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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
大司教曰く、「友とは未知であり、未知とは娯楽である」
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吐露

新章です。

 眼前には突き抜けるような青空が広がっていた。

 そこは文字通り一面の青で、雲一つ見られない。まるで絵の具でキレイに塗りつぶしたような瑞々しさだった。だからこそ、小さな球体がポツポツ浮かんでいれば、目さえ良ければ容易に見つけることができる。

 狙撃してくれと言っているようなものじゃないか。

 撃鉄を下ろしたのと同時に放たれた銃弾は狙い誤らず宙に浮いていた“レンズ”に命中。これでこの辺りの相手の眼は潰すことができた。

「ティリアくん」僕はインカム越しに語りかけた。「敵のレンズは大体破壊した。エイラくんたちに指示を出してもらえるかな?」

「了解しました」


 障害物の多い市街戦で眼を失うのは致命的だ。これで戦闘は全てこちらが先攻することができる。もうここの戦いは勝ったも同然だね。

 それにしても――――

 僕は一つ、溜息をついた。


「どうして僕は、またこんなところにいるのかな……」






 時は遡り一月前。

 ザギールでの大仕事を終え、待機命令が出た僕に待ち構えていたのは、ティリアの苦言だった。


「少佐が極秘の任務にあたっていたことは連絡されていましたが、こんなに長期の任務になるのなら、どうして事前に副官である私に言ってくださらなかったのですか!?」

「お、落ち着きたまえよ……」


 見たことのない勢いで怒るティリア。形だけ宥めるふりをしつつ、実際はこういうときは相手の感情を存分に吐露させた方が向こうも落ち着くことを知っていたので、あまり言葉は返さず彼女の言いたいようにさせることにした。


「確かに下士官には伝えることができない任務であったことも十分承知しています――――でもっ! それがっ! まさか単身でザギールの首都を陥とすことだなんて誰が想像できますか! 報告があったときは心臓飛び出るかと思いましたよ!」

「あはは……」

「何を笑っているんですか! 心配したんですから!」

「でもよ、どうやって一人でリンデパウルを陥落させたんだ?」


 そこで横合いからそうつぶやいたのはティリアと同期の精霊騎士、エイラだ。

 彼女はティリアと真逆で落ち着いており、自らの精霊装である双銃の手入れをしていた。


「一人ではないよ。あまり大きな声では言えないけど、皇国きっての実力者が一緒に潜入してくれていたし、そもそもザギール国内ではレジスタンスが台頭し始めていた。遅かれ早かれあの国は白旗を揚げていただろうさ」

「――――けど、その助っ人とやらは死んで、お前だけが帰ってきたみたいじゃねえか。え? “無道”さん」

「……耳が早いね」


 イリスが以前から考えていた「強すぎも弱すぎもしない、“丁度良い”皇国の切り札」。他の六道を隠すためのカモフラージュとして用意されていた僕の役割。それがいよいよ始まったということだろう。

 しかし、モネが死んだことまで知っているのは意外だった。ここからは少し慎重に言葉を選ぶ必要があるかもしれないね。


「正直、今あたし達の隊は他の隊から不審がられてる。理由はもちろんアンタだよ。隊長。そもそも出自すらはっきりしないアンタがウラヌス、シスキマ、そしてリンデパウルと次々と戦果をあげるもんだから、みんな怪しんでるんだよ。できすぎだってな。そこのところ、どうなんだよ?」

「たまたま運が良かったんだよ……と言っても君は納得しないだろうね」

「分かるだろ? 疑ってるのはあたしも同じだ。あんたは色々隠しすぎている」

「ちょっとエイラ!」

「ティリア、お前だって薄々勘づいてんだろ。いつまでも気付かないふりをして自分を騙すのはやめろ」

「ッ……それは」


 エイラの言葉に言いよどむティリア。やれやれ、イリスのやることを知った時点でこうなることは予想できていたが、予想を越えて面倒だな。

 しかし、逆にこれは良い機会かもしれない。僕の力、いつまでも隠し通せるものではないだろうし、これからの戦いで今の“制約”では太刀打ちできなくなることが出てくるだろう。


