試練
うぅ…か、身体が小さくなっちゃった、こ、こんな事あるんだ…
でも、何処だろうここ…見覚えが無い…森?
「あたしが特別に用意した簡易結界、この中では食物連鎖が形成されてる。
あなた達はその食物連鎖の中で、下の上ほどの実力となっている。
大きな生き物に戦いを挑んでも敵わない立場、その中で10日生きて。
一応、命の保証はしてあげるけど、失格すれば料理は教えない」
「そ、そんなぁ! じゃあ、私達はこの中でと、10日間も!?」
「そうそう、10日なら大丈夫だと思うし」
「うぅ、この修行…未だに1度も…きっと、私は皆さんの足を引っ張って…」
「何でそんなに後ろ向きなの? ほらほら、今は楽しまなきゃ!」
「この状況の何処を楽しめるの?」
「ほら見て! 木がこんなに大きい! 草があんなに大きいし!
空も凄く高い! それに見てよ! 走れば周りの草が全部」
「走らないで!」
「あぅ!」
水希ちゃんが走り回ろうとするのを花木さんが全力で止めた。
「な、何するのさ!」
「この状況で大きく動くのは馬鹿がする事。
足音も沢山鳴るし、何より位置がすぐにバレる。
まずは動きを止め、意識を集中して周りの音を聞いて」
「え?」
「……羽ばたく音…隠れて」
「え? え? え!?」
ま、まだ状況は掴めていないけど、今は花木さんに従おう。
「ここで伏せてて…」
「う、うん…」
水希ちゃんも動揺しているのか、素直に花木さんの言う事を聞いてくれた。
「はぁ、行ったか…」
「うーむ、キキは狩りをする方は得意じゃが隠れるだけというのはのぅ」
「わっちも同じだな、狩るのは得意だけど、狩るわけでも無いのに隠れるのは…」
「私達はあまり上の立場じゃ無いみたい、だから、安全第一だよ。
狩りをするとしても、隙を突いて、因みに私は隠れるのは得意だけど
狩りをするのは大の苦手だから、その時の指示はキキちゃん達に任せるよ」
「お任せあれ!」
「わっち1人で良いから、お前は要らない」
「なにぃ!」
「喧嘩したら駄目だよ、仲間割れは死を意味する。
仲間は盾にするんだ、孤立するのはどっちにも利にはならない」
「た、盾って…言い切りますね」
「甘いことを言ってたら生き残れないよ、そんな綺麗事で生きていけるのは
人間や妖怪とかの、力が強い立場だけなんだから。
この世界で私達は弱者、生き残る為に綺麗事は要らない。
必要なのは、ただ生き残るという意思だけ、忘れないでね」
「は、はい…」
か、花木さんがいつにもまして真面目…かなり珍しい気がする。
花木さんは大体やる気も無く、普段だってそこまで動かないからね。
それに、いつもみたいに間延びした話し方でも無いから
本気だって言うのは考えるまでも無く分かる。
「食事をする時も、寝るときも、どんな時でも警戒は怠ったら駄目。
油断は死を意味する、でも、1人で出来る事はたかがしれてる。
連続で警戒し続けるなんて出来ないんだから、だから当然だけど
役割を回していこう、これだけ人数が居るんだ、利用しないとね」
「は、はい」
「まず、最初の警戒は私がする、獲物の捜索や探索はキキちゃんお願いね」
「任されたのじゃ」
「わっちは臭いを辿り、獲物の把握と外敵の警戒を行なう、良いか?」
「うん、お願いね、狼の嗅覚はこの場面ではありがたいからね。
私は聴覚で周囲を警戒するから、お願い」
「分かった」
「キャン、しっかりと補助を頼むぞ」
「任せろ」
「……何だか、あの3人が居るだけで安心感違うわね…」
「キキちゃんもキャンちゃんも花木さんも野生出身ですからね。
元兎、元狐、元狼、しかも全員野生で花木さんに至っては相当長生きですし。
キャンちゃんとキキちゃんは子供だったけど、狩りのコツとかは教えて貰ってるはずです」
「おぉ、何だか指示に従ってるだけで、10日程度は余裕なきがする」
確かにそれは私も思った、あの3人に言われたとおりに動くだけで
10日くらいなら、私達は平然と生き残れるような気がする。
キャンちゃんとキキちゃんは、肉食で、野生に居た間が少ないから経験不足かもだけど
それでも、1度も弱肉強食の世界を生きていない私達よりは断然上手。
更に花木さんも居る、花木さんは元兎だからね。
それも、ほぼ純正で生き残ってきた元兎、妖怪になるまで生き残ってたほどだからね。
その花木さんが居るんだから、安全面でもかなり安心出来る。
「…私達の現状の大きさは…この草の大きさから考えて、兎が近いかな。
この体格で肉を確保するのは大変そうだね…鳥を狙えれば良いけど
どう考えても難しいだろうし…草…は、皆には荷が重いかな。
私は全然平気でも、全体のやる気や集中力は落ちちゃう。
それは避けないと…となると、やっぱりお肉かな」
冷静な判断力と想像力で現状を完全に把握してる花木さんを見て
やっぱり、花木さんが居ればこの試練は簡単かもしれないと感じた。
経験してきた場数が私達とは段違いだからね。
その花木さんの指示に従って動けば10日は何の苦にもならない。
「…キキ、東南西、10間ほど先に獲物、臭いから野ねずみだ、孤立してる。
東北東、7間ほど先には兎が居る、数は…兎の方は3羽だな」
「…なら、兎を狙おう」
「良いの? 花木?」
「今は生き残る事が大事だからね、私は食べられる草を食べるよ。
そもそも兎は草食だからね、警戒は任せて」
「でも、同胞なんじゃ…」
「まだ甘いことを言ってるね、茜…まぁ、初日だし当然だけど。
でも、そう言うところ、私は好きだよ。
だけど、その感情は今は必要無い、大事なのは…生き残る事だから」
「……わ、分かりました」
同胞であろうとも、花木さんは躊躇いなく狩る事を選んだ。
私達が全員生き残る為に、同胞よりも私達を選んだ。
「一応言っておくけど、大事なのは10日間生き残る事じゃ無いの。
大事なのは、今日を生き残る事、毎日今日を今日だけは生き残ろうとする事。
10日間生き残ろうなんて考えないで、今日だけ生き残る事を考えるの、分かった?」
「は、はい…」
「わ、分かったわ…」
「うぅ、何だか重い言葉なきがする…」
「重い言葉やで、受け止めようや」
これが野生…自然界の厳しい世界…10日間は恐ろしく長いのだと、私はようやく理解できた。
普段の生活が、どれだけ幸せだったか、どれだけ恵まれていたか。
明日はどうしようとか、明後日はどうしようとか、将来はどうしようとか
自然の世界では、そんな悠長なことを考えてる余裕は無い…そう言う事なんだ。
私も頑張らないと、生き残れない!




