奇跡の連続
静かな神社の縁側に座り月を見ての酒。
こっちに来る前では考えられない状況なのは間違いない。
毎日仕事仕事でずっとそうやって生きていたんだから。
こんな風にのんびりすることは無かっただろう。
何せ潰すための暇が無かったからな。
家に帰って、飯食って、風呂入って、会社の為に寝る。
休みの日も次の会議の為の資料を作ってたっけ。
休みでも一緒に飲む相手も居なかったしな。
そんな毎日が当たり前になって、風情に興味は無かった。
当たり前、今の境遇に一切の疑問も持たず、当たり前に過ごしていた。
「ん~、やっぱりお月様は綺麗だね~」
「そうだな」
こいつは本当に生きていて楽しそうだよな。
毎日の様に自分の好きなように生きててさ。
仕事をしている立場だというのに、サボってばかり。
そのサボり度合いと言ったら凄まじいほどに。
だけど、俺も少しくらいは参考にした方が良かったのかも知れない。
毎日の様なサボりではないにせよ、適度なサボりを。
考えてみれば、仕事で給料が下がっても、金を使う時間も無いんだし
それなら多少はサボって、人生を謳歌するのも良かったかも知れない。
こう言う、適度にサボる能力は茜にも付けて欲しいとは思う。
あいつは真面目だ、真面目すぎる、現代社会なら間違いなく社畜になってただろう。
でも、あいつの周りにはこいつも居たり、人ではないにせよ
自分の生を楽しんでる連中がわんさか居る。
だから、あいつは今も適度に気を抜けたり、手を抜けたり出来てるのかも知れない。
いや、正確には無理矢理手を抜かされてるって方が正しいのかも知れなが
あいつは本当に楽しそうだ。
「…圭介~? 何か考えてる~?」
「ん? あぁ、まぁな…昔の事とか考えてた」
「あ~、こっちに来る前の事~?」
「え? 知ってんの?」
「聞えてたしね~」
「そんなに大声を出してないと思うが…茜にだって聞えてなかったぞ?」
「あはは~、私は兎の妖怪だよ~? 耳が良いんだからね~」
「やっぱり兎は耳が良いのか」
「生命線だからね~」
そりゃそうか、些細な音に反応しないと不意打ちくらって食われるしな。
考えてみれば当たり前だ。
「ま~、圭介が昔どうだったかは分からないんだけどさ~
昔の事をずっと思ってても、意味ないと思うな~」
「そうかも知れないが、記憶ってのはどうしても残るのさ。
過去の事を思っても駄目、とか言う言葉もあるが。
やっぱり、過去の事は早々忘れられないし、忘れちゃ行けない所もあるし」
「そうかもね~、でも、今は良いんじゃ無いかな~?」
「…それもそうだな、どうせ前の事だ、今は関係ないか」
今はハッキリとした目標もあるからな。
考えてみれば、前の方がダラダラとした生活だった。
何の目的も無く、ただ毎日仕事をしていただけだ。
今は明確な目標もあって、それでものんびり出来る。
茜を立派に成長させる、そして、その成長を見届ける。
俺が神で、あいつが人である以上、いつか訪れる結末くらいは分かってる。
でも、それでもあいつの成長を見届けないと行けない。
あいつの親として、俺は茜を立派に成長させる。
「う~ん、でも本当に良い月だよ~、何だか1人で見るときよりも
断然綺麗に見える気がするよ~」
「1人で見る月は綺麗じゃ無いのか?」
「綺麗なのは間違いないんだけど~、でも、物足りないんだよね~」
「そうだな、やっぱり複数で見るべきだろう」
「だね~、あ~、何かお酒に合うお団子を作ってみようかな~」
「作ってないのか? そう言うの」
「作ってないね~、お酒はあまり飲まないし~
お月見のお供はお団子だけだったからね~
でも、今回はお団子とお酒だし~、合うお団子を作りたよ~」
