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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
大司教曰く、「友とは未知であり、未知とは娯楽である」
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救済

珍しく長いです。

 その翌日、僕らの部隊は急遽、戦線をほかの隊に引き継ぐことになり、本国へ帰還することとなった。

 あれからしばらくの間、僕たちの隊には待機命令が出された。「連戦によるこれまでの疲労と功績による休暇」らしいのだが、もちろんその指示を額面通り受け取れるほど僕たちは楽天家にはなれない。


「休めるときに休むことも必要だ。戦争中だけでなく、これは戦争終結後、君たちが自由に生きることができる世界になってからもだ」


 訝しむ彼らにそう言って強引に休ませているが、僕とて胃に鉄球でも落とされたような重たい気持ちだ。

 だが、その落ち着かない日々も、三日目にしてようやく解放する兆しが見えた。


「聖イリヤウス様がお呼びです。十秒で支度しなさい」

「……久しぶりに出会って早々それかい」


 扉を開くと、翠連が目の前に立っていた。

 呆れつつも、初めて正面からまともに顔を合わせると、彼女の容貌もこの世の物とは思えないほど美しいと再確認させられる。まっすぐに伸びた眉、怜悧な瞳、実体を伴わないような透明な肌――――


「何をグズグズしている。イリヤウス様を待たせるつもりか。愚鈍な亀め」


 そして、それと正反対のこの毒舌。まあ日頃エイラの罵詈雑言を聞いてるため、この程度はそよ風くらいにしか感じなのだが。


「……分かりました。準備は不要です。すぐに行けます」

「貴様、大司教と面会するのだぞ? まさか普段着で行くわけでは……む」


 そこで遅まきながら翠連も気づいた。僕はすでに外向き用の、しかも儀式に参列するときのような結構上等な物に既に袖を通していた。

 後ろには影のようにシャロンも控えている。あれだけのことがあったんだ。呼び出しがあるのは確信していたし、むしろ遅く感じたくらいだ。


「……いいだろう。では、転移しろ」

「え、僕がするんですか」

「当たり前だろう。シャロンの空間歪曲を使う以外、どうやって転移できると思っている」

「……相当魔力も使うし、できれば徒歩で……」

「私にお前の隣を歩けというのか? 死んでもごめんだ」


 うん、前言撤回。流石のエイラでもこんなこと言わないね。一緒にしてごめんね、エイラ。

 心の中でエイラにそう謝罪すると、シャロンを武器形態にする。


「場所はどこですか?」

「いつものところだ。それくらいわかるだろう」


 ほんと一言多いなこの人。

 僕は嘆息しつつ、転移位置を最深部、見初め式を執り行った場所か。

 シャロンの鎖を床にたたきつけると、一瞬で景色は見慣れた廊下から、薄暗く広い地下空間へと変わる。ここに来るのは久しぶりだが、相変わらず辛気臭い場所だ。

 そして転移して即座に感じるこの空気――――針のむしろ、心臓を掴まれる、背筋が凍る……どんな表現すらも生ぬるいと感じてしまうほどの重圧、間違いない、“全員いる”。


「早かったのですね、カナキ」


 頭上から透明な声が響き、頭を上げようとしたところで、後ろから殺気。僕は即座に横に跳び、頭を掴もうとした翠連の手から間一髪逃れた。この行動には翠連だけでなく、ほかの六道からも驚いたような息が漏れた。


