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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
一年四組の日常
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王女の早朝 

遅くなりました。すみません。

Sideカレン


「カレン、君には特別な才能がある」


 目の前に映るのは、白黒映像の父の顔。

 なんだ、夢か。

 それを見た途端、自分がまた、いつもの夢を見ているのだと自覚する。


「カレンの中には強力で、途方もないほど膨大な力が宿っている。それは一つ間違えたらみんなを不幸にするかもしれないが、逆に、ちゃんと扱うことが出来たなら、この国の民たちを、たくさん幸せにすることが出来る」

「じゃあ、それはどうやって上手に使うことが出来るの?」


 幼かった自分は、決まって父にそう問いかける。

 父は、優しい手つきで頭を撫でる。ここからは見えないが、そのときの自分の顔は、幸福に満ち足りた表情をしている筈だ。


「それはね、その人に合った方法を、それぞれ探すしかないんだよ。その為には色々な人種の、様々な国の人と、沢山お話しをして捜すことなんだ。大人の言葉で言うと、『見聞を広めること』が大事なんだ」


 幼い自分は、ここで首をかしげる。この程度の言葉の知識さえ、私が持っていなかったから、父はもうこの世にいないのだろうか。今となっては分からない。


「これはまだカレンには難しかったかな。ただ、これだけは覚えて欲しいのが、多くの人と語り合い、吸収して、カレン・オルテシアという個人の存在になってほしいんだ」


 今聞いても、このときの父の口下手ぶりが理解できる。

 このとき私は、父の言葉の意味の半分も理解してなかったけど、父の笑顔が見たかったから、精いっぱい明るい笑顔で頷いた。


「うん、わかったよ!」


 嘘つき、という私の呟きは、私にも、父にも届かない。


「そうか、カレンはお利口さんだなぁ!」


 父が私を抱え、クルクルとその場を回る。抱えられた私は、無垢な笑顔で笑い続ける。


 そこで目が覚めた。いつも通りの急な覚醒。

 気怠い身体を起き上げ、瞼を擦る。

 あの夢を見た後は、いつも決まって自己嫌悪に陥る。それは戻らない過去を後悔するのではなく、これから来る未来に向けて、カレンの背中を後押しする力となる。

 いや、後押しというのは優しいかもしれない。それは、もう一種の強迫観念であった。


 高めろ。高めろ。


 心の内から聞こえる声に突き飛ばされるように、今日もカレンは着替えて、早朝のトレーニングに出る。


「おはようございます、カレン様」

「フィーナ、おはよう」


 外に出ると、既に到着していたフィーナが出迎えてくれる。

 時刻はまだ五時。早朝のトレーニングには付き合わなくても良いと何度も言っているのだが、自分の鍛錬にもなると言って譲らず、今では大事なトレーニングの相手となっている。

 カレンの朝のトレーニングはまず、街のランニングから始まる。魔法師とは言っても、現代の魔法師には身体能力も重要な要素とされている。それでも、カレンは元々高い身体能力を持ち、魔術で身体強化を施せば、最前線の兵士にさえ引けを取らないほどの能力を持っているが、その驕りゆえに、つい最近、一度大きな苦渋を舐めている。

 まだ静かな街をフィーナとカレンは駆ける。最初は眠っている身体を起こすという目的でゆっくりとしたペースだったが、次第に速度は上がっていく。それは、魔法師であると同時に騎士でもあるフィーナにとっては普通の速度だが、純粋な魔法師であったカレンにとってはかなり速いペースだ。


「カレン様。もう少しペースを落とされても」

「いいの。気にしないで」


 まだ起きて間もない身体に鞭を打ち、カレンは大地を踏み砕かんと言った勢いで蹴りつける。脳裏には、あれからずっと貼りついたままの、模擬戦で敗北した光景。

 カレンにも今の自分では敵わない人がいることは分かっていたが、まさかそれが自分と3つしか変わらない歳の人の中でいるとは夢にも思っていなかった。これまでの人生のほとんどを勝利で彩ってきた彼女にとって、レインとの敗北は屈辱よりも驚愕の方が大きかった。

