妖怪兎の気持ちと、感謝のお餅
四宮祭りの第2夜が始まった、本当なら動けない茜も、久里のお陰で今日は自由に動ける。
ただ、この祭りのメインは花木が発案した、餅つき大会だ。
「やっほ~!待ってたよ~!」
ただでさえテンションが高い花木が今日はいつも以上にテンションが高かった。
花木だけじゃない、その傘下の妖怪兎もそうだった。
「なんでそんなに嬉しそうなんですか?」
「だって~お餅つきは兎の憧れだよ~?それも自分たちが信仰する
神様の為につけれるなんてさぁ~、楽しみに決まってるよぉ~」
妖怪兎の事に詳しいわけじゃないが、多分餅をつくという行為は
兎たちにとってはそれだけ大切な行動なんだろうな。
自分たちが信仰する神様の為とまで言ってるからな。
「なんでそんなにお餅をつくという事にこだわってるんですか?」
「それはね、妖怪兎はお餅をつくことで感謝やお礼を表現するからなんだよ~」
「つまり、妖怪兎にとっては餅つきは大切な行動って事か?」
「うん~、妖怪兎だけじゃなくって兎たち全般なんだけどね~」
月に見える模様はまるで兎が餅をついているように見えると言う。
妖怪は人間のそう言った集団的な憧れや恐怖で具現化するという。
多分、兎が餅をつくという行為は月の模様から来ているんだろう。
それが集団で広がり、妖怪兎や兎たちに影響を与えたって所か。
「ヤレヤレ、人間様の力ってすげーや」
「あぁ、分かっちゃった~?」
「あぁ、月の模様が兎が餅をついているように見えるって言うのから派生したんだろ?」
「そうだよ~、人間ってすごいよね~」
「あぁ、人間の集団の力は恐ろしいな、もはや神に等しいじゃないか」
人間は集団で生きる生き物だ、その団結力が高まり、思いは力となる。
その思いがまた他人に影響を与え、その他人が、と実質無限に続く。
それが更に強まり、本気の思いになったら、その集団の思いは具現化し、妖怪や神が生まれる。
これが俺が四宮の書庫をあさって得た知識だ。
「うん、人間の集団は神に匹敵するよ、でも、神はその憧れや救いの思いを受けるから
どれだけ頑張っても人間が神を越えることは出来ないんだよねぇ~」
「は、神様は人間の力と憧れを1つにまとめた存在かよ」
「うん、そうなるね~」
神様は人間達の心の支えになるべきだ、もしも神が存在を消すとしたら。
夢も憧れもなくなった世界か、もしくは恐怖や不安が完全に消え去った世界のどちらかだろう。
俺がいた世界は・・・いや、どっちでも良いか。
「それにしても嬉しいねぇ~、人間に感謝しないとね~」
「あ?何でだ?」
「あはは、私達に餅をつく喜びを教えてくれたからだよ、今まではそこまでだったんだけどね~」
花木はニコニコと笑いながらそう言った。
最近はこいつのこんな顔をよく見る、
「今までは餅をつく喜びなんて感じなかったんですか?」
「そうだよ~、だって、つく理由がなかったからね~」
「なんで無かったのよ」
「居なかったから・・・私達が感謝する神様なんてね」
普段は良く語尾を伸ばしている花木が、珍しく語尾を伸ばさずに言葉を発した。
「かなり真剣ね」
「あはは・・・考えたことがある?」
「何をだ?」
「感謝を伝える方法があるのに、その感謝を伝える相手が居ない悲しさを」
感謝を伝える方法があるのに感謝を伝える相手が居ない・・・か。
そういえば、ここに来る前の俺はそんなんだったな。
誰かに対して感謝をしたい、けど、親はもうおらず、仲の良い同僚も少ない。
上司は屑で一切感謝は出来なかった・・・
「私もそうだったんだよ、久里って言う仲の良い友達は居たけど、殆ど会えなくて
その頃は傘下の兎なんて居なかった、その後傘下は出来たけど、何かが足りない
そんな毎日を過ごしてた」
あの脳天気そうに見える花木にも、そんな過去があったんだな。
「そして、その足りない物を探す為に畑を荒らしたりしたなぁ・・・でもそんな時に
茜ちゃんと圭介に捕まって、悔しかったり、怖かったりした、兎鍋にしてしまおう
なんて言われたときはビックリしたよ」
あぁ、そういえばそんな事もあったな。
懐かしい思い出だぜ、つってもそこまで経ってないけどな。
「でもね、なんだか新鮮な気分だったんだよねぇ、人間と会話したのがさ」
「会話は出来なかったのか?」
「あはは、その頃の私は兎だよ?誰かに話しかけられるわけ無いじゃん」
「考えてみたら、兎が喋るってすごいことですもんね」
「うん、それで、その新鮮な気持ちを確認するために、挨拶しに行ったんだよ
そしたら、なんだか楽しくって、なんだか安心するような感覚まで覚えたんだよ」
本当に、なんで四宮神社は妖怪兎に気に入られたんだ?