「……閻魔の話を聞いたときは眉唾と思ったが。お前、本当にあのときの転移者か?」

「いや、今のは我ながら出来すぎだよ」


 翠連の問いに、僕はこめかみに冷や汗が流れるのを感じながら答える。

 思わず反射的に躱してしまったが、これは悪手だ。翠連から発せられるプレッシャーがそれまでの比にならないほど高まるのを感じる。


「……いくら修羅道でも、横取りは感心しませんよ……? 私、彼には借りがありますの……」


 くぐもった声で薄暗闇から現れたのは先日市街地で会った餓鬼道の空離。


「そういうことならば私とてその男に煮え湯を飲まされている」


 前方からは山のような巨漢、地獄道の閻魔が現れ、静かに僕に向かってくる。

 おいおい、ここで始める気じゃないだろうね。


「……非礼をお許しください」

『――――ッ!?』


 僕の行動に他の六道が再び息をのんだ。

 僕は殺気をまき散らす六道を無視してイリスの方を向き、跪いた。今、襲い掛かって来られたらひとたまりもないが、僕は彼らが襲ってこない確信があった。


「構わないわ。あなたと友人関係になれたら、と願ったのは私の方だもの。だからみんなも、そう殺気立たないで?」

「……ッ」


 イリスの期待通りの言葉がかかり、彼らも僕と同じように黙って跪く。それを確認した僕はほっと小さく一息。全く、血の気の多い人たちはこれだから困るよ。

 そんなことを考えていると、イリスは急にクスクス笑い出した。


「カナキ、あなたってつくづく面白いわね。私に今の一言を言わせるまでは感情にさざ波すら立たせなかったのに、終わった途端、そんなあからさまにほっとした顔するなんて……ふふふっ」

「……まあ、面白かったなら何よりだよ」


 彼女はひとしきり笑うと、年齢不相応の大人びた微笑を浮かべた。


「さて、今日、あなた達を呼んだのは他でもない、今後の皇国の展望について話そうと思ったの」

「……指針?」


 本来、彼女に対して許可なく発言することなど許されないが、僕とイリスの関係性、そして彼らも僕と同じ疑問を持っていたことから、僕の言葉は誰に阻まれるでもなく、イリスの耳朶を打った。


「ええ、そうよカナキ。これまで私は誰にも、六道もそうだし、表のパーズ達司教幹部にすら、これから皇国がどう動くのかということを話したことはないの。けど今回、初めて他の人に、私の考えを話そうと思うわ――――カナキ、あなたのおかげでね」

「……えー」


 なんで最後に余計な一言を言うかな。おかげで周りからの殺気がさらに数倍膨れ上がっちゃったじゃないか。


「ていうか、僕はなにかしたっけ」

「つい先日したばかりよ。あの市街地戦で、帝国の二大将軍が一人、ソルシオ・コミューンとその直属の部隊を退けたでしょ? あのすぐ後、帝国から停戦の申し出があったの」

「うそ」

「本当よ。まあ、本丸を狙った奇襲部隊が一人残らず生還しなかったことで、カナキレベルの存在が他にもいると踏んでの判断だから、空離の活躍もあったんだけどね」


 「ありがとう、空離」というイリスに「きょ、恐悦至極です……ッ♥♥♥」と声を震わす空離。なに、そっち系なの?


「もちろん、向こうは向こうで停戦協定を申し込んでいる間に、他国に同盟を取り付けようと裏で画策しているから、まだ戦争が終結したと断言はできないのだけれど、今回の件で確信したわ――――今の勢力なら、皇国は世界を併合できる」


 彼女の言葉は予想外で、僕は思わず問い返してしまう。「併合って、君は世界征服をしたいのかい?」


「世界征服って言うと、すごく俗世的に聞こえるけど……いいでしょう、良い機会ですし、私が成就させようとしている最終目標の教えましょう」


 一同が息をのむのが分かった。彼女がそこまで話をするのは、確かにこれが初めてなのだろう。

 イリスは息を吸い込むと、毅然とした口調で言い放った。




「私の願いは、全世界の思想の統一――――つまり、全世界の人間がエーテル教の信者となることです。そもそもこの世界では、あまりにも多くの思想、宗教が溢れかえっています。だから考え方に齟齬が生まれ、人々は恨み、妬み、その身を亡ぼすのです。ならば、全てが――――全世界、全生命が同じ宗教を信じ、同じ思想を持てば、小さな争いは生まれど、戦争という痛ましいすれ違いは起きないはずです! もちろん、これを実現するためには、それまで生きてきた価値観を捨てる必要があり、それは最早生まれ変わると言っても過言ではないほどの変革を必要とするでしょう。しかし、それだけの痛みを負ってでも! この変革は人類にとって必要不可欠であると私は信じています! エーテル神曰く、死とは救いであり、殺めるとは時として善行となる――一度死することで輪廻の輪に交じり、次の世でエーテル信者として生まれ変わるのです! 今こそ、私はその教えを体現します!」