「それなら明日作れよ、今日はもう遅い」
「だね~、今日はこの月をのんびり見ておこうかな~
お仕事とお休みの区分けが出来ないと、楽しくないし~
やっぱり、面白い発想も生まれないし、挑戦も生まれないしね~」
「そうか?」
「そうだよ~、同じ事ばかり毎日してて、新しい挑戦が生まれるわけ無いよ~」
「それもそうだな」
同じ事ばかりしていて生まれるのは、同じ事だけだろう。
仕事ばかりしてたら、仕事への意思しか生まれない。
その仕事にやりがいも感じなくなるかも知れないな。
そこら辺、花木は相当できてそうだ…サボり魔だけど。
「う~さぎ、う~さぎ~、な~にをみ~て~はねる~
じゅ~ごやお月様、みては~ね~る~」
「いきなり歌なんて歌ってどうしたよ」
「何となくね~」
「お前は何となくで動くな」
「何となくは大事だよ~? 突拍子も無い行動って凄いと思わない~?」
「思わないかな」
「ありゃりゃ~、ま~、私は考えて動くのは苦手だからね~」
「大体は突拍子も無い事で動くのか?」
「勿論だよ~」
そこで得意げになってもあまり…とは思ったが、まぁ良いだろう。
「あ、はい~、お酌するよ~」
「ん、ありがとさん、しかしまた突拍子も無いな」
「思いだしたからね~」
「忘れっぽいな、お前」
「その分~、夢を詰め込めるんだよ~」
「その夢も忘れるんじゃねーの?」
「あはは~、そう簡単には忘れないよ~、と言っても~
私の夢なんて、もう果たされてるんだけどね~」
「ほぅ、どんな夢だ?」
「今の毎日だよ~」
「そうか」
「仲間達と一緒にお団子を作って~、友人達と一緒にのんびりと過ごして~
お月様を誰かと一緒に見てさ~、そんな当たり前の様な毎日だよ~
私には無かったからね~、はぐれ兎だったからさ~」
「…そうなのか?」
「うん~、はぐれ兎で~、ずっと1人で生きてたんだよ~?
凄いでしょ~? だから、仲間に憧れてたの~
だけど~、はぐれ兎だったから、いつの間にか妖怪になったの~
大体は穢れの影響なのかもだけど~、弱い個体は死んじゃうの」
「はぐれ兎として過ごしてたお前は気付いたら穢れに耐えられるほどになってたと」
「そう言う事だね~、で、いつの間にか配下が出来ちゃったんだよね~
でも、私が欲しかったのは対等な仲間、そんな物自然界には無いかもだけどね~」
「そうだな、群れで過ごす以上、どうしても上下関係は出来るだろうし」
「うん~、だから、妖怪になった後の対等な仲間は久里位だったんだよね~」
妖怪兎と化けたぬき、本来なら何の関連性も無かっただろうな。
妖怪になって、お互いが妖怪だという関連性が出来て仲良くなったのかも。
しかも偶然近くに居て仲良くなったわけだしよ。
「本当、偶然ってのは凄いな」
「運命とも言えるかもね~」
「それを言ったら、偶然は全部運命だろう?」
「だね~」
でも、偶然よりも運命の方が響きは良いかな。
「さて、とりあえず俺もお前に酌をしてやろう」
「ありがとね~、圭介~」
「折角だ、何かに乾杯するか?」
「そうだな~、普通ならお月様に乾杯だけど~
やっぱり今は、毎日に乾杯しようよ~」
「分かったよ、それじゃ、当たり前の様な毎日に」
「偶然生まれた、奇跡の毎日に~」
「乾杯」
俺達は2人で同時に乾杯をした…当たり前の日常。
それは奇跡の連続だとよく言う。
昔なら、そんな言葉、くだらない奇跡しか起きてないと思うかも知れない。
起きて欲しくない奇跡ばかり起きるなんて嫌だってな。
でも今は、この奇跡の連続が最高に嬉しいよ。
俺は花木と一緒に微笑み、花木が酌をしてくれた酒をゆっくりと飲んだ。




