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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
第三部 一年と五年
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エトの決意

前話の既出の特級魔法、正解はラーマ・コンツェルン『絶対魔法・無限障壁』でした。

感想の方で『次元斬』という答えが多かったですが、五年前の時点であの魔法の立ち位置は、特級魔法に最も近い最上級魔法という位置づけです。

正解した方、むしろ当てていただきありがとうございました。

「本当にもう行くんですか?」

「ああ。必要な情報は全て揃った」


 話し合いが終わった後、聖天剋は早々にこの地を去ることになった。

 何もそこまで急ぐ必要はないと思うが、もしかするとこの新しい世界を前にして、この男も少し興奮しているのかもしれない。


「それで、お前はあれを聞いたうえでどうするつもりだ」

「あれとは?」

「とぼけるな。先ほど俺を殺そうとしてきた女のことだ」

「……」


 聖天剋が指しているのはエトのことだというのは最初から分かっていたが、いざそういわれると、僕にはまだはっきりとした答えを持ち合わせていないということが正直なところだった。


「分かりません。彼女とは長い間一緒にいましたし、彼女の気持ちも分かるのですが……」

「ふん。自分自身は厄介ごとに嬉々として自ら首を突っ込むが、他人となると話は別か」

「僕だって好き好んで突っ込んでいるわけではありませんよ。ただ、人の性癖というのは一種の病気みたいなものなんですよ。エト君をどうしようとも確かなのは、前の世界ではあまりできなかった分、こちらの世界に帰ってきたからには趣味もぼちぼち再開するってことですね」

「……ふん」


 仮面の中で聖天剋は笑った。「俺は俺を除いた人類全てが退屈で粗悪な欠陥品だと思っていたが、欠陥品は欠陥品でも、そこそこ楽しめそうな欠陥品は存外いるものだな」


「それ、褒めてます?」

「お前は俺を楽しませることができる存在だということだ。胸を張れ」

「相変わらずナルシストというか自己有用感お化けというか……」

「俺が人類の枠を超えた突出した人間であることは事実だからな」


 そこで聖天剋は踵を返した。


「お前の師という女にも礼を言っておいてくれ。コレはそこそこ使えそうな物だからな」

 聖天剋の指にはセシリアから譲り受けたシンプルなデザインの指輪がはめてある。『解析(アナライズ)』の魔法が込められている魔導具だ。これを着けているだけで言語の問題は一気に解消する。最初は「必要ない」と言っていた聖天剋も、セシリアの相変わらず人の心を読んでいるかのような巧みな言葉に最後は黙ってそれを受け取った。


「ていうか、僕と手を組む時にはあんなに頑固だったのに、セシリアさんにはあっさりと借りを作るんですね……」

「お前と手を組んで俺も考えを少し改めた。弱者と手を組むのは反吐が出るが、強者であれば時として状況は好転するもの――俺と肩を並べる人間などこの世にいないと思っていたが、存外俺の視野も狭くなっていたらしい」


 聖天剋はそれを最後に歩き出す。「さらばだ――」


「お元気で! また会ったときにはよろしくお願いします!」

「お前と手を組む必要がある事態にならないようこの世界では上手やるさ――」


 そうしてかの世界最強の暗殺者と僕は、わりとまともな別れ方をした。

 六道の上位にも引けを取らない実力をもつ聖天剋。いずれこちらの世界でも頭角を現すだろうが、敵に回すことだけは絶対に避けねばならならいだろう。






 家に戻ると、居間でティリアがアルティと歓談し、セシリアは優雅に紅茶を飲み、ミラはぼうっと外を眺めていた。


「お。あやつは帰ったのか?」


 ミラは僕に気づくと、頬杖をつきながらそう訊ねた。「あれも相当な武人。一度ゆっくり腰を据えて話をしてみたかったのじゃが」


「聖天剋さんは元々風来坊ですからね。どこか一ヶ所に留まることはありません。でも大丈夫ですよ。彼とは多分、またどこかで会える気がします」

「ふ、まるで物語の一説のような台詞だな」


 セシリアが茶化してくるが、それを無視して僕は居間を見回す。「エト君はどこに?」


「散歩してくると言っておったな。あやつとてお前にあの話をするのは相当な勇気が必要だったはずじゃ。そしてあまつさえ、その告白に当のお前が煮え切らん反応をしたのじゃ。一人で物思いに耽る時間も必要になろう」