「ッ……オオオオオオオオオオオオ!!!」


 一瞬の静寂の後、咆哮をあげたのは、確か畜生道の牙碌と呼ばれていた異形の男。その声は見た目通り、人間というよりは最早獣だ。

 それでも、牙碌までとはいかないが、ほかの六道もかなり興奮しているのは伝わってきた。翠連は含んだような笑みを浮かべ、閻魔はイリスから見えない左腕でしっかりとガッツポーズ、空離は牙碌と並ぶほどに狂喜乱舞する様相を呈している。その中で唯一、天道と呼ばれていた文字通り天女のような女性、聖だけは感情に波風すら立てず黙していた。

 やがて、イリスが右手をあげたことで、それまでの喧騒は一瞬で静まった。


「みんな、喜んでくれてとても嬉しい。私の考えに賛同してくれたってことね」


 無言の同意。僕も思うことはあったが黙っておく。


「それじゃあ、みんな。これからはあなた達の力がこれまで以上に必要になる。今までごめん

ね。こんなにすごい力を持っている皆に、いつも裏方の仕事ばかりさせて。でもそれも終わり。今度から適宜、みんなには大きな仕事を頼みたいの。受けてくれる?」


 無言の同意。僕は最早頷くしかない。


「目標は半年――――その間に“この世界”を併合する……本来ならそれで終わりだったのだけど、幸運にも私は、探し求めていた最後のピースを埋めることができるわ――――カナキ、あなたのおかげでね」


 全員の視線が一気に僕に集まる。

 僕? 僕が最後のピース? ほかの六道のカモフラージュとしての、広告塔としての僕ではなく?

 急に悪寒が走った。先ほどのイリスの演説がフラッシュバックする。途端に、悪い予感は急速に形を帯びたものになっていく。


「私が求めていたのはこの世界の平和ではない……“全世界の平和”――――つまり、カナキがいた世界だって、平和にしたいのよ、私は」

「ッ…………なにを、言っているんだい……?」


 顔をあげられない。僕が今顔をあげれば、彼女には僕の考えていること全てが見透かされそうで。


「裳涅の神聖力では叶わなかった、“異世界への空間歪曲”。そうね、私の計算では三つ分くらいかしら。“三つの国の全人間の魂を喰らえば、あなたは異世界への扉を作ることができる”。まあ人によって神聖力はまちまちだし、誤差はでるでしょうけど」


 口の中が乾く。全人類の思想の統一。言い分は多少極端だが、そこには大義的な響きがまだ残っている。

 しかし、僕の中で本能が――理性を持った怪物としての僕の本能が、彼女の真の狙いがそこにないことを叫んでいる。

 そう、最初に出会ったときから感じていた彼女の儚さ、諦観、そして世界の理不尽に対する憎しみ。

 あの、見初め式で震えていた彼女は僕を見て、瞳に光を宿した。それは、自分を救ってくれるという希望の光だと僕は思っていたが、ここにきてそれが最悪の形で覆された。

 僕は彼女を見上げる。イリスはあの時のように、いや、あの時以上に瞳に光を湛えながら言った。


「全世界の人類を輪廻の輪へと還す――――俗っぽく言えば、人類を根絶やしにすれば、来世では全員がエーテル教の信者となるわけですね♪」


 彼女の言葉に、僕は思わず、反射的に訊き返してしまった。


「イリス君……?」

「――――うん?」

「君は世界を滅ぼすつもりなのかい?」


 一瞬眼をぱちくりとし(その挙動が恐ろしいほどに可愛い)、やがて冗談を聞かされたかのように笑った。




「何を言ってるのカナキ。逆よ逆――――これは救済なんだから」




 この日、こうして僕は、前の世界へと帰る希望、そして僕の趣味が費える絶望の両方を抱えることとなった。


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[一言] 六道食らえば足りるやつやな
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