曇り無き尊敬
……あらあら、全く、最後の最後で失敗したわね、あの子。
「っと」
「わ!」
兎たちは当然、私の登場に驚いた。
当たり前と言えば当たり前なのよね。
私は一応は軍神、仲間の1人が目の前で変化すれば驚くわよね。
「そ、そんな! どうして! 何処から!? い、いつの間に!?」
「そうね、ほんの1時間前かしらね」
「え、え!?」
「まー、あんたらの頭領が不自然な行動をしてたのは私が原因よ」
とりあえず、花木に取り付けた強制労働装置を外した。
流石にこのままだとずっと流れ続けて、酷い事になるでしょうしね。
意識が無くても電流が流れて意識が覚醒を繰り返すとかゾッとするわ。
我ながら、恐ろしい物を出してしまったわね、やり過ぎたわ。
「そ、その道具は…」
「強制労働装置、サボれば罰を与える道具よ、神様っぽいでしょう? 罰なんて」
「じゃあ、やっぱり頭領様は強制的に…い、いぃ、いくら時音さんでもそれは!」
「あら? 私に戦いを挑む気?」
「うぅ…か、勝ち目が無いと分かっていても、と、頭領様の為ならば!」
「……安心しなさい、この手は今日までにするわ、流石にやり過ぎた感が否めないしね。
まぁ、多分後半は結構自分の意思で動いてたとは思うけどね。
最後の最後に忘れて失敗するって事は、後半はこの装置を忘れていたみたいだしね。
それにまぁ、いい話も聞けたし」
「…そ、そうですか…じゃあ、もう頭領様には」
「これはしないわよ、今まで通りサボるなとは言うけどね。
ただ1つ、あなた達はそれで良いのかしら?」
「え?」
「この装置を使わなくなると、この子はまたサボる様になると思うわ。
当然、あなた達へ掛る負荷も大きくなるし、一緒に働く事も出来なくなる。
また昨日見たいに神社にサボりに来るかも知れないわ。
あなた達はそれで良いの?」
「…大丈夫です、どんな事があっても、私は頭領様の全てを慕っています」
「私もです」
「私も」
妖怪兎たちは全員、同じ様な言葉を続けた。
どんな事があろうとも、自分は頭領様を慕い続けて
ずっと側にいると、楽しそうな頭領様を見られるだけで良いと。
異常な程に慕われているわね、これはもはや上下関係では無い何か。
そうね、茜と圭介とかの関係に近いのかしら…家族、それが分かりやすいわね。
どれだけ離れ離れになっても、常にそいつの幸せを願い続けるとか、そんな感じ。
だとすれば、この場合はどうなのかしらね、花木が娘?
それともこの妖怪兎たちが娘なのか、ま、どっちでも良いわね。
それは本人達の中にある感情、考えても分かりゃしないわ。
「そう、ならこれっきりね、無駄な気を利かせちゃったわ。
お節介も良いところだったかしらね」
とりあえず、手に持っていた強制労働装置を消した。
これ以上この道具は必要無いと、そう確信したから。
「それじゃ、私は帰るわ、所でこの兎は何処で普段寝てるの?」
「えっと、頭領様と私達は寮で寝ています」
「寮なんてあるのね」
「はい、稼いだお金で久里さんに建てて貰った家がありまして」
「ふぅ、うーん、今日は遅くなったな」
そんな話をしていると、非常に都合良く久里がやって来た。
まぁ、あの子に話を聞こうとしていた訳ではないから
噂をすれば影って感じなのかしらね。
「あ、どうしたの? そんなに集まってさ」
「あら、たぬきも来たのね」
「えっと…何で山明の神様がここにいるとか聞きたいんだけど
えっと…そのたぬきって言うの止めて欲しいかな…なんて」
「なんでよ、私はそこの兎も兎って言ってるわよ」
「兎、わんさか居るんだけど…でも、出来ればたぬきは…
ちゃんと久里って名前を貰ったわけで」
「たぬき呼ばわりはいやなのかしら?」
「その…何だかね…少し抵抗があってね…」
「あっそ、じゃあ久里で良いわね」
「それでお願いするよ…それでえっと…どうして集まってるのかな?
花木の配下達が全員出てる理由は一体?」
「花木が死んだからよ」
「はぁ!?」
「冗談冗談、気絶したからよ」
「……いや、本当驚いたよ…そんな冗談を真顔で言わないで欲しい…」
「葬式の状態でこんな明るめの雰囲気じゃ無いでしょうに
それで、あなたは何でここに?」
「いや、今日も花木の団子を買おうかと思って…
ちょっと遅くなったから開いてるか分からなかったけど
どうも無駄足っぽい感じだね」
「あ、いえ、お団子はあります!」
「そうなの? じゃあ、買おうかな」
「はい!」
そう言って、羽衣は久里を店の中に連れて行く。
一応、私も見ておこうかしら。
「えっと、いつもので」
「はい」
その注文で分かる程に通ってるのね。
「はい、いやぁ、これが最後だったんですよね」
「どう言うこと?」
「そのままの意味で、このお団子が最後のお団子だったんです」
「丁度あたしの注文で全部だったのか」
「頭領様の予想通りでした」
「相変わらず、予想能力が異常に高いね、花木の奴は」
ふーん、やっぱり普段の動向からは想像できないほどに能力が高いわね。
不思議な物よ、これほどの能力があるのにサボってばかりって。
いや、意外とお店にいる間はちゃんとしてるのかしら。
顧客とかに目を通したりしてるのかも知れないわね。
「それじゃあ、今日はありがとう、花木と話が出来なかったのは寂しいけど
まぁ、こう言うときもあるよね」
「ねぇ、あなたと花木って仲が良いんだったっけ?」
「えっと、確かにその通りだけど」
「なんで仲が良いの?」
「えっと、偶然同じ様な場所で妖怪に変化して仲が良くなったんだよ」
「ふーん、それで今も交流が続いてるのね、何年くらい?」
「そうだね、10年くらいかな、もうちょっとあると思うけど
キリが良いのがこれ位の数字かな」
「それって、圭介がこっちに来たときと同じくらいの年月ね」
「それは知らなかった…まだ10年しか経ってないんだ」
ま、結構前から居たと言われても違和感が無いほどだしね。
それ程までに圭介はあの場所に馴染んでいる。
最初からそこに居たかのような存在感、凄い物ね。
「ま、その気持ちは分かるわ」
「やっぱり?」
「えぇ、それじゃ私はそろそろ帰ろうかしら」
「いきなりだね」
「こいつを寝かさないとね、とりあえずいつも通り四宮神社で良いかしら」
「はい、頭領様はいつも四宮神社で寝泊まりしていますし」
「あなた達は?」
「数が多いので」
「それもそうね、それじゃ、こいつは連れて行くわ。
明日からまたサボるかも知れないけど、頑張りなさい」
「はい!」
サボることが前提の頭領ってのも凄いけど、まぁ良いでしょう。
とりあえずさっさとこいつを四宮神社に連れて行って寝かせましょう。
そろそろ夕食の時間だしね。




