修行への思い
茜はあの日から、行動一つ一つに力強さを得た。
この行動を必ず次に繋げる、そんな意思を感じさせてくれる。
茜の成長、それを今、実感できているのは嬉しいもんだ。
「はぁ、はぁ、ふぅ」
「よし、ここまでだな」
「は、はい、じゃあ、お風呂入ってきます!」
「あぁ、のぼせるなよ」
「大丈夫です!」
俺の言うこともちゃんと聞くようになってくれた。
イメージトレーニングの間に何かあったのだろう。
盲目的な修行ばかりしていたのに、嬉しい限りだ。
「っと、やってますね」
「時雨か、どうしたんだ?」
「いや、こっちの巫女の成長報告と結界の拡大について色々とね」
「広がってるのか?」
「はい、爆発的にね」
ほぅ、それはありがたいな、このまま広がってくれれば後は平和な毎日だ。
「しかし、必死ですね茜さんも」
「まだ初期と比べるとマシな方なんだぜ?」
「そうなのですか?」
「あぁ、最初は本当に必死だったからな、必死過ぎて危なかったほどだ」
「そこまで…でも、今は大分マシだと」
「そうだ」
「んー、あんたも来てたのね」
「あなたも来るとは意外ですね」
「そりゃ来るわよ、あなたよりも長いのよ?」
「ぞっこんですね」
「あぁ!?」
「おぉ、恐い恐い」
時音もこっちに来て、久し振りに騒がしい状況になった。
「しかし久々だな、1ヶ月ぶりか」
「そこまで久しいという感じではありませんが、普段はどれ位の感覚で?」
「2日に1度くらいは来てたな」
「来すぎでしょう」
「何かこっちの方が落ち着くのよ、分かれ」
「分かりませんって…まぁ、何となく騒がしいこっちの方が落ち着くのは分かります」
「叡智の神も騒がしいのが好きなのか?」
「そうですね、静かすぎるのもいやですよ」
「ふぅん、そう言えば、あんたの所の信者はどうなったの?」
「あぁ、礼奏神社の近場にちょっとした村を作って過ごしてますよ」
「ふーん、ま、信者だし近場の方が良いんでしょうね」
「今まで孤立して過ごしてた信者達がいきなり広い範囲に移動できるようになっても
不安を抱いたままですし、殆ど移動は出来やしませんよ。
今までの保護下から移動とは、ちょっと恐いでしょうしね」
人で例えば家から離れて1人暮らしをする形かな。
その場合、不安と言うよりは面倒だという感情しか抱かないが。
多分、命の危機に瀕していたという経験が無いからだろうがな。
「それはそうね、移動は面倒極まりないわ」
「そうですね」
「まぁ、今大事なのはそれよりも結界の拡大速度ね。
かなり早くなったんでしょう?」
「えぇ、かなり」
「どれ位の勢い?」
「今までの4、5倍位ですかね」
「何か一気に加速したな」
「そうね、この勢いなら短い間に他の2柱の神社も範囲内に入りそうね」
「あぁ、全くだ」
今まで結界の進行が遅かったのがここで加速したのは驚きだ。
まず最初の状況から山明神社を結界内に入れるまでの時間は4年。
そして、礼奏神社が範囲内に入るまでに掛った時間は6年。
最初と合せれば10年間だ。
同じ距離とは思えないが、今までのペースだと後20年は掛りそうだったが
加速していると言う事は、もっと早くなると言う事。
恐らく残り2年間程で範囲内に入ると予想できる。
あくまで予想でしかないがな。
「圭介さんがこっちに来て、私が結界内に入るまでの時間は10年ですよね」
「あぁ、そうだな」
「この速度だと、私は後2年ほどで全部を救えると予想します」
「俺も同じだ、全く同じ予想で驚いたよ」
「流石圭介さん、私の予想など当たり前の様に把握しますね」
「お前の心を読んだわけじゃ無いがな」
多分読もうと思えば読めるんだろうが、読むつもりは全く無い。
「しかしまぁ、2年後か…その時、茜がどうなってるか見物だな」
「そうですね、面白そうです、恋歌も強くなれば良いでしょうがね」
「大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ、多分」
「そこは主として自信を持てよ」
「いや…えっと、未知数という感じでお願いします」
「つまり自信がありませんという事ね」
「全くもってその通りです」
「…お前が諦めるなよ」
「人間も神も諦めが肝心なのですよ」
「それ、恋歌が聞いたら泣くぞ?」
「えぇ、泣いてくれても構いませんよ、ね、恋歌」
「……うぅ」
あぁ、気付かなかった、既に恋歌をこっちに連れてきていたのか。
「わざわざ隠して配置するとは」
「本人を目の前にしていると、あなた達は本音を言わないでしょう?