花木は俺の影響だとか言ってるが、本当にそうなんだろうか?
「だからね、私は感謝してるだよ?茜ちゃんにも、圭介にもね・・・
だから、この感謝を伝えれる餅つきが楽しみなんだよね~」
花木の独特の癖がようやく復活した。
やっぱ、こいつはこの方がしっくりくるな。
「あはは、だから感謝を伝える手段をくれた人間にも感謝してるんだよねぇ~」
「そうか、じゃあ、その感謝の印をもらうのを待とうかな」
「うん、待っててね~、大会って形だけど、私は2人に対する感謝の気持ちを込めてつくからさぁ~!」
花木は今まで見た笑顔の中で最もまぶしい笑顔をして見せた。
こんな笑顔を向けてもらえるなんてな、ふ、ここに来て良かった。
「本当に、私が寂しさで死んじゃう前に会えて良かったよ」
「何か言いました?」
「いいや、何でも無いよ~」
花木はそう言うと、奥の方の大会控え室に入っていった。
少しすると、今度は別の兎が控え室から沢山出てきた。
「神様!頭領様を救ってくれてありがとうです!それに!私達の様な下賤な妖怪兎達も
否定しないで、呼んでくれて、ありがとうです!私達も頭領様と同じように
神様を信仰して!感謝のお気持ちをお渡しします!」
「頭領様には劣るかもしれませんけど!感謝を込めてつきますね!」
「あ、あぁ・・・」
「では!」
妖怪兎たちは一斉に控え室に入っていった。
あんな出来た傘下が居たってのに、あいつは寂しい思いをしてたのか・・・
ふふ、少し贅沢な奴だ、いや、もしかしたら気が付いてないのかもな。
「なんだか、私達にすごく感謝してましたね」
「だな」
「ところでさ、あの子達耳は?全く隠れてなかったんだけど?」
「・・・多分、今は俺達だけだから出してたんだよ」
「そうよね」
しばらくして、餅つき大会が始まった。
そして、何故か俺と茜が審査員になってしまった。
にしても、あいつ等、耳隠してないじゃん!
「では!つきます!」
「はい!」
「せーの!」
耳は隠れないまま、餅つき大会は続いた。
しかし、不思議なことにその大会を見ていた人達は誰1人と騒がない。
「すげぇ!妖怪が餅をついてる!」
「あはは!妖怪も祭りが好きなんだね!」
「あれ兎だろ?じゃあ、きっと美味い餅が出来るぞ!」
「妖怪兎の餅が美味いのは当然だからな!」
「あぁ!噂によると、感謝とかの思いがこもってるらしいぜ!」
「おぉ!それは美味そうだ!」
「そういえば妖怪兎って準備の時にも居たな!」
「あぁ!見た見た!耳が生えてたな!臼とか杵とか作ってたぞ!」
「じゃあ、あの杵と臼はかなり上質なんだろうな!」
・・・は、準備してる間でも気付かれてたのか、それにしても、目の前で妖怪が餅をついてるってのに
一切動じず、むしろ楽しそうにしてる・・・すごいな、何度も危害を受けてたってのに。
それでも、すぐに妖怪を容認できるのか。
「それにしてもこの神社はすごいな!妖怪までいるってさ」
「だな、どの妖怪も怖くないし」
「もしかしてこの神社の御利益かもしれないわよ?」
「かもな!流石は四宮神社だ!俺もまたいつか参拝に来ようかな」
「そういえばあそこに居るのって茜ちゃんじゃないの?」
「おぉ!本当だ!横にいる男の人は誰だ?」
「多分神様だよ!祭りの間は具現化するって聞いたし!」
「おぉ!と言うことは四宮の神様もこの祭りを楽しんでるんだな!」
神様を見たってのに結構軽い反応だな。
いや、こんなもんか、蓮もそうだったしな。
「あはは、圭介様、人気者ですね」
「あれでか?」
しばらくして、花木達の餅が出来た、俺と茜はそいつをありがたく頂いた。
その餅は、全て、今で食べてきたどの餅よりも美味しく、とても暖かく感じた。
これが感謝の証って奴か、ふふ、嬉しいな。