「……」


 あの話が指しているのは一つだけだ。僕はそれを初めて聞いたとき、確かにはっきりとした反応をしなかった。「どういうこと?」、「君はそれを完遂する純然たる覚悟があるのか?」といった彼女の意志の堅さを確認するにとどめたのみだ。エトの王国を憎む気持ちが時間とともに徐々に薄れていく兆しがあれば、真っ先に止めるつもりだった。

 だが結果として、王国を滅ぼすと言ったエトの言葉は本物で、それはどうにも時間を費やしたとしてもそう簡単には消えそうにないもののようだった。エトの言葉には憎悪はあっても怒りはなかった。五年という時間が、エトの中にあったであろう燃え上がるような怒りを、恒久的に灯り続ける惑星の光のような揺るぎない憎悪へと変えてしまったのだ。この場での説得は無理だと判断した僕は、それでなんとなく話題を変えて話を一旦終わらせてしまったのだ。


「極端な話、エトとの関係をここで絶てばお前に実害はでないからな。てっきり、お前なら面白そうだから、と二つ返事で賛成すると思っていたのだが」


 セシリアは面白い物でも見るかのように僕を見る。「この家を出てから、色々とあったのかな?」


「……外を見てきます」


 僕は視線から逃れるように家を後にする。

 僕はエトの決意をどのように受け止めれば良いのだろう。正直、先ほどセシリアが言った通り、彼女の目的は僕に直接的な危険をもたらす可能性は低いだろう。だが、エト・ヴァスティという人間を失うのに耐えるには、僕はあまりにも彼女と深く関わりすぎた。出会ってすぐは、マティアスがいなくなった後のご褒美程度にしか考えていなかったが、その後の紆余曲折が、僕の中での彼女の存在をあまりにも大きくしていた。


「だからって協力するのもなあ……」


 あれだけ王国相手に好き勝手したのだ。幸か不幸か、この世界ではあれから五年という月日が流れており、僕の存在はかなり薄れているのは確かだろう。僕がこの世界にまた戻ってきたと知られたら、今度こそエリアスを始め、それこそ大きく成長したというカレンが黙っていないだろう。


「あなたのこと、絶対に忘れないわ」


 彼女との別れ際、憎悪に燃える瞳でそう言われたことを昨日のように思い出すことができる。あれから更に強くなったというカレンを相手に、果たして今の僕は勝てるのだろうか?

 そんなことを考えながら歩いていたところで丁度エトを見つけた。

 彼女は高台になっているところから草原を見下ろしていた。


「久しぶりに来たけど、相変わらず良い所だね、ここは」

「わ!」


 明らかに物思いに耽る彼女の背後に声を掛けると、エトの肩が跳ねた。「びっくりしました。全然気付きませんでした」


「随分深い考え事をしていたみたいだね」


 でなければ、今のエトを相手にこれだけ簡単に背後を取ることなどできないだろう。こちらを向いたエトは、視線を左右にちらし、少しだけ迷った素振りを見せたが、やがて意を決したように口を開いた。


