刹那の快楽
思ったほどのムーブではなかった…
レイラ・ブラウニーの持つA級精霊装『エイリーク』は大火力による広範囲攻撃が持ち味の大斧だ。
他の精霊装にもいくつか見られる遠距離攻撃も可能でありながら近接戦でも強化された膂力からアドバンテージを取れる、見た目とは裏腹にバランスの取れた精霊装……だが、それもS級精霊装の『シャロン』には遠く及ばない。
「はっ、はっ、はっ」
あまり時間は掛けられないことから、僕は効率的に、そして迅速にレイラを追い詰めていた。そもそも、魔術で身体能力を向上させている僕のスピードに彼女はついてくることができていない。遠距離からの攻撃は当たらず、さらに近接戦闘でも分が悪い。じわじわと詰め将棋のように追い詰められる状況にレイラの表情も徐々に厳しくなっていくが、流石は歴戦の猛者。最初こそ動揺を見せたが戦闘が始まれば既に覚悟は決まっているとばかりに瞳から戦い抜くという意志の炎が燃え、どんなに劣勢になっても最後まで必死に勝利の糸口を探し続けている。そういう覚悟は立派だし、尊敬できるものだが、僕は少し肩透かしをくらったような気分になったのも事実だ。まあ確かに、ウラヌスの丘でも自ら進んで最前線に立って仲間を守った彼女なのだから、これぐらいで心を折ることは難しいということだろう。
「じゃあ、これはどうかな?」
「づっ!?」
間隙を縫ってレイラに肉薄した僕は、攻撃で隙のできた彼女の横腹に蹴込みを入れる。肋骨を折った確かな感触と彼女のくぐもった声を楽しみながら、それを契機とばかりに、彼女に少しずつ攻撃を入れていく。
それでもレイラは諦めない。あえて僕の攻撃を食らってカウンターを狙ってきたり、フェイントを入れることで揺さぶりをかけてくる。最早手負いの彼女のスピードでは僕を捉えることはできないだろう。
「『火炎柱』」
動きが鈍くなってきたところで、レイラの足下に中級魔法を仕掛ける。五体満足の彼女なら躱せた一撃だっただろうが僅かに躱しきれず、右腕の肘から先が炎に呑み込まれた。
「~~~~~~~~~~ッッッ!!」
「これでも悲鳴をあげないんですか……」
歯を食いしばりを、こちら睨み付けるレイラ。ここまで来ると流石の僕も唖然としてしまった。仕方ないので彼女に近づき(もちろん寄せつけまいと反撃してくるが、当然の如く当たらない)、半分炭と化した右腕をそこそこに加減して蹴飛ばす。
「アアアアアアアアアアアアッ!!」
流石のレイラもこれには耐えきれず、ついに悲鳴をあげた。獣の咆哮みたいな声だな、と思いながら、うずくまった彼女の顔にサッカーボールキックを入れる。
「プゴッ!?」
くぐもった悲鳴とともに地を転がるレイラ。ついに精霊装も手から落とした彼女は、ボタボタと鼻血を流す鼻を押さえながら、自分の得物の元へ駆け寄る。まだ走る余力が残っているのか。
「『電撃』」
「ぐぁ!」
電撃を受けたレイラはそのまま受け身も取れずに倒れ、右腕がぶつかった拍子に苦悶の声を上げた。勝負は決しているし、本当ならこのまま時間をかけて彼女の相手をしたいところだが、ここはエイラの時のように四肢を切断するくらいに留めて、そろそろこの場を離れた方が良いだろう。なにせここは自分の庭である保健室でもないしイリスの眼が届かない深い森の中でもない。戦場のど真ん中で趣味を優先するのは本末転倒になってしまえばそれこそ目も当てられない状況になるだろう。
「ウラヌスでお世話になった分、もっと時間を掛けたかったんだけどね……お」
そこで僕は意外な乱入者に目を細める。
その二人はレイラとは敵対する共和国軍の者でありながら、彼女を庇うように前に立った。そのうちの一人はつい十数分前に見た顔だったが、まさかこの状況で登場するとは思っておらず、思わず口笛を吹きそうになった。「このタイミングで現れるのは流石に想定していなかったかな」
「俺だって出てくるつもりはなかった……だが、お前の行いはあまりにも非人道的で、許せそうになかったんでね」
そう答えたのは先ほど牙碌から僕が助けた青年であり、帝国の将軍でもあるソルシオだ。隣にはいつも彼の傍に立っている側近の男だ。一度交戦したときはうちの部隊の実質的な二番手であるエイラを圧倒していたので、かなりの実力者とみていいだろう。
「ソルシオ君、だったかな? 君の言い分も理解できるけど、流石にさっき助けた命の恩人に対して刃を向けるのはそれこそ人道に反するんじゃないかな?」
「重々承知のうえだ。俺は確かにさっき、お前に救ってもらった。だが、それと今回のことは別だ。いくら敵とはいえあのような嬲る行為、当然看過されるべきことではない」
「君だって数多の戦場を駆けた英雄の一人だ、戦場では時にはある種の視点から見れば非人道的と思われるようなことだってしなければならない。まさかかの大国、イスカン帝国がそのような行為を全くしてこなかったとは言わせないよ」
「論点をずらすな、カナキ・タイガ。これはあくまで俺の主観の問題だ。お前の行いを見て反吐が出た。だから俺はお前を殺す。それだけの話だ」
「そう簡単に言うけどね。君には君を慕う有能な部下がいるはずだ。今君の後ろに立っている人のようなね。そのような人達でさえ、君個人の一感情によって殺すのかい?」
僕の言葉にソルシオが反応する前に、後ろに立つ槍を持った男が答えた。
「我らを愚弄しないでもらおうか。我らは将軍に仕えた時より、どのよう戦地にも共にする覚悟がある。貴様の言葉程度で我らの結束が揺るぐことはない」
その毅然とした態度に僕は思わずため息を吐きそうになった。全く、どうして皇国以外のところで、こうも素晴らしく成熟した人間が集まっているのだろう。僕が転移した皇国なんて、力や知性はあっても、そのほとんどがどこか欠落した部分を抱えた者ばかりだったのに……。
「……なるほど、君たちの言うことはよくわかったよ――」
ここで君たちと交戦を回避することができないこともね。
その言葉だけで僕の意志は伝わったのだろう。無言で構えた二人に対して僕はあくまで無手のまま歩き出した。
考えてみればこの戦場さえ切り抜ければ、また元の生活に戻れるのだ。ならば多少口惜しいとしても、ここで効率的に目の前の人達は消すべきだってことだね――
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