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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
一年四組の日常
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従者の相談 1

「……で、結局何の用なんですか?」

「はい?」


 ゼスに誤解を解いた後、当然のように保健室に付いてきて、ゼスとお喋りを続けているセニアに、僕は辟易しながら尋ねると、セニアは何の事とばかりに首を傾げた。


「ここにきた用事ですよ用事。セニア先生も担任クラスを持っていないとはいえ、教材準備とかあるでしょう」

「ああ、それは今日の夜にでもやるから大丈夫ですよ。私、一日三時間くらい眠れれば大丈夫なんですよ」


 それはあんたの体が死体だからだろ、とツッコミたくなるのをこらえる。


「へぇ、凄いですね! けど、セニア先生もまだお若いから大丈夫ですけど、無理は禁物ですよ」

「あはは、若いって言ってもゼスさんよりだいぶ年上ですよ。私もいつまでも若いわけじゃありませんし、無理は禁物ですね」

「いえいえそんな。セニア先生は十分に若いですよ!」


 お上手ね、と笑うセニアと真剣な表情で喋るゼス。

 別にお話するのはいいのだが、それなら別のところでやっていただきたい。


「セニア先生。僕はこれから生徒のカウンセリングが一件入ってるんです。用事がないなら僕はその前の他の仕事を片付けてしまいたいんですが」

「ああ、ごめんなさい。ついゼスさんと話が弾んでしまって……。カナキ先生には今日、お願いがあって来たんです。今度、錬金術の授業で、現代の薬学についても若干触れようと思っていて、先生が調合している薬について、ちょっと今日は見せていただければなぁと思いまして」

「残念ですがそれは出来ません」


 僕は即答で断る。ゼス君もいるのにいきなり何を言い出すんだこの人は。

 しかし、悪いことにゼスまでこの話に興味を持ってしまう。


「カナキ先生の調合している薬が見られるのですか? でしたら是非私にも勉強させて頂けませんか?」


 だから出来ないって言ってるじゃん。

 思わぬところから追い風を受けたセニアは、瞳に意地悪そうな光を宿しながら、必死に僕に懇願する。


「先生、そんなに無下にしないでください。これも私の授業を受けている生徒達の為なんです」

「気持ちは大変分かりますが、危険ですので見せられませんし、何より、今は物理的に無理なのです。今は僕の方も忙しいので、なかなか薬の“素材”を調達することが出来ていないんですよ」


 こう言うと、セニアは諦めたようで、静かに肩を落とした。


「そうですか……無理を言ってすみませんでした」

「いえいえ。僕もお力になれず申し訳ありません。ゼス君も、そういうことだから今回は諦めてもらえるかな?」

「……分かりました。無理を言ってすみませんでした」


 全くだ、と心の中で呟きながら、保健室を後にするセニアの背中を見送る。

 セニアが保健室の扉を開けると、そこに入れ違いで僕が待っていた人物、フィーナ・トリニティが入ってくる。


「あら、確か……トリニティさん、だったかしら。どこか怪我でもしたの?」

「あ……いいえ、今日はちょっと、カナキ先生にお話しがあって……」

「へぇ、そうだったのね」


 そう言いながら、セニアは一瞬鋭い視線を僕に送る。

 いやいや、ここではやりませんよ。

 静かに首を振った僕を見て、セニアは視線をフィーナに戻し、別れの挨拶をして去っていった。いや、ここでやるつもりだったらアンタどうしてたんだよ。


「よく来たねフィーナ君。それじゃ、あっちで話を聞こうか」

「はい」


 フィーナを生徒相談室に招き入れ、椅子に座らせると、僕は向かいの椅子に座る。


「フィーナ君はこの部屋に入るのは初めてだよね。どう? あんまり学校ぽくないでしょ?」


僕はテーブルの上に手を置き、いつものように雑談から始めて生徒の警戒を解く。

最初は本題から関係のないことを話すのは、生徒相談の基本だ。また、生徒があまり警戒しないように、生徒相談室は教室というよりも一般家庭の部屋のような印象になるようにしてあるし、相手が無意識の内に警戒しないように、両手はいつも相手に見える位置でオープンに構えている。生徒が少しでも話しにくい要因となる小さな可能性を一つずつ潰していくのは、僕が徹底していることの一つだ。


「――それで、今日フィーナ君はどんな用事で来たのかな?」


 そして、しばらく世間話をして一息吐いたときだった。遂に僕は本題に切り出した。

 彼女は少しだけ迷う素振りを見せたが、やがて言いづらそうに話し出した。


「……実は、学生騎士大会の事についてで……」

「やっぱりその話だったね」


 自分の予想が合っていたことに満足しながら、カナキは用意していた答えを並べていく。


「確かに、大会に出るとなると、フィーナ君にも敗北のリスクというのは付き従ってくる。しかも、フィーナ君の実力なら本選への出場だって夢ではないし、そのときは国王、カレン君の祖父の前で試合を行うことになる。もしそこで情けない姿を見せてしまったら、と危惧するフィーナ君の気持ちも僕だって少しは分かるつもりだ。だけど……」

「――あ、あの先生? 何の話でしょうか?」

「へ?」


 そこで、言葉を止めた僕は、フィーナが困惑した表情を浮かべていることに初めて気づく。


「あれ……もしかして、フィーナ君の悩みって」

「確かに、本選に出場することになって、カレン様のお父様――国王陛下の前で試合を行うことについて、プレッシャーが無いといえば嘘になります。しかし、そこで背中を見せて逃げてしまうようでは、私の器が知れるというもの。おそらく、先生は今回の相談を、私が学生騎士大会に参加するかどうか、ということだと思ったみたいですが、そうではありません」

「……うわぁ」


 やっちまった。さっきまで自信満々でアドバイスしてた分、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけれど。

 僕は手で目元を押さえ、天井を仰ぎ見る。勿論、手で塞いでいるから見慣れた天井は映らないが、今は何も見たくはなかった。


「先生、大丈夫ですか?」

「ごめんね……ちょっと、あまりに恥ずかしすぎて、僕の方が相談に乗ってもらいたい気分だよ……」

「先生、相談を受ける時だけはいつも強気ですしね……」

「ここでまさか追い討ちを受けるとはね……」

「ふふ、ごめんなさい」


 そこで手をどけてフィーナを見ると、彼女は柔らかく微笑んでいた。滅多に人の前で笑わない彼女がこうやって自分に笑顔を見せてくれることは教師冥利に尽きることだ。今はこれが見れただけ結果オーライとしておこう。

 僕がケフンとわざとらしく咳払いすると、彼女はなおも微笑ましい表情を作ったが、そのまま話を進めることにした。


「それで、じゃあフィーナ君は何を相談しに来たんだい?」

「ええ、実は、その学生騎士大会に参加するにあたって、カナキ先生直々に、稽古を付けて頂きたいのです」


読んでいただきありがとうございます。

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