「正直な話、先ほどの私の話、どう思いました……?」

「……気持ちは分かるよ。けど、これまで君は大変な目に何度も遭ってきた。僕は君に危険な目に遭ってほしくないし、幸せになってほしいって思ってる」

「……そう、ですよね」


 彼女の言葉には落胆の色が僅かに見て取れた。自分のことを理解してもらえなかったとでも言うような、寂しさを含んだ声音。


「その様子だと、僕は君が満足のいく回答を用意できなかったようだね」

「そ、そんなことありません! カナキ先生の“仰っている”ことは正論ですし、おかしいのは私の方なんです」


 そう言う彼女のちょっとした言葉遣いの変化も、エトはもう大人になったのだということを再確認することになり、嬉しいような、少し寂しいような、不思議な感覚に陥る。


「……エト君、君はもう大人だ。僕は対等な大人として君が考え、選択したものを尊重したいし、力にもなりたいと思っている。なにせあれだけのことをしてまで君を救ったんだ。これから君にはたくさん僕へ恩返ししてもらわなきゃいけないしね」


 冗談めかしてそう言うと、エトは苦笑した。「はい。言われるまでもなく、たくさん恩返ししちゃいます」


「ありがとう。でもね、君が進もうとしている道は分かっている通り、並大抵じゃ踏破できない茨の道だし、そうすると僕はともかく、君の友人であるアルティ君はどうなる? 彼女はまだ十六歳のままだ。そして、もうこの世界においては君だけが、唯一の友達であり、心を許せる人間だ。そんな彼女を君は置いていくことができるのかい?」

「……確かに、そう思っていました。私が蘇生させて、後は放っておいて私だけ遠くに行ってしまっていいのかな、と。だけどそこに先生が現れました。帰ってきてくれました。これで私は安心してアルティちゃんを預けることができる」

「ちょっと待ってくれ。君、もしかして僕にアルティ君の面倒を見ろ、ということかい? それは……」

「元々アルティちゃんは私を庇って命を落とし、その私はカナキ先生がシズクさんに正体がバレるという“失敗”をしたせいで王国に捕まりました。この意味、先生なら理解していただけますよね?」

「ッ……」


 口元には薄い笑みが浮かべられていたが、エトの瞳には暗い光が灯されていた。彼女は明らかにそれを言われれば僕が何も言い返せないことを理解していた。以前のエトであれば、それを自覚していたとしても、僕を気遣って決して口にはしなかっただろうが、今の彼女には自分の目的を達成するためならば使えるものは使うという強かさが備わっていた。


「……ごめんなさい」


 それでもエトは、ぽつりと、乾いた謝罪の言葉を漏らした。「でも、私にはもう、これを止められないんです」


「エト君……」

「アルティちゃんは最近、セルベスにいた頃の話をよくします。直接的には言いませんが、やはりまた学校に行きたいのだと思います――先生、アルティちゃんの願い、叶えてあげてくれませんか?」

「それって……」

「アルティちゃんにはもう戸籍もありませんので、行ける学校は限られていますが、全くないわけではありません。詳しくはセシリアさんが知っていますので、もしも先生がよろしければ、あの人とお話してください」


 そこでエトは深々と頭を下げた。「先生と会えて、少しでもお話ができて、嬉しかったです。色々と落ち着いたら、また会いに行きます」


「ちょ、このまま行くつもりかい?」

「はい、もう一度家に戻ってしまえば未練が残りそうですから……別に今生の別れというわけではありませんし、そんなに心配しないでください。本格的に動き出すのはまだまだ先――」

「エト君!」


 エトは淡い微笑みを見せて手を振った。


「カナキ先生、ずっと好きです――――」


 刹那、エトの姿が掻き消える。

 僕の伸ばした手は虚しく空を切った。


読んでいただきありがとうございます。

なお、前書きの特級魔法を破壊した翠連さんの『破剣』はそれ以上の出力を誇っていますので、彼女がこの世界に来たならば特級魔法師級の強さということになります。ラーマさんは相手が悪すぎました……。

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― 新着の感想 ―
[一言] ラーマさん……確かに言ってた。バッチリ言ってたよ『絶対魔法』って。 この人間違いなく強者なのに、初めての戦闘描写がvs翠連で、更にそこから続けてイリスや聖が出てきたから印象が薄いの本当に可哀…
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