「エイラくん、しばらく戦闘がなくて体が鈍っているんじゃないのかな?」

「はあ? ……いや、そういうことか」


 怪訝な声を上げたエイラだが、直後に言葉の意図を理解し、口の端をつり上げた。「挑発したのはアンタだぜ?」


「ちょ、もしかしてやる気!?」

「なに驚いてんだ。話の流れでこうなることはある程度予測できただろ」

「いや、だって!」

「大丈夫、エイラくんは僕の大切な部下さ。怪我をさせたりしないさ」


 そう言ってエイラを見ると、予想に反して彼女の顔は怒気に染まっておらず、皮肉げに顔をゆがませていた。うわ、怒らせるつもりが殺意まで芽生えさせちゃったか。


「有り難いね。そこまでお膳立てしてもらえれば、あたしも何の遠慮もなく殺らせてもらえるってもんだ……ついてきな」






 連れられてきたのは軍の庁舎にある広大な修練場だった。

 さすがは首都にあるだけあって、整備はしっかりされているし、大きさもかつての世界の最後の場所、ラグーンドームを想起させた。


「それじゃ、おっぱじめるか」


 先導していたエイラが振り返り、一つ伸びをすると表情が変わった。

 殺意という感情以外一切を捨てた眼。常人なら卒倒するような殺意を常時発しているため、これでは逆に殺気が読みづらいな。

 姿勢を下げ、腰にある双銃に手を伸ばすエイラ。動いたら即座に撃つ、といった感じだね。

 さて――――


「ッ!」


 僕が徐に歩を進めようとしたとき、エイラの両手が瞬いた。

 衝撃。激痛。遠くで、「エイラ!?」とティリアの声がした。


「あんた……これ……頭が」

「チッ、しかたねーだろ。まさかこんな簡単にくたばると思ってなかったんだ」

「ねえ、嘘でしょ。嘘って言って」

「そういうの苛つくからほんとうやめろよ。戦場で生きてくあたし達なら、人は簡単に死ぬなんてことわかりきってるだろ。それをお……まえ……」

「……え?」


 赤い紫電を迸らせながら立ち上がった僕を見て、二人は硬直した。

 やれやれ、戦場で生きてる人間が聞いて呆れるよ。

 僕は(本当はしたくなかったが)威力を最小限にした『終末(ジャッジメント)』を放った。

 黒い奔流は硬直するエイラの顔の横を通過し、やがて消える。エイラが振り返った先には、鋼鉄の分厚い壁が綺麗にくりぬかれ、外の通路へと繋がる通路が出来ていた。


「あんた……」

「もう十分かな?」


 驚愕するエイラに僕が伝えた言葉。それでエイラの心に火を着けた。


「くそがっ!」


 放たれた弾丸は通常の銃弾よりも明らかに速かったが、直前に霧散していた殺気が膨れ上がったことで攻撃を予期していた僕はそれを余裕をもって躱す。

 しかし、彼女の有する精霊装『カドゥケウス』の最大の強みは速さと連射性。距離を測りつつ、銃弾を吐き出されれば、実力者であっても容易に近づくことが出来ないはおろか、一発掠って体勢を崩せば次の瞬間には銃弾に体を貪りつくされることになる。僕は本気の彼女と相対しながら、彼女の戦力の高さを十分に評価した。

 ――ざっとレートS-、サーシャの護衛をしていたオレーヌくらいにはなるだろうね。

 思わぬところで部下の正確な戦力を図れてたことに満足した僕は攻撃に転じた。距離を詰めようとする僕にそうはさせまいと弾丸を撒き散らす(とはいえ、それは無駄玉のない正確な射撃だ)が、僕はそれらを避けつつ下級魔法で牽制し、間隙を縫ってついにエイラの前に到達する。そうなればもう僕の自由だ。


「このっ……ッ!?」


 彼女を転がし、腕をとることで身動きを封じるまでにかかった時間は三秒足らず。うん、僕の体についていた錆びも、この様子じゃ落ちたといって大丈夫かな。


「もう、いいかな?」


 僕の言葉にエイラが下唇を噛み、沈黙すると、僕は満足し、頷き、彼女の体を解放したのだった。


読んでいただきありがとうございます。

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