優しい言葉というのは大事ですが、厳しい言葉もまた大事でしょう」
「貶したり、文句ばかり言っても成長しないだろう?
大事なのはそこじゃ無くて、適度な飴と鞭だろう。
良い事をすれば褒めて、悪い事をすれば叱る。
失敗にはあまりとやかく言わず、注意事項を告げる。
良い事をすれば、これが良かったのかと自覚させるためにしっかり褒める。
まぁ、未知数の可能性にどうこう言えないのは間違いないがな」
「そうでしょう?」
「と言う訳よ、あなたはまだ未知数。
修行を始めたばかりよ、でも、怠惰は駄目よ。
怠けるわけではない休憩は問題無いし、むしろしなさいな」
「怠けたことなど…いえ、すみません、修行を始める前は怠けっぱなしでした」
「今はあまり怠けてないのか?」
「それは自信を持って言えます」
「なら良い、あまり気負いしないで踏ん張れ」
「頑張れとは言わないのです?」
「怠けず修行をしてるなら、もう十分頑張ってるだろ?
それに、頑張れって助言にもなってないしな」
「では、踏ん張れはどう言う意図で使いました?」
「そのまま粘って続けろという意味だ。
継続は力なり、ある程度適当でも良いから続けるのが大事だ」
「何も考えないで続けても、意味は無いと思うけど?」
「追い込んで考えすぎて、続ける事が出来なくなっても意味ないだろ?
後、ある程度適当ってのは、考えに詰ったら誰かに投げしても良いって事だ」
これは茜が殆ど出来ていない部分でもある。
茜は責任感が強く、自己犠牲的な考えをよくする。
責任感が大きいのは良い事でもあるが、同時に悪い事でもある。
考えに詰ったとき、自分1人で考え抜こうとして
追い込んで失敗して後悔して、そして諦める事になる。
そうならないためにも、誰か、茜の場合は俺に考えを投げるべきなんだよな。
「考えすぎて失敗するのは辛いだろう?
必死に頑張って結局失敗するのもまた辛い。
成功すればそりゃ達成感も凄いだろうが、はっきり言うぞ、まず成功しない。
自分の事も分からないのに1人で必死になっても成功するわけ無いのさ。
1人で必死になってるってのは、もう孤立してるに等しいからな」
「孤立しているというのは、また恐ろしい揶揄ではありますね」
「精神的に孤立してるんだよ、1人で全部抱え込んだ地点で。
だから、責任を1人で背負ってる気になって、後悔して諦める。
それよりは、誰かに投げて一緒に考えて貰ったりする方が良いだろ?
1人でも良いから投げれば、孤立とは言えないんだから」
「その1人に投げるのが辛い事くらい、分かるでしょう?
1度投げれば後は簡単かも知れませんが、最初が辛い」
「そうだ、だから周りが投げるように諭すんだよ、楽したいだろ?」
「そうね、大きな失敗の後始末よりは、些細な問題の始末の方が楽だし」
「と言う訳で恋歌、深く考えすぎるなよ…そして茜、お前もな」
俺達が話をしているのを、茜が聞いていた。
だから例えにわざわざあいつの名前を出したんだ。
「き、気付いてたんですね」
「気付くって」
「あはは、やっぱり隠れるなんて無駄でしたね」
「あぁそうだ、無駄だった、とりあえず話しは聞いたろ?
はっきり言うと、そのまま1人で抱え込んで失敗して
その面倒な後始末を俺がするのがいやだから、頼れと言いたいんだ。
俺に迷惑を掛けるんじゃ無いかとか思ってたりしてるんだろうが
その方が迷惑だ、失敗されるとしんどい、だから頼れ」
「はい」
茜にはこう言う方が良いだろう、自己犠牲型のこいつには
自分の失敗が俺に大きな迷惑を掛けると考えれば
きっと頼ってくれるようになるはずだ。
責任感が大きすぎるのも考え物だが
言い方次第でどうにでも利用できる物だと思う。
これで効果が出るかはまだ分からないが、少しくらいはマシになるだろう。
「何か良い関係ね、羨ましいわ、水希とか一切苦労してないしね
頑張ってる様子もないし」
「え? そ、そうなんですか?」
「そうなのよ、いやほら…あの子、修行を楽しんでるから、責任とか失敗とか
そう言うの、絶対に考えてないわ」
「あはは…水希ちゃんらしいですね」
「でも、そう言うのが一番良いと思いますがね」
「えぇ、肉体的には…精神的には…果たしてどっちかしらね」
「精神的には成長しないな、間違いなく」
「私もそう思うわ、ま、なんとかしてみるわよ、それが私達の役目だしね」
「あぁ、その通りだ」
それが、俺達神の…いや、多分ちょっと違う、神としてでは無い。
これは…親としての感情、それが近いだろうな。




