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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
一年四組の日常
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あんぽんたん

 聞き慣れた鐘の音が鳴り響き、厳粛だった教室に弛緩した空気が流れる。


「……と、それじゃあここまでですね。後ろからプリントを回してください。まだ迷っている人は今日中に僕の所まで出しにきてください」


 僕がそう言うが早いか、早速最後尾に座っていた生徒達が前の生徒にプリントを送り始める。やがて最前列まで回ってきたプリントを直接受け取りながら、視線を彷徨わせる。


「こら、ルイス君。まだ帰りのHRが終わってないよ。クラブ活動が大事なのも分かるけどもう少しだけこらえてくれ。……ああ、リーナ君はそう急がなくていい。参加するかまだ迷っているなら、今日は五時まで僕も学校に残ってるから、それまでに保健室に来てくれればいいよ」


 教師として大切なことの中に、全ての生徒に対して気を配ることがある。生徒達の中には、これだけ沢山の生徒がいる中で、教師は自分のことなど見ていないのではないか、と思っている者も少なからずいる。そのような生徒達は総じて自己承認力が低いことが多く、僕の方で気に掛けて毎日接していくと、それが徐々に克服され、更に教師に心を許しやすくなる。故に、僕は常に教室全体に目を配り、些細なことでも生徒達に話しかけ、少しでも様子がおかしければ、いつでも相談に乗るという意思を意図的にアピールしている。最近は生徒と一定の友好関係も築けてきたので、クラスの生徒全員をファーストネームで呼ぶようにも心掛けている

 確か、こういうのをチャンス相談とか言うんだっけ。

 随分昔に勉強した知識をうっすら思い出しながら、僕は続けてHRを開始する。

 学級代表の生徒、カレンに挨拶をさせてから、僕の方で連絡事項を口にする。


「それじゃあ今日の連絡は二つ。一つは、さっきの時間に書いてもらった来週末の学生騎士大会の参加申し込みを、今日までに提出すること。このあと僕は五時まで保健室にいるから、それ以降までかかる人は直接僕の家まで提出に来るように」


 教室に少しだけ笑いが起きた。


「それともう一つ。二週間前から行方不明になっているシトリー・ハーレイさんが、ついさっき、正式に連続通り魔の被害者として認められた。ハーレイさんは先月に医療魔法の授業にも協力された人で、知っている人も多いと思う。引き続き、ハーレイさんを見たっていうことがあったら、僕に教えてくれ」

「そのときは『カグヤ』にもご一報ください」


 僕の後にフィーナがそう付けたす。

 先日、フィーナとカレンが『カグヤ』に入ったことは、すぐに僕の耳にも届いた。

 予想通り、二人の活躍はすさまじく、入隊してまだ十日程度だが、既に先輩たちに勝るとも劣らない結果を挙げているそうだ。僕としても二人の加入は大変な痛手であり、趣味の自粛に益々拍車をかけている。魔晶石の販売も、素材が手に入らないのだから、完全にストップ状態だ。

 引き攣りそうになる笑顔を精神力で押しとどめ、カナキはHRを終了させた。

 さて、今日は珍しくカウンセリングの予定はない。保健室に戻って回収したプリントの整理でもしようかな、と考えていると、僕の所にフィーナがやってきた。


「カナキ先生。あの、これからお時間ありますか?」

「ん、なんだい?」

「実は、折り入ってご相談がありまして……」

「――うん、わかったよ」


 僕は瞬時にその申し出を承諾し、回収したプリントに一瞬目を落とす。

 やはり、フィーナはまだ学生騎士大会の参加申込書を提出していない。


「準備が出来たら、生徒相談室に来てくれ」


 ここで何か言及するべきじゃない。

 短く会話を切りあげると、教室をざっと見回し、廊下へと出る。

 そのとき、教室の中ほど列の生徒、アンドレイがこちらを見ていることに気づいた。

 ルイスとは真逆の真っ白な肌が特徴の少年で、クラスでもかなり物静かな生徒であるが、ルイス達と同じく『カグヤ』に所属している。

 彼のようなタイプも相談に来ることが多いが、僕がそちらを見ると、彼は慌てて視線を逸らしてしまった。

 多少訝しく思いながらも、僕はフィーナの相談に備え、早々に教室を後にした。

 廊下を歩いている間、すれ違う生徒達に挨拶を交わす。その大半は、一度は僕の所に相談にきた生徒だ。挨拶するときに、生徒の名前も一緒に呼んであげるのも、ここ数年で学んだノウハウの一つだ。


「あ、カナキ先生……」

「お、エト君か。久しぶり」


 保健室目前のところで、久しぶりにエトに会った。

 以前はセミロングの髪をそのまま下ろしていたが、最近は徐々に熱くなってきたせいか、後ろをポニーテールでまとめていた。


「髪、括ったんだね。そっちも似合ってるよ」

「……………………あ、ありがとうございます」


 なんかお礼まですごい間があった。微妙に目線を逸らされてるし、口説かれているのと勘違いしたのか?

