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巡回活動 3

Side カナキ


 それは本当に偶然だった。

 フレイム達のいる本部から離れ、生徒が巡回しているエリアをとりあえず回ろうかと考えた僕は『魂魄結界』を発動した。生徒たちが受け持つエリアは全て頭に入れていたが、一つのエリアだけでもそこそこの範囲になる。入れ違いでタイムロスをするのを嫌っただけでそれ以上の意味はなかったのだが、結界内の数ある魂の中からエトの魂を見つけた時、まさに悪寒が背筋を貫いた。

 急いでエトの魂の元へ駆けたが、更に驚いたのがいくら迫ってもエトの存在をほとんど感知できないことだ。つまり、『魂魄結界』による魂の感知以外、エトの気配を掴むことができなかったのだ。恐らく魔法を発動しているのであろう、ほんの僅かな魔力は分かるが、それは手配者とラムダスの生徒が闊歩する現在のポートレイル内では自然に意識外に置かれる程度の魔力であったし、そこにエトの魂がない限り、僕は彼女を見つけることは不可能だっただろう。


 ――まるでマティアスさんだな。


 僕はエトの巧妙すぎる気配の消し方にかつての恩師を思い出した。魔力をもたないという特異体質だった彼は、逆にそれを利用することで、気配さえ消せば魔力による感知もできない体なので完全なるステルス性能を獲得する絶技を修得していた。今のエトはそのマティアス並みに気配を消すことに長けているうえに、魔力反応まで極限まで薄くする術を身に付けているのだ。これはいよいよ、エトが正真正銘“怪物”の領域に足を踏み入れた強敵だと考えた方がいいかもしれないね。


 ――敵?


 そこで僕は自分の思考に疑問を抱いた。僕は今、エトのことを自然に敵として認識した。確かに、ポートレイルの異常な状況から考えても、何か裏で大きな陰謀めいた何かがあるように思えるのは間違いない。モルディもそれを理解し、学校から優秀な生徒や僕たちのような教師をわざわざ街に派遣しているのだ。だが、それはあくまで学校やポートレイルの街が考えている話。僕は、僕自身は、エトと相対したとき一体どうすればいいのだろう。

 時間にすれば数秒程度だが、僕の今後の立ち回りが決まる重要な選択。だがそれは目の前の状況が動き出したことで強制的に一方の選択を選ばざるを得なくなった。

 目前の角を曲がった瞬間見えたのは、『天衣霧縫(ミスト・ヴェール)』を纏った影――エトと、そこで呆然とするアルティ、そして勢いよく家屋を破壊し倒れるテオの姿だった。


「ッ!」


 刹那、僕の身体は勝手に行動を開始した。反射ともいうべきか。教師としての本能が、脊髄から僕の全身に駆け出すよう指示を出していた。


「!」


 突然飛び出してきた僕に影は驚きながらも即座に迎撃態勢を取る。僕と目が合った影はぴくりと肩を小さく震わせた。


「シ――」「……」


 小さな呼気と共に互いの拳が夜闇を切り裂き、目にも留まらぬ速さの攻防を展開する。拳を合わせながら驚いたのがエトの体術の爆発的ともいえる飛躍だ。一度セシリアの家にて聖天剋との攻防を目の当たりにしているが、実際に戦うとこんなにも違うものか。

 速く鋭いが同時に無音にてしなやか――――まるで密林の大蛇のように力強く狡猾なその諸手は他の学校関係者に見られるかもしれないから、と言った些事を掻き消すほどに鮮烈だった。

 一重にその攻防を戦い抜いた――凌ぎ切ったと言ってもいいだろう――僕とエトは、一瞬できた空白のタイミングで互いに後退し仕切り直す。体感時間では数分は戦っていた感覚だが実際には十秒と経っていないだろう。


「先生!」

「怪我はなかったかい、アルティ君」


 アルティの声に、僕はなるべく涼しげな顔と声音を意識して答えた。視線は一瞬たりともエトから外さなかったので、それが効果あったのかは定かではないが。


「私は大丈夫! だけどテオちゃんが……」


 だがそこで出たアルティの言葉に、僕は思わず笑いそうになった。

 まさか目の前にこんな怪物がいる状況でも自分をイジメたクラスメイトを心配するとはね。

 だがアルティが心配しているところ悪いが、テオはそれほどヤワではない。なにせ伝説の龍王の血を引き、そのうえ先日は文字通りその龍王の肉を自らの糧としたサラブレット龍人種なのだ。家屋に激突した程度の衝撃で死ぬようであれば、僕の“教育”でとっくの昔にショック死でもしているはずだ。今はただ気絶しているだけだろう。


「うん……まさか彼女をこんなことにするのが君とはね――――エト君」

「え――」


 だからこそ僕はそこで奇策に出た。正攻法では一筋縄ではいかないと判断し、エトの内面、つまりアルティを利用して動揺させることを選んだ。

 アルティはすぐに反応しなかった。僕の言葉が徐々に身体に浸透するみたいにゆっくりとエトの霧に覆われた身体を眺めた。

 そして数秒後、ようやく驚いたように口を手で覆った。


「嘘……エトちゃん、なの?」


 予想以上のアルティの反応。すぐに驚くのではなく、言葉が段々と身体にしみこむようにゆっくりとした動作でエトを見て目を見開いた。


「……?」


 だが霧の正体――エトはそのアルティの反応にただ小首を傾げた。一体何を言っているんだ、と言うかのように。

 アルティこそがエトにとって最大の支えであり、同時に最大の弱点……そう考えていた僕の浅い考えはその瞬間消し飛び、更にエトは想像を超えた行動に出た。

 なんと、傍に転がっていたテオの腹部を蹴り飛ばし、彼方へと吹き飛ばしたのだ。


「なっ……」


 龍人種とはいえ見た目は少女そのものといえるテオがスーパーボールのように家屋の壁に何度も激突しながら彼方へと吹き飛んでいく。あまりにも常軌を逸した光景に僕は思わず口を噤んだ。


「ッ、テオちゃん!」


 だが、アルティは違った。常人ならば何度死ぬか分からない物理法則で飛んでいくテオの背中に追いつくように魔力を熾し、一気に飛んでいった。すぐには追いつけないだろうが、やがてテオの身体にかかる慣性が失速すれば自ずと追いつけるだろう。そう確信させるような見事な疾走だ。アルティ君が三級魔法師として恥じない力を持っていることをまさかこんな場面で拝めるとはね……。

 皮肉な気持ちで離れていく二人を眺め、やがて視線をエトに戻す。エトは僕が視線を戻した後もしばらくアルティ達の消えた方向を見ていたが、ようやく観念したように溜息を吐き、僕に視線を戻した。


「まったく、あれはもう一種の病気ですね……アルティちゃんのお人好し」


読んでいただきありがとうございます。

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