初日・ホームルーム
登場人物が一挙に出てくるので混乱させてしまうかも……
いよいよ初のホームルーム。
僕は久しぶりともいえる戦闘とは違った類の緊張をしながら教壇に立っていた。
頭の中にはここに来る直前、呼び出しを受けて話をしたモルディとの会話を主出していた。
「先ほどは挨拶ご苦労でした。全校生徒と顔を合わせてみてどのような感想をもちましたか?」
「王国のセルベスと比べ、やはり多様な人種がいるなと思いました。僕のクラスに至っては人間ですらない種族もいましたし」
「流石、もう調べたのですね」
「顔を合わせるのは今日ですよ? 生徒の情報をあらかじめ入れておくのは当然のことです」
「我がラムダス魔法学校は学年ごとにクラスという括りはあるものの、生徒それぞれが自分の伸ばすべき点を考え、自由に講義を聞くことができる単位制です。生徒の自己理解・自己決定する力を伸ばす目的でこの制度を導入しましたが、それがどうやら生徒と教師の繋がりを希薄するという難点もあるのです」
「つまり、自分の担当するクラスにあまり関心のない教員もおられるというわけですが」
「ええ。奇しくも魔法師として優秀な人はあなたの師匠のように変わった人が多いようで」
今のモルディの言葉が先ほどのセシリアの演説を指していることは間違いあるまい。僕は苦笑しながら、「それで、呼び出した理由はそれだけですか?」と尋ねる。
「いいえ。あなたの担当する特別クラスについて、あなたから何か質問などがあればあらかじめ伝えておこうと思ったからです」
その思わぬ要件に僕はびっくりする。「随分親切なんですね」
「あなたがこれから担当する特別クラスは文字通り特別な生徒が集まるクラス……実は、これまでに三人ほど担任がいましたが、その誰もが一ヵ月経たず辞職を申し込んでいます」
「えー……」
ホームルーム一時間前に聞きたくなかった新事実である。
「なにせあのクラスの子供たちはとびきり優秀なのですよ……そして困ったことに、彼女たちは自分が認めた相手の言うことしか聞かない」
「典型的な問題児じゃないですか」
優秀な子供の反抗期ほど面倒なものはない。どの世界でも共通の事実だ。
「全くもってその通りです……ミラ・フリメールやセシリア・ストゥルスといった世代も頭を悩ませましたが、今の特別クラスはそれに負けず劣らず頭痛の種になっています」
表情こそ変えないが、その言葉が嘘偽りではないことが疲労を滲ませる声で分かった。
「ちなみに、自分が認めた相手って言いますけど、生徒たちが僕たち教師に求めるレベルってどれくらいなんですか?」
「準一級魔法師以上。または『メル』の人外レベル以上」
「その生徒たちは即刻退学して自ら弟子入りした方がいいですよ」
ハードル高すぎて胃に穴が開きそうな気分だ。そんなハードル、下手をすれば一国の王子ですら難しい教育環境だ。
「僕、生徒たちに見せられる魔法の限界は上級魔法ですし、『メル』にも名前すら書かれてないんですけど……」
「そこはカナキさんの手腕でなんとかしてください」
無理難題を言いなさる。
「幸い、特別クラスは超少数精鋭主義……個に寄り添った教育を期待しています」
その言葉に背中を押され、僕がモルディの元を去ったのがついさっき。そして僕は今、話にあったその超問題児たちの前にいるというわけだ。
僕はいつもの笑みを作り、教室を見渡す。うん、ひとまず今この学校にいる特別クラスの生徒は全員そろっている。それだけでまず安堵しないわけにはいかなかった。ここにいるということは少なくとも僕に多少なりとも興味を示しているということだ。これで教室に誰もいなかったらホームルーム以前にかくれんぼから始めなければいけなかったからね。
「うん、全員いるみたいだね――改めて、はじめまして。今日から君たちの担任を務めさせてもらうロラン・フォートです。中途採用だけど、少しでもみんなの力になれるようこれから精進――」
「お前何級なの?」
僕の言葉は教室にいた一人の女子生徒の言葉に最後を強引に千切られた。
声の主は退屈そうに両手を後頭部で組んだ女子生徒だ。僕は今日までに頭に叩き込んでいる生徒情報から彼女を探し当てる。
スイラン。それが彼女の名前だった。それ以外は出自も家名も出自も不明。だがしかし、申し送り事項として『異世界転移者。神聖力といわれる魔力とは異なる力を有する』と書いてあった。
僕はそのスイランに――東洋系の顔立ちに、刃物のような鋭い瞳が特徴的な少女だ――変わらず笑顔を向ける。