 確かに、エトといい、ここにはいないアルティといい、整った顔立ちをしているのは認めるし、僕が一定以上親しくしている理由に容姿が関係していることは否めない。けど、仮にアルティ君だったら肉体関係を持つことが有りえるとしても、エト君の場合はその可能性は限りなくゼロに近い。だってマティアスさん怖すぎなんだもん。


「そ、そうだ! え、エト君は学生騎士大会、参加するのかな? 申し込みはどの学年も今日までの筈だったけど」

「わ、私は」

「あー、いや、そうだよね。アルティ君ならともかく、エト君は参加するわけなかったね」

「さ、参加します……!」

「……うそ」


 強引に話題を変えるために分かり切った質問をしたつもりだったが、意外すぎる答えが返ってきた。しかし、次に続いた言葉を聞いて、僕は納得し、そして少々の不快感を覚えた。


「あの、お父さんが参加しろって。何かに利用できるかもしれないから……」

「ッ……マ、お父さんが……」


 利用というのはおそらく、例の大仕事絡みだろう。確かに、この街で最強の手練れである二人を始末する以上、策の可能性を拡げることに越したことはないが……、実の娘さえもそれに巻き込むマティアスの考えが、僕は納得できなかった。


「……お節介は十分承知だけど、僕の方からお父さんに話を付けてあげようか? もしエト君が嫌なら、僕は力を貸すよ」

「いえ、いいんです。お父さんのお陰で、私は食べさせてもらってるわけですし」

「それは子供が自覚しておくべき義務だけど、そのうえで親に我儘を言うのは子供の権利だ。君はその歳で色々と達観しすぎだ。たまには嫌なことは嫌だと言っていいんだよ」

「……先生は、優しいですね」

「流石にそれは違うって自分でも胸を張って言えるよ。僕はただ、君には幸せになってほしいだけさ」


 僕は、自然に笑顔になる。これは紛れもない本心だ。

 だって君が将来幸せになった時、マティアスさんが死んでいたら、そんな君を好き放題に出来るんだろう? それはたまらなく幸せそうじゃないか。

 すると、急にエトがモジモジし、顔を俯けた。

 ポニーテールに結ったせいで丸裸の形の良い耳は、心なしか朱に染まっている。


「あの、エト君……?」


 声を掛けたところで、エトが勢いよく顔を上げた。

 その瞳は、うっすらと潤んでいて――。


「先生っ、それなら、私はッ――――」

「――ッ!」


 エトが何か喋ろうとした瞬間、耳の後ろに冷たい風が吹きかけられる。

 僕が慌てて後ろを向くと、してやったりという顔のセニアの顔があった。


「ふっふっふっ。出会って二年以上経つけど、後ろを取れたのは初めてねぇ。よっぽど油断していたのかしら」

「セニア先生……悪ふざけも大概にしてください……」


 ここは学校なんですよ、と小声で言うと、「ふふ、ごめんなさい。カナキ先生?」とセニアが舌を出す。全く反省してねぇ。

 周りを見渡すが、幸い見えるところに生徒の姿はない。いや、厳密には目の前に、こちらを睨むエトの姿があるのだが……。


「……て、睨んで……?」

「~~~ッ! カナキ先生のあんぽんたんッッ!」

「うわっ!」


 エトが叫んだかと思うと、廊下を走って行ってしまった。『廊下を走るな』と書かれた紙が、エトの疾走した風で空中に舞う。流石鬼人の娘。基礎身体能力もかなり高いようだ。


「……ていうか、セニアさん……」

「ここは学校ですよ、カナキ先生」

「ああもう! そのドヤ顔は頭に来るのでやめてください!」


 滅多にない僕の怒鳴り声を聞きつけて、保健室から何事かと出てきたゼスを誤魔化すのに更に苦労したことは、最早語るまでもない。


御意見御感想お待ちしております。

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