 ――確かに、敗北というのも大事な経験です。が、次はありません。

 カレンは、貴族のようなプライドだけが高い人種が嫌いであったが、当の本人も、自覚なしにプライドが高かった。

 あれから毎日のように早朝に街を走る姫様の様子を、周りの者達はレインに負けた悔しさからだと噂していたし、実際にカレンが、近々レインにリベンジマッチを仕掛けようとしていることをフィーナは知っていた。

 ――そして、その噂を耳にした彼が、その機会を利用しない手は無かった。


「――お、こんな朝早くに奇遇だね」


 河川敷付近にあるランニングコースを走っていた二人は、声を掛けてきた人物を見て、それぞれ反応を示した。


「あ、おはようございます」

「おはようございます……、随分早いのですね、カナキ先生」

「ははは……今日は早くに目が覚めてね」


 フィーナは走りながらも軽く会釈し、カレンも挨拶は返したものの、瞳には明らかな不快を示していた。

 そして、それが分からないほど鈍感なカナキではない。それでも、苦笑いを浮かべながらカナキはなおもカレン達の隣を走る。


「二人は毎日こんな早くから走っているのかい? 感心だねぇ」

「あら、ありがとうございます。では、私たちは走ることに集中したいので、また学校でお会いしましょう」

「……」


 カレンのにべもない態度に、カナキの開きかけていた口は閉ざされる。カレンは、入学式の日の朝の出来事から、彼が愚鈍な教師だと決めつけているが、どうやら彼は、最近うちのフィーナを籠絡しようとしているらしい。フィーナとて、長年カレンと一緒にいることから、少なからずカレンの考え方が浸透している筈だったが、なんとこの男は、フィーナから多少の信頼を獲得しているらしい。どうやら魔法の腕はからっきしでも、よく回る三枚舌は持っているらしい。それを知ってからカレンは、この担任の男には多少の警戒心と不快感を持っていた。


「で、でもちょっと不思議だな。オルテシア君とフィーナ君ほどの魔法師なら、身体強化系の魔術で十分すぎるくらい身体能力は得られるじゃないか。なのにどうしてこんなに丹念に身体を鍛えているんだい?」


 絞り出すように言ったカナキの言葉に、カレンは露骨な失望と不快感を覚える。

 そんなことも分からないなんて、だからこの男は無能なのだ。どうせ魔法の鍛錬すら大してしていないに違いない。


「そ、それはあくまで戦闘前に十分な準備が取れた場合の話であって、いきなり準備なしで戦闘に突入した場合は素の身体能力が少なからず影響するからですよ」


 カレンの怒気をいち早く汲み取ったのはフィーナだ。

 仕える主に代わって、丁寧にカナキに説明する。


「十分に鍛えている並の騎士なら、魔法師と相対したときに、十メートル程度の距離なら一瞬で詰めることが出来ます。例え初歩的な魔術でも、発動までには僅かな時間を要する以上、その一瞬で勝負が決まることだって戦場では有りえるからです。無論、逆に魔法師である私たちでも、欠かさず鍛錬しておけば、魔法師相手にはそれらの戦術が有効になりますから」

「なるほどねぇ。魔力を熾すところから始めるうちの学園の模擬戦でも、それは有効ってことか」


 したり顔で頷くカナキに、カレンは横目で冷ややかな視線を送る。


「そういうことです。ご理解頂けたなら、そろそろ離れて頂いてもよろしいでしょうか? 先生も“並の”魔法師なのですから、この速度で走るのは今日の仕事に堪えるでしょう」

「いや、まあそれは大丈夫なんだけど、うーん」


 カレンの皮肉をふんだんに込めて放った言葉を軽く流し、隣のカナキは少しだけ思案するように視線を上げた。その涼しい表情に、カレンは少しだけ違和感を覚える。


(そういえば、魔力を熾してる様子もないのに、この男は何故、私たちに容易くついてこれているのかしら……)


「――うん、まあこれくらいはいいか。二人とも、これから時間はあるかい?」

「え?」


 意識を引き戻され、カレンが反射的に隣を向くと、カナキは妙に安心感のある笑顔を見せた。


「これから、少し僕と体術の練習をしていかないかい?」


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