「うん――ひとまず自己紹介をしたいんだけれどその後じゃダメかな?」
「お前がこれまでの担任みたいに下らない底辺だとしたら時間を無駄にしたくねーんだよ。それで、いくつよ?」
言葉遣いといい態度といい、これは中々……。
僕は表情を変えず、偽りの等級を告げる。
「準二級だよ」
「はっ、話にならねーな」
そう言うや否や、スイランは席を立つ。続いて一人、また一人。
「あばよ。アタシの邪魔さえしなけりゃ、前の奴みたいに痛い目みなくてすむようにしてやるよ」
そう言い残し振り返ることなく教室を出るスイラン。
次いで僕の前まで来て、とても丁寧に頭を下げる黄金の髪をもつ少女。確か名前は、ソフィー・セル・エクスアウラ。王国との親交も深い聖アレクシス王国の第一王女――
「ごめんあそばせ。私は三年のソフィー・セル・エクスアウラと申します。フォート様には申し訳ございませんが、私にはあまりにも時間がないのです。フォート様を侮辱したいわけではないのですが……お許しください」
そう言って本当に申し訳なさそうにそそくさと教室を後にするソフィー。スイランよりそういう態度の方が余計こちらはダメージを負うことを誰か教えてあげてほしい。
「――全く、新しい先生もこれまで同様大変そうっすねぇ」
「……悪いんだけど、先生の肩に肘を置くのはやめてくれるかな? テオ・レオタレィ君」
横を向くと、そこには額から紅の双角を生やした勝ち気そうな少女の顔があった。
彼女は臀部から伸びるこれまた紅色の尻尾で励ますように僕の頭を叩いた。
「おっと、こいつは失敬。赴任初日からあんな堂々とボイコットを喰らう先生に同情しちゃってついつい……許してほしいっす」
「それは構わないけど、それじゃあ君は少なくともここに残ってくれるのかな?」
「それとこれとは話は別っす☆ 自分、折角人間の住む大陸まで来たんで、楽しそうなことにしか興味ないっす! それじゃ!」
そう言ったテオはおもむろに窓を開け、そこから飛び降りた。
彼女の身体が重力によって下降し始めた瞬間、肩部から漆黒の翼が生え、そのまま飛んで行ってしまう。
唖然とする僕。最初に教室にいた六人のうち、既に三人が教室から出て行ってしまった。
溜息を吐き、僕は教室に残った男子生徒二人に視線を向ける。「それで、君たちは出て行かないのかい?」
「はい、この状況から先生がどう脱するのか興味があるので」
そう笑顔で答えたのは、これまでモルディと会うとき、度々転移魔法で僕たちを学長の部屋まで送ってくれた青年、ネロ・リ・クェーストだ。彼の情報を確認したときは学生だったことにも驚いたが、学長であるモルディの実子であることにも驚いたものだ。
「君、絶対にこの状況を楽しんでるでしょ……」
「さて、どうでしょう?」
ネロは相変わらず感情の読めない笑みを浮かべている。溜息を吐いて僕は最後の一人――マサト・ハムラに言葉を掛けた。「それで、君もとりあえずは僕の話を聞いてくれるってことでいいのかな、マサト君」
「他の人みたいに出ていった方がいいなら出て行きますけど……僕はどちらでも構いません」
「どちらでもって……それに何だか元気がないね」
「元々僕はいつもこんなものです。気にしないください」
視線を一度も僕に向けることなく、マサトは視線を身体の前で組んだ手から外さないまま言った。まるでそこに何か観察するべき何かがあるかのようにその視線は微動だにしなかった。
やれやれ、あらかじめ分かっていたが、どうやらこのクラスはセルベスと同じく、いやそれ以上に簡単にはいかないらしい。
僕は一応持ってきた資料の一つ、『メル』から得た彼らの情報を一瞥する。
三十位 『六道』 スイラン…一級魔法師 ※神聖力なる力を有する
九十位 『聖王国の弓巫女』 ソフィー・セル・エクスアウラ…準一級魔法師
六十五位 『龍王の血を引きし龍人種』 テオ・レオタレィ…準一級魔法師 ※竜と人間のハーフ
八十七位 『次のマスター』 ネロ・リ・クェースト…準一級魔法師
三十八位 『召喚士』 マサト・ハムラ…一級魔法師
圏外…アルティ・リーゼリット
「せ、先生! なんか私のこと忘れてない!?」
「あ」
やけに広く感じる教室の中で、最後まで忘れ去られていたアルティの悲痛な叫びが響いた。
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