人を信じるとき
日時等は特に指定していなかったが、なるべく早く伺うのがお願いをしにいく立場として当然だろうという僕の意見で、翌日にラムダス魔法学校へ行くことになった。
「お前は本当に変なところで律儀だな」
「律儀以前に人として当たり前のことをしているだけですよ」
「お、先生がそれっぽいこと言ってる」
僕たち三人はなるべく人目を避けるために大きな街道は使わず、なるべく現地の人が良く使うような小道などを使いながら目的地を目指した。向かう先はクロノス共和国領だし、別に大きな街道を通っても大丈夫だろうが、念には念を入れて、だ。僕やアルティはともかく、セシリアはこう見えて『メル』上位に名前を連ねるレートSSの手配者だ。こういう用心深い性質については意外にセシリアも同じで、僕の意見にすぐに賛成してくれた。
「長く生き残るコツはな、常に用心し、周囲を警戒することだ。これは生物全てに当てはまることだがな」
「ほえ~。ていうか、セシリアさんって手配者だったの?」
「うん。ちなみに、ミラやそこにいるお前の先生も手配者だ」
「ちょっ……」
急なネタばらしに僕は本気で肝を冷やしたが、アルティの反応は「へえ、ミラさんも。全然気づかなった」と、淡泊なものだった。
「え……それだけなの?」
思わずそう聞いてしまった僕に、アルティが珍しく呆れた表情を浮かべた。
「あのねぇ……先生、私がなんで死んだか忘れたの? 先生の代わりに連れてかれそうになったエトちゃんを助けようとして死んだんだからね? 先生が手配者なことくらい、流石におバカな私にも分かるよ」
「それじゃあ、どうして君はいつも通りなんだい……?」
「うん? どういうこと?」
「言ってしまえば、僕のせいで君は死んだことになる。もちろん、エト君だってその被害者だ。それなのにどうして、君は変わらぬ態度で僕に接してくれるんだい?」
僕は彼女の瞳を見つめた。昔、アリスにかけられたように、今度はセシリアに何か暗示魔法をかけられているのではないかと思ったからだ。
だが、彼女の瞳にはいつものように、太陽のような爛々とした光しかなかった。
「ああ、そゆことね――――カナキ先生のこと、恨んだりするわけないじゃん。実は大体の話、エトちゃんから聞いてるんだ。先生はエトちゃんのお父さんとお友達で、その仕事のお手伝いとかをしてたから、オルテシア王国に追われてたんだよね? だったら別に私にとっては、やっぱり先生は先生のままだよ。別に先生が私に何か悪いことをしたわけじゃないんでしょ?」
「ま、まあそれは」
君以外の人に悪いことは数え切れないくらいしてるけど。
「だったら良し! 昔、授業で先生も言ってたじゃん! 『人が人を信じる時というのは、その人が正しいと思った時ではなく、その人を信じたいと思った時だ』って! どう、今の似てた!?」
「ま、まあ……」
アルティの今自分良いこと言ってますよ的なドヤ顔をその時の僕がしているとは認めたくないが。
「つまり、見方の問題ってことでしょ? 王国の視点からすれば先生はとっても悪い人だけど、私の視点からすれば、先生は先生だし、それ以外ないんだよ。先生は私に色々なことを教えて、あの一件――私が変な人に暗示をかけられて、エトちゃんにひどい……うん、とってもひどいことをしてしまった時にも、命を張って私を助けてくれた、命の恩人です。あのとき、私が死んじゃった時も、カナキ先生やエトちゃんの味方をしたことを後悔していません……恥ずかしいから一回しか言わないからよく聞いてね――――私にとって、カナキ先生は最高の先生だよっ!」
「ッ……」
「ふふっ」
僕は思わず天を仰いだ。それにからかうような視線を向けてくるセシリア。だが今の僕にはそんな彼女に非難の視線さえ向けることができなかった。
「あれ、先生。もしかして感動しちゃった?」
「アルティ、この男はな? 元々の歪みきった性癖のおかげで、ありのままの自分を知ったうえで無条件に許容してくれる相手というのにほとほと弱いのよ。生徒の手前、大人の余裕を示したいが、それが決壊寸前になっているこれを、しばらくは生暖かい目で見てやるとしようではないか」
「なんだぁ、そういうこと? 私、先生にだったら殺されてもいいよ?」
「もう、本当に勘弁して……」
そんなこんなしているうちに、僕たちは目的地に到着した。
ラムダス魔法学校までは結構な距離があり、魔法で身体強化等していなければ一週間はかかるような道のりだったが、学校の敷地前まで来てしまえばあとはあっという間だった。
「アルティ・リーゼリット様とそのご同行の方達ですね」
「うわぉ!」
背後から突然かけられた言葉にアルティは文字通り飛び上がった。「び、びっくりしたぁ」
「すみません、驚かせるつもりはなかったのですが」
そう言って声を掛けてきた男――二十に届くかどうかといった風貌の執事服を着た青年は頭を下げた。「驚かせてしまったのなら、大変申し訳ございません」
「構いませんよ。むしろ、あれだけ長い時間僕たちの到着を待っていてくださったのに、それにすら気づけない私の生徒の方こそ鈍感で申し訳ありません」
「え、先生は気づいてたの!?」
「むしろ気づいてなかったのは君だけだよ」
セシリアに視線を向けると、当然だとばかりに肩を竦めた。
その反応に肩を落とすアルティだが、実際はそこまで目の前の少年の気配に気づくことは容易ではない。最低でも準二級、もしかすると二級魔法師でも中には気づかない人もいるかもしれない。その程度には目の前の青年の気配の殺し方には熟練した技量を感じた。まあこれくらいで先ほどのアルティの意地悪も目をつぶってあげよう。
「それで、あなたが僕たちを学長の所まで案内してくれるんですか?」
「はい。学長は現在、特殊な魔法によって形成された空間におりますので、不躾ですが、この私が皆様を転移魔法で学長の元までお送りしたいと思います」
「転移魔法って……」
僕はセシリアを見たが、彼女は肩を竦めるだけで、特段驚きもしていないようだった。僕がいない五年の間でそれほどまでに魔法が発達したのか、はたまたこれから会う学長なる人が相当な腕利きなのか……。
「それでは準備のほどはよろしいでしょうか。移動は一瞬ですが、急な風景の変化に少々驚かれるかもしれません――それでは、三、二、一――『空間転移』」
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