仲裁する先輩やら先生やらを捜しているのだろう。


「……寝よ」


 ――だが、だからといってわざわざ僕が行くものでもないだろう。

 第一面倒くさいし。そう考えてもうひと眠りと再び瞼を落としかけたとき、静寂な教室に足音を連れて旋風が舞い込んだ。


「――カナキ先生! やっぱりここにいたんだ! 何を暢気に寝てるんですか!」

「ん……なんだアルティ君か……。朝から元気で結構だけど、生憎僕は徹夜明けでね。職員会議が始まるまでもう少しだけ寝かせてくれ」


 申し訳ない、と僕は再び机に突っ伏すが、アルティは気にも留めない。


「さぁ! 早く行きますよ! 外が危険で危ないんです!」

「あの、僕の話聞いてたかい?」


 そしてそれ、文章的におかしいからね?

 教室を飛び出し、颯爽と駆けて行ったアルティは、僕が追いかけてくるのを信じて疑っていないようだ。これでは断ることもできない。


「……はぁ、仕方ない」


 別にこのまま寝ていても良かったのだが、それでは後でアルティの反感を買うだろう。僕は基本、善良な教師なのだ。


「――それじゃ、少しだけ留守にするよ」


 保健室の奥の一角、カーテンを締め切ったベッドの一つに向かって、一言断りを入れると、先を走るアルティの背中を追って走り出した。






 アルティに案内された先は校門だった。まだ時間も早く、登校してくる生徒もまばらなこの時間だが、今だけは沢山の生徒がいた。

 その原因は、校門を塞ぐようにして戦う、二人の一年生が原因だった。


「これでも喰らいやがれ!」


 喧嘩を繰り広げる生徒の片方が、手のひらを相手に向ける。彼の身体が仄かに光を帯び、袖から見えた銅色のブレスレットにいくつもの光が走った。


「『焔刃(フレイムブレード)』!」


 すると彼の手のひらには、やがて手のひらより少し大きい程度の炎で形作られた刃が出現する。


「『電撃(サンダー)』!」


 それに負けんとばかりに、もう片方の生徒も、人差し指を相手に向ける。やがて、彼の身に付けていた指輪が輝きを放ち、指先からチロチロと蛇の舌のように電気が飛ぶ。


「おいおい、魔法まで使っての喧嘩って……今年もですか」


 入学したての一年生の喧嘩はこの時期だとしょっちゅうある。そして、その中には、毎年必ずといっていいほど魔力を使ったうえでのガチ喧嘩がある。

 一応、私闘での魔法の使用は厳禁なんだけどなぁ、とげんなりしていると、アルティがこちらを振り向いた。


「ほら先生! 早く止めて!」

「無理を言わないでくれたまえよ。僕、養護教諭だよ? こういうので怪我した生徒を治療するのが僕の仕事であって、それを事前に防ぐのは、魔法科の先生や風紀委員の仕事なんだけど……」

「でもカナキ先生だって先生でしょ! このままじゃ怪我人が出ちゃう!」

「そのときは先生に任せなさい。先生がパパッと治療してあげましょう」

「その頼もしさ、今欲しかったよぉ!」


 アルティの泣き言を合図にしたかのように、二人の魔法が同時に放たれる。

 しかし、放たれた魔法が激突することはなかった。

 突如、魔法のぶつかる場所に降り立った少女が、飛んできた二つの魔法にそれぞれ手を向け、展開した 魔力障壁(マナウォール)の魔法で受け止めたのだ。


「――双方、そこまでにしなさい」


 少女特有の透明な声に威厳を乗せ、その喧嘩を仲裁したのは、ウチの学校の制服を着た少女。

 その顔は、最近職員の間で噂が絶えない少女の顔だった。


「カレン・オルテシア王女……」


 アルティが呆然と呟いたように、目の前にいるのは一国のお姫様だ。

 オルテシア王国第一王女。それが彼女の肩書きであり、国王譲りの聡明さと、王妃譲りの美しい容姿を持ち、おまけに魔法の才能もピカ一らしい。勿論我がセルベス魔法学校にも主席で入学した天才児だ。

 天は二物を与えずという言葉が間違いだと証明するような存在で、ラノベとかなら間違いなくメインヒロインの座をもらえるだろう。そして彼女こそ、今僕の頭を悩ませている種の一つになっているのだが……。

そんな我らが王女様は現在、愛らしい顔に底冷えするような鋭い表情を作り、おいたが過ぎた生徒二人を睨んでいるわけだ。


「セルベスの生徒である以上、私闘での魔法の使用は禁じられている筈です。――そこのあなた、その身格好からしてここの教員でしょう。あなたも何故すぐに止めに入らなかったのです」


 え、僕ですか。


 どうやら王女様の非難は僕にまで飛んでくるようだ。どういったものかと頭を掻くと、沈黙を埋めるように隣のアルティが口を開いた。


「あ、あの! カナキ先生も止めようとしてくれたんですけど、先生は医療魔術の先生だから……」


 見かねたのか、助け船を出してくれたアルティに、僕は内心親指を立てる。

 こういう時は本人が喋るより、第三者が喋った方が説得できる確率は高くなる。

 しかし、当の王女様にはそんな小細工は全く通用しない。


「養護教諭だから、なんですか? それぞれの専門がある以前に、あなたたちは総じて生徒を教え導く教師なのです。この程度の私闘の仲裁すらできないようであれば、この先、万が一負傷した際に不安が残るというもの」

「姫様。恐れながら、その際は私が治療いたします」


 そこで、一歩後ろで従者のように控えていた女生徒――東洋人のような顔つきの少女だ――が一歩前に出た。すると、オルテシアは初めて厳しい表情を崩し、聖母のような微笑みを作った。


