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死刑囚、魔法学校にて教鞭を振るう  作者: 無道
ある教師の日常
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反省会 2

「でも、なんでエト君がバイトなんてしてるんだい?」

「あ、あの、たまになんですけど、お父さんが屋台を出すので、そのお手伝いは昔からしているんです」


 え。

 絶句する僕。そういえば、さっきからエト君の後ろにいる痩躯には見覚えが……。


「……カナキ、注文はそれで全部か」

「ぶっ!」

「あははっ! やっぱりいつ見ても似合わないわねー!」


 振り向いたマティアスさんの無地のTシャツに頭にタオルを巻いた格好を見た瞬間、僕は笑いを堪えることが出来なかった。格好はラーメン屋の店主そのものなのに、それらを全く着こなせていないサラリーマン顔、何より、いつも厳格なマティアスさんが手に麺を水切りするお馴染みの調理道具を持っている光景は、もうなんというか、狙ってきているとしか思えない。

 セニアが先ほどとは違う理由でテーブルをバンバン叩き、お世辞にも丈夫とは言えなそうな屋台はギシギシ悲鳴を上げる。それを苦笑いで眺めるエトと、相変わらず無表情のマティアス。


「……セニア、店が壊れる。毎度の事だが、テーブルを叩くのをやめろ」

「ふふふっ……! ご、ごめんなさい……。でも、やっぱり似合ってないわよ、その格好」

「……似合っているかどうかは問題ではない。単にこの格好の方が効率が良いんだ」


 表情を変えずに言うが、その声音には、少し拗ねたような調子が感じられた。


「で、カナキ」

「あ、ああはい。醤油ラーメン二つでお願いします」

「分かった。少し待て」


 言葉少なく頷いたマティアスは、再び僕達に背を向ける。


「はいどうぞ」


 マティアスが調理しているうちに、エトが水を出してくれた。飲むと微かに酸味があり、疲れた身体に浸透する。


「美味しいね」

「ありがとうございます。……ところで、カナキ先生とセニア先生はどちらから? ふ、二人で、どこか行ってきたんですか?」


 心なしか声が震えているエトに、セニアが妖しい笑顔で即答した。


「ふふ、ホテルよ」

「張り倒しますよ。生徒になに口走ってるんですか。仕事ですよ、仕事」

「やーねー。カナキ君って、異常性癖のくせして真面目なんだから」


 余計なお世話ですよ。


「仕事、というと、また、そっちのお仕事ですか?」

「まあ、そうだね。エト君もいたから知ってるだろうが、前の治療魔法の授業のときから僕の周りをコソコソしてる犬がいたからね。その駆除さ」

「そ、そうなんですか……」

「あ……ごめんよ。エト君の前でする話じゃなかった」

「いえ、いずれは、私が継ぐ家業にも関係してますから……」


 そうは言うが、エトはこういう話のとき、とてもではないが明るい表情はしない。隣で爛々と目を輝かせている女とは大違いだ。何故エトは、ここまで家業を継ぐことに拘るのだろうか。マティアスさんが、実は継ぐことを強制しているとか?

 空気が若干重くなったのを察したのだろうか。意外にも、セニアが雰囲気を変えるように話題を振った。


「それにしてもカナキ君。マティアスさんがラーメン屋って意外じゃなかった? 私、最初はたまたまここに入ったんだけど、そしたら今日みたいにエトちゃんが挨拶して、後ろにムスーっとしたマティアスさんがこの格好で立ってて、もう大爆笑。次の日お腹筋肉痛だったわ」

「なんか、屋台の前で笑い転げてるセニアさん、容易に想像できましたよ……」

「はい、多分想像の通りだと思います……」


 エトが首肯し、少しだけ笑顔を見せる。内心ほっとしていると、マティアスが僕達の前に丼を置いた。


「……冷めないうちに食べろ」

「あ、ありがとございます」


 出されたラーメンは、見た感じは特に変わり映えのしない普通の見た目だったが、食べてみると、案外美味しい。


「美味しいですね」

「お父さんは実は料理とか得意なんですよ。ラーメンはあんまり得意ではない方なんですけど」

「へぇ」


 これで得意料理ではないと言うのは、純粋に意外だった。考えてみたら、マティアス宅に行っても、いつもセニアかエトが料理を作っていて、マティアスの手料理を食べたことはない気がする。ていうか、ならばなぜそもそもラーメン屋なのか。

