鼠駆除 前
だいぶ遅くなりました。すみません。
僕の眼前を、キラキラとした飛沫が飛び散る。
「全く、君のクラスは何とかならないのか!」
目の前で勢いよく唾を飛ばしまくるテュペル教諭に、僕は不快な気持ちを苦笑いで隠す。
「君のクラスはいつもいつも、あ、ある生徒が邪魔するせいで全く授業にならない! それもこれも、担任である君の責任だ!」
「ある生徒って、オルテシア君のことですか?」
「そ、そうは言ってないだろう!? 話を逸らすのはやめたまえ!」
オルテシアの名前を出すと、露骨に焦ったテュペルは、またも大量の唾を飛ばす。
どうやら名門貴族の出身というのもあり、王族のオルテシアを恐れているようだが、それよりも今目の前で自分が説教している後輩教員に対しての方が数倍気を付けた方がいいと思う。まあ、もう殺すのは確定なんだけど。
それよりも問題はあの女の方だ。僕は、尚もくどくどと説教を続けるテュペルを無視し、一週間前に授業の実習で知り合ったハーレイについての事を考える。
あのとき彼女は、僕に微細な不信感を抱いたのだろう。あの日からハーレイは、駐屯兵団の基地の中でも、僕に関する情報を捜しているようだ。しかし勿論、僕に犯罪歴などない。それで大人しく諦めればよかったのだが、どうやら次は、この街で起こっている連続失踪事件について追っているようだ。
ハーレイの態度に違和感を持ち、彼女に密かにエンヴィを付けさせたからよかったものだが、このまま放置しておくとマズイのも事実だ。幸い、まだ事件と僕との関係性を疑っているのは彼女だけなので、ハーレイ一人をなんとかすれば問題ない。
「――おい、聞いているのかカナキ君!」
「勿論ですよ。オルテシア君については、僕からも厳しく言っておきます」
「お、オルテシア君に君から言うのは構わないが、決して私の名前は出さないでくれたまえよ! 私はあくまで君のクラス全体の雰囲気について言っているのだからな!」
「当然、そこも弁えていますよ」
「ふ、ふん。ならよろしい」
ようやく口を閉じたテュペルに愛想笑いを浮かべ、「ではこれで」と僕は職員室を後にする。
さて、忙しくなりそうだ――。
「やっぱり君には癒されるなあ」
その日の放課後。今日のカウンセリングもすべて消化し、ゼスもだいぶ前に帰った。この保健室には、今日はもう誰もやってこない。
保健室の一番奥、薬の調合という名目で常にカーテンを締め切ったベッドの上で、少女は静かに呼吸していた。
いや、この言い方は正確ではない。厳密には“ただ息をしているだけ”といった方が正しいか。
少女はこの一ヶ月で、人間としての機能をほぼ失っていた。手足の指は全て綺麗に切り取られ、舌も付け根の部分がわずかに残るだけ。全て彼女の目の前で焼肉にして自身に食べさせたものだ。他にも、内臓の至る箇所に人体を食い破る蟲を仕込んであり、こうしてる間にも彼女の内蔵はゆっくりと喰われているはずだ。勿論、神経が鋭敏になる薬の投与もしているため、寝る事も出来ないような激痛が、今も彼女を襲っているはずだ。
そんな彼女だが、既に最初の頃のように表情の変化はない。つい数日前、急に電池が切れたように彼女は動かなくなってしまった。残った片目は開いてるし、規則的に胸も上下しているのだが、心の方が先に壊れてしまったようだ。残念だがよくあることだ。むしろ、前は一週間ともたなかったので、彼女は充分優秀だったと言えるだろう。
ここまで僕を愉しませるために、こんなにも頑張ってくれたのだ。出来れば今すぐにでも楽にしてあげたいところだが、貴重な命は有効活用しておきたい。
「ごめんね。もうちょっとだけ、苦しんでもらうよ」
僕は、耳に付けていたピアスを取り外すと、それに魔力を込めた。魔道具であるそのピアスは毒々しい紫の輝きを放ち、カーテンで仕切ったベッド内を光で包み込む。
「『魂喰』」
発動したのは最上級魔法。それを発動した瞬間、それまで人形のように反応を示さなかった少女が、凄い形相で顔を強張らせた。
「うっ! ――あああ……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアガガガガガガガガガガガガガガガガガガぐぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
彼女の口から今までの拷問でも聞いたことのない、獣のような唸り声が発せられる。
それも当然だ。今発動したのは名前の通り対象の魂を喰らう魔法。自我そのものである繊細な魂を喰われるのだ。それは、いくら拷問で精神が摩耗していようと、魂を直接喰いちぎられるようなこの世で一番の苦痛を味わう禁忌指定の魔法だ。
「大丈夫。このために最大限の防音対策は施しておいたから。どんなに泣き叫んでも絶対に人は来ないよ。安心して狂い死んでくれたまえ」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
彼女の足の付け根あたりから、シーツに黒い染みが広がる。口から涎、鼻から鼻水、目から涙、他にもあらゆる穴から水分を放出しながら、彼女はなおも暴れ狂う。毎回の事だが、魂を喰われるというのは相当の苦痛らしい。僕から拷問をかけ続けられた人間は、最後は四肢を切断されようとも反応一つ示さなくなるというのに、それでも『魂喰』を喰らえば、大体みんなこんな反応を示す。
それにしても、やっぱりこの魔法は最高だ。
人間が正に狂い死ぬ光景は、何度見ても飽きない。魂を喰われながら彼女は今、何を考えているのだろう。最愛の家族? 気心知れた友人? 想い続けた恋人? 今、彼女の思考を覗けるなら、僕はなんでも支払うだろう。
「くぅううううううううううううううはぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! ――――」
「あ、終わった」
『魂喰』の最後はいつもあっけない。
今度こそ、本当に只の肉塊に成り果てた彼女に、僕は黙祷する。
今まで、僕を愉しませてくれて、本当にありがとう。
何事にも感謝は必要だからね。
「……それじゃ、手早く終わらせますか」
祈りを終えた僕は、早速、今魂を喰らい、貯蔵したピアスに魔力を通し、あらかじめ用意しておいた中身が空の魔晶石に移していく。魔晶石の中身が魂魄で沢山になったら、次の新しい魔晶石へと移していく。
これが、マティアスさんにも好評の、僕のオリジナルブレンドの魔晶石だ。ポイントは、本来魔力を込める魔晶石の中身を全て新鮮な魂魄で満たすことで、市販の数十倍の出力を持つ魔力ブーストを一時的に使えることだ。
やはり、魂の力こそ、何にも勝る力だってな――。
彼女の魂からは結局、魔晶石三個分の魂魄が得られた。中途半端に余った分は、自分の残りストックへと変換する。魂魄は、その対象が強ければ強いほど、潤沢な力を得ることが出来る。四級魔法師だった彼女だが、その中ではなかなか良質な魂を持っていたようだ。
とにかく、準備は出来た。死体は後でエンヴィに処理させるとして、僕もそろそろ鼠駆除といこうか。
読んでいただきありがとうございます。
次話は早めに更新できるとおもいます。