「ありがとうフィーナ。でも、私も今日からこの学校の生徒だもの。王女だからと特別扱いするのは良くないと思うし、気持ちだけ受け取っておくわ」

「は、出過ぎた意見を申しましたこと、お許しください」


 何だこれ。


 目の前で繰り広げられた、いかにも王族と従者のようなやり取りに、僕はげんなりする。

 この世界に来てしばらく経つが、こういう輩と実際に出会うのは初めてだ。


「……なにか?」

「――いいえ、今年も頼りがいのある一年生が入ってきてくれて、嬉しく思っていたんですよ」

「あら、ありがとうございます。先生も、頼りがいのある先生になってくれるのを期待していますよ」


 サラリと笑顔で皮肉を言ったオルテシアは、そのまま従者らしき生徒を連れて、校舎へと入っていく。 僕の横を通り過ぎるとき、彼女の髪が風に舞い、クチナシの香りが漂ってきた。

 ――今年も、面白そうな一年生が入ってきたなぁ。


「――」

「……?」


 オルテシアに続き、フィーナと呼ばれた従者らしき生徒が僕の横を通り過ぎるとき、頬の辺りに視線を感じた。


「……」


 だが、それも一瞬。首を巡らせたときには、視線も消え、二人は校舎の中へと消えていった。






 入学式。壇上ではセルベス魔法学校の学長が、当たり障りのない挨拶を手元の紙を見ながら延々としゃべり上げている。

 ふぁぁ、とあくびを噛み殺し、瞼を擦りつつ、僕は必死に睡魔に耐える。


「随分と眠そうですね」


 隣に立っていたセニア・マリュースが小声で話しかけてくる。


「いやぁ、昨日はちょっと色々ありましてね。それに、最近は学長の顔を見るだけで、条件反射で眠たくなってくるんですよ」


 まるでパブロフの犬みたいにね、と心の中で付け足す。


「確かに、学長の話はいつもつまらないですからね」


 セニアは、教員の中では僕に次いで若い教諭だ。

 妖艶な女性で、大人の色香を持つ容姿に、生徒からの人気も高いらしい。ただ、錬金術オタクらしく、授業中に生徒を置いてけぼりにして錬金術のすばらしさについて語るのが唯一の瑕なんだとか。


「それにしても、カナキ先生も大変ですね」

「なにがですか?」

「先生の受け持つクラスのことです。ただでさえ、養護教諭の仕事があるっていうのに、それに加えて一年生の担任も受け持つなんて」

「あはは……。まあ、今年は先生方も人手不足ですからねえ」


 同情して目を伏せるセニアに、僕は苦笑いを浮かべる。

 今年度は先生の人手が足らず、本来は保健室で怪我した生徒を診るのが仕事である僕にも、一年生の担任という仕事が回ってきている。一応、それに伴い、保健室には僕の助手という名目で、病院から看護師を一名派遣しているが、それでも仕事が多いことには変わりない。


「……それもこれも失踪事件のせいですよ。ほんと、この街も物騒になりましたね」

「……ええ」


 セニアの言うように、現在、この街、シールには、失踪事件が多発している。犯人は未だ見つからず、駐屯兵団も悪戦苦闘しているそうだ。そして、本来僕のクラスを受け持つ筈だった先生も、その事件の行方不明者リストの中に入っているというわけだ。

 学長はまだ話を続けている。僕は、その話を最前列で聴いている少女にそっと目をやった。

 新入生代表の挨拶もこなしたオルテシア王女は、微動だにせず、学長の話に耳を傾けていた。教員ですら自然と瞼が落ちてくる学長のお(スリープ)を、よくもまあ阻害(インビション)出来るものだ。

 ドが付くほどに真面目。これで、僕のクラスではなくて、完全実力主義なんてものも掲げてなければなぁ。

 自分に待つこれからの不幸と、終わらない学長の話に、僕はため息を吐いた。






「カナキ先生! さっきの学長先生の話であくびしてたでしょ?」


 元気が形を成したような少女が、足取り重く教室へ向かっていた僕を呼び止めた。


「ああ、アルティ君か。そういう君も、さっきの式では終始舟をこいでたみたいだけど」

「あはは、カナキ先生、私の事見ててくれたんだあ! 嬉しいなぁ!」


 意趣返しのつもりが、満面の笑みで喜ばれた僕はこれ見よがしに溜息を吐いた。


「もう、溜息なんてしてどうしたんですか。最高に不幸そうな顔してますよ」

「アルティ君……まあ、確かに君は直接的には関係ないんだけどね」


 今、僕の足取りを重くしている本当の理由は、これからクラスで最初のホームルームがあるからだ。

 クラスの生徒一同と顔を合わせるのは、これが初めてなわけで、当然、そこには我らが王女様の姿もあるだろう。

 朝、クラスの名簿を初めて渡されたとき、僕は思わず天を仰いでしまった。なんでピンチヒッター同然の僕のクラスに、王女様の名前があるのか。


「別に、王女様から見下されるのは構わないけど、それでクラス全体からも舐められて、クラスの統率が全く取れないようになったら最悪だ。だから、最初のホームルームで掴みをしっかりと取らなきゃって思ったんだけど……」

「なるほど、先生は顔からして舐められやすそうですからね……」

「アルティ君が言うと説得力が五割増しだね……でも、うん」


 大きく息を吐くと、僕は、そこで気持ちを切り替える。

 ネクタイをきつく締め、ジャケットをピシッと整えると、アルティに笑いかけた。


「アルティ君に本音を言ったら、少しスッキリしたよ。とりあえず、僕のやれるだけはやってくる。話を聞いてくれてありがとう」

「……ううん。頑張って、先生!」


 アルティに激励され、僕は再び廊下を歩きだした。


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