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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
大司教曰く、「友とは未知であり、未知とは娯楽である」
222/459

深夜の訪問者 上

 ザギール首都リンデパウル。そこかしこの壁に鬱蒼と植物の蔦が絡みつき、まるで密林の奥にひっそりと存在する遺跡のような貫禄まであるこの町だが、更にその街の中心を大きく外れ、ほとんど人も通らない閑散とした通りの一つに、これまた植物による自然のカモフラージュが施され、一見すると廃墟にしか見えない家屋に彼はいた。


「ふぅ……」


 その小柄な老人――ラーマはその日の書類の検分を終えると静かに息を吐いた。デスクワークには慣れているラーマだが、年々座って仕事をする行為自体に昔にはなかった疲労を感じる。やはり年齢相応に体力も落ちているのだろう。

 そのとき、ラーマのいる部屋の扉(家屋の外見からは想像できない、上質で気品のある扉だ)が静かにノックされる。ラーマが返事をすると、自分を護衛している青年ベルグが「あなたに会いたいという少女が来た」と言った。


「こんな時間に?」


 ラーマは額の皺を深くする。それに、この場所に自分がいることを知っているのはごく限られた人間だ。だが、皇国の手の者だとしても安易すぎる。いや、それともそこまでこちらが考えると予想したのか……?

 ラーマの頭に色々な可能性が浮かぶが、それも次のべルグの一言で消し飛んだ。


「少女からは、三級魔法師からの伝言を預かっている、とのことですが……」

「ああ、彼の部下でしたか。なら大丈夫です。入れてください」


 魔法師、という言葉を聞き、すぐにカナキの顔が浮かび、安堵の笑みを浮かべる。しかし、確か彼は今国境付近で連合軍の動向に目を光らせていたはず。当分は軍務を忠実にこなす、と言っていた彼から伝言とはどういうことだろうか。

 やがてべルグに案内されて中に入ってきた少女はラーマが顔を知っている人物であり、そして“あれ以降”会っていなかったので、その姿を見て少しほっとした。彼女はザギール革命の際に共に戦った戦友であり、一度は聖天剋から自分を護ろうとしてくれた心優しい少女なのだから。


「ほっほっほっ、久しぶりですね。アッシュ・カタロンさん」

「……お久しぶりです。ラーマさん」


 アッシュは目の前の老人との再会に複雑な心情を抱いていた。会ったのは一度きりだし、それだって長い時間ではないが、不思議とアッシュの胸中にはこの老人を好ましく思う気持ちが芽生えていた。それは多分、彼が年長者として尊敬できる点が多いということもあるし、アッシュが迷っているときに手を差し伸べ、助言をくれた人物でもあるからだろう。

 だが、その再開が、まさかこんな言伝を伝えるためなんて……。


「しかし、またこんな夜更けにいらっしゃることもなかったでしょうに。今日はどういったご用件ですか? ……ああ」


 アッシュの視線が後ろに注がれたのを見て、暗にべルグに聞かせて大丈夫なのか、と危惧しているのが分かった。心を読むまでもなく彼女の一挙一動は正直で、ラーマはほほえましい気持ちになった。


「後ろの彼なら大丈夫です。大袈裟なものですが、今は私一人では危険だと、周りの方々が気を使って護衛を付けてくれたのですよ。彼は信頼できますし、大体の事情も把握しています――それで、そろそろ話してもらえますか?」


 ラーマは穏やかな表情で問いながらアッシュに座るよう促す。しかし、アッシュは首を振ると一息で言い切った。


「カナキのところに指令が届きました。内容はザギール国内の反乱因子の掃討。その主犯格にあなたの名前がありました」

「ふむ、なるほど」


 ラーマは表情を崩さずに頷く。「私とカナキ君の関係が疑われたということだね」

 アッシュはカナキとラーマの関係について詳しく聞かされていない。しかし、ザギールのあの一件から、二人は協力関係にあるのは容易に想像できたし、腹に一物も二物も抱えている自分の隊長が上層部に目を付けられていてもおかしくないどころか納得するくらいだ。


「私たちの部隊は現在こちらに向かって移動中で、明日の正午には攻撃を開始します。その前にどうか逃げてください」

「逃げるといっても、一体どこに?」

「え……?」

「私たちはあくまでも市民から有志を募って構成された、いわゆる義勇兵が中心となっています。戦力が心もとないのはもちろんですが、彼らにはこの街に暮らす家族がありますし、私たちだけが逃げたとなると、皇国は次にどのようなことを考えるでしょうか」

「それは……でも!」

「仮に逃げようにも、今すぐ逃げる、というわけにはいきません。そうするには我々は同志が多いし、その同志たちにも家族がいるのです。明日の正午には到底間に合いません」

「……」


 ラーマは紅茶を一口含み、喉を湿らせる。「しかし、ここにいてもいずれはあなた達に殺されてしまう。困ったものですね」


「私たちは民間人を殺したりなんて――」

「殺さなければあなた達が上層部に消されますよ。命令違反が重罪なのはザギールも皇国も変わらないでしょう……ほっほっほ。それにしても私“たち”、ですか。どうやら、そちらで良い仲間に巡り合えたようだ」


 アッシュは目に見えて赤くなる。


「なっ……そんなんじゃありません! 大体、あの隊で一緒にいる時間なんてまだ碌にないし……」

「……確かに、まだそこまで深い関係ではないようだ。では、あなたは直感的に確信しているわけですか。彼女たちは良い人達であると」

「ッ……」


 アッシュはまるで心を覗かれたような気持ちになり、老人から目を逸らす。それを見てラーマはまた面白そうに笑った。


「申し訳ない。私にとってあなたくらいの年代はあまりにも遠く前に通り過ぎてしまったもので、なんだか懐かしく、眩しく感じられたもので、すこしからかってしまいました。気を悪くしないでいただきたい」

「いえ……」


 アッシュは髪を指でいじると、落ち着かなかったのか結局ラーマの勧めたソファに腰を下ろした。


「しかし、どうするもりなのですか? ここから動かないとなると」

「別に今すぐ逃げられないだけであって、幾日かの猶予があれば同志たちもその家族もこの町を出ることはできます。つまりは君たちの部隊の攻撃を一度追い返し、増援を呼ぶのを余儀無くする状態にもっていけばいいのです」

「でも、私が言うのもなんですけど、うちの隊は奴隷の少年兵ばかりですけど、手練れぞろいですよ? それにティリアやエイラ、それに隊長が……」

「……アッシュ・カタロンさん。正直に答えてほしいのですが、あなたの隊長――カナキ・タイガという人間をどう思っていますか?」

「え……どうって……」


 突然の問いにアッシュは考え込む。

 思えば彼と最初に相対したのはウラヌスの戦場だった。そのときは敵同士で彼のことは敵軍の指揮官クラスの一人くらいにしか考えていなかった。

 それが、結局ウラヌス攻略は失敗し、その後に国境付近の戦闘で再開したときには全く手も足も出ず、当時の指揮官であり先輩であったカタ―ナ・ロッドも殺された。

 そう考えれば彼は自分の仇であるし、最初は彼を警戒していた。それがなぜ今、私は彼にこんなにも協力的に行動しているのだ――?


少し中途半端ですね。すみません。

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