 しばらくは僕もセニアも、ただ目の前の丼に集中し、黙々と麺をすする。マティアスが火を止めたせいで余計静かだ。

 ずるずるずるずるずるー。


「………セニアさん、もっと静かに食べてください」

「何よ、ラーメンは音を立ててすするって相場が決まってるじゃない。この食べ方が良いのよ」


 美貌のセニアが会食に誘われない理由が分かった気がする。

 そういえば、とそこでマティアスに用事があったのを思い出した。


「マティアスさん、そういえば、これ。ご注文の品です」

「ああ、それか。助かる」


 僕はポケットをまさぐると、先ほどの戦闘で余った三個の魔晶石を手渡す。


「もう一個はちょっと手持ちにないんで、今度エト君に持たせますね。それと、今回はお代はいらないんで」

「……守銭奴のお前が、どういう風の吹き回しだ?」


 マティアスが眉を顰める。守銭奴は事実だが、実際に言われるとちょっと傷つく。


「いや、僕としても、今回のマティアスさんの仕事は完遂してほしいんで、これはその餞別です」

「ふふ、カナキ君ってばね、さっき、その噂のレイン君にボコボコにされてきたのよ」

「えっ、あのアルダール先輩と!? 先生大丈夫だったんですか!?」

「無事じゃなかったらこうしてラーメンなんて食べてないよ」


 血相を変えたエトを心配させないよう、笑顔でひらひらと手を振る。いつも通りの、人を安心させるあの笑顔だ。


「こうかっこよく決めてるけど、実際は本当にやばかったわよ? 身体は穴だらけになるわ足は吹っ飛ぶわ首は落とされるわで」

「え、ええぇ!!」

「セニアさんマジでやめてください! エト君が泡でも吹きそうな顔してますから!」


 この人本当に学校にいるとき猫被ってるよなぁ! 

 僕が怒っても、セニアはどこ吹く風だ。


「ねぇ、前から気になってたけど、カナキ君のあの再生能力って何なの? 魔法? 呪い? どっちにしても三級魔法師じゃ有りえない能力だと思うんだけど」

「またその話ですか。そんなの僕が簡単に教えるわけないじゃないですか。ただでさえそれ以外が平凡な僕が、それまで知られたら、本当にただの三流になってしまいますよ」

「あら、正真正銘の三流じゃない」

「そんな挑発には乗りません」

「もう、カナキ君って本当に用心ね」


 詮索を諦めたセニアは、空の丼を置いた。


「じゃあ、それは諦めるとして、カナキ君は結局どうすることにしたの? あの、お姫様の従者やってる、フィーナ・トリニティだっけ? 彼女のことは、本当に諦めたの?」

「それも前に話したはずです。今回は例外でしたが、マティアスさん達の仕事が終わるまでは、僕の方も大人しくしてますよ。おまけに、今日みたいにアルダール君クラスの魔法師がウロウロしてるとなると、僕もオチオチ仕事出来ないしね」


 まあ、色々準備だけは進めるけどね。

 心中でそう付け加えたが、勿論それは聞こえなかったセニアは、露骨につまらなそうな顔をした。


「なーんだ。でも、確かに今回はそれが良いとは思うわよ。レイン君だけじゃなく、最近は『カグヤ』や駐屯兵団もピリピリしてるから。最近外を歩いてて、彼等を見ない日なんてないもの」


 ねーお酒ってないのー、と言い始めたセニアに、エトは困り顔で首を横に振る。


「……まあ、仕方ないだろう。なにせ親交の深い隣国の王女がこの街にいる。彼女に何かあれば大問題になる。本当なら、もっと代々的に彼女に護衛を付けたいのが国の本音だろうが、王女自身が突っぱねたというから、国の大臣たちは気が気じゃないだろう」

「オルテシア君が護衛を断っていたのは初耳でしたけど……彼女なら確かに有りえそうな話ですね」


 空になった器をエトに渡し、僕は水をもう一杯もらう。

 今日は仕舞いとばかりに店じまいを始めたマティアスは、手を止めずに淡々と喋る。


「だからこそ、今回の私の仕事は一回目で確実に成功させねばならん。問題はターゲットが複数いて、どちらも腕利きだということだが、セニアがいればその問題もクリアできるだろう。……正直、お前の力も借りたかったが、今回はこの石だけで我慢しよう」

「マティアスさんは僕を買い被りすぎですよ。僕が加勢したところで、大勢に影響はありませんよ」

「そうよ。私がいるんだから、マティアスさんは大船に乗ったつもりでいなさいな」

「……お前は無駄に派手好きなのが不安なんだ」


 それは、今日一番のマティアスさんの本音のような気がした。

 僕達の話を聞きながら、エトの顔には終始、陰鬱な影が漂っていた。


今回で第一章終了です。

第二章からは、生徒視点もちょいちょい入れていき生徒から見るカナキについて描いていきたいと思います。

感想、評価など、とても励みになりますので、よろしければお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 第一部を読み終えて感想を。殺しを当たり前に、日常の一部として過ごしてるそんな主人公をよく描いてると思います。特に、悪役としてというよりひとりの人間として描いてると感じ、とても気に入りました。…
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