種族の壁さえ超えて
「それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「……」
まず初日は特に大きな問題も無く終わったな。
少し不安な点はあったが、別に大事が無いようで良かった。
「さて、それじゃあ、私達もそろそろ」
「おぉ!」
「…ん?」
時音が移動をしようとすると、時音に猫が飛びかかる。
「な、何よ!」
「うへへ、お嬢ちゃん、スケベしようや!」
「……はぁ!?」
「流石だな、野良猫に求愛されるとは」
「はぁ!? ちょ、はぁ!?」
猫は結構勘が鋭いとは思ったが、なる程、結構そうでも無いのか。
しかし、時音が求愛されるとは思わなかった、発情期って今時期だっけ。
いや、そうでも無いと思うが…その時だけに発情するわけでは無いのか。
「ちょっと! 助けてよ!」
「お前なら振り切れそうだが」
「なにぃ! 兄ちゃんがこの可愛らしいお嬢ちゃんのつがいやと!」
「何故関西弁なんだ…あぁそうか、ここら辺の猫だとすると
水菜の口調が移ってもおかしくは無いのか」
「なんや、兄ちゃんも水菜の姐さんのことしっとるんか」
「……姐さん?」
「おうよ、あの人はチャイム様とも親しいからのぅ
それに、色々ようしてもらっとる恩人や。
兄さんらはここら辺じゃ見ねぇ面やと思ったが
もしや、あの人に話があってきたんか?
せやけど、今は姐さんはおらんで、お嬢はおるけどな」
「お嬢ってのは水希か?」
「せや! 姐さんの愛娘やで!」
娘じゃ無いが…まぁ、猫から見たらそう見えたのか。
「と言う訳でや、さっさとお嬢さんを置いて帰りな!」
「まぁ、そう言うわけにも行かないんだけど」
「帰るも何も、私の家はここなんだけどね」
「お嬢さんはわいとランデブーやで!」
「絶対嫌よ」
「ほんなら、猫の掟や! 強い方が絶対やで!」
「え? やるの? 猫相手に喧嘩って嫌なんだけど」
「うっさい! さ、勝負や!」
そう言って、猫はすぐに飛びついてきた。
何か卑怯だな、いやまぁ、猫だし。
「ほぅ、ええ動きやないか、若いの!」
「なんで猫と戦う羽目に」
「にゃん、一応様子を見に来たにゃっと」
俺達の前に現われたのはチャイムなのだろう。
しかし猫の姿だ…こんな姿にもなれるのか。
「ちゃ、チャイム様!」
「今日は随分と同胞が多いにゃ、賑やかにゃのは良い事だけど
そう言うのは、茜たちが居ない場所でして欲しいにゃ」
「す、すいやせんでした!」
猫がさっさと撤退していった。
「ふぅ、助かったよ」
「いやいや、お安いご用にゃ…にゃにゃ! お兄さん、イケメンにゃ!」
「あ?」
「超イケメンにゃ…こんな猫が居るとは…しかし、僕には頭領様が…
僕は顔で選ぶタイプじゃにゃいにゃ!」
「…猫基準ではイケメンなの? これ」
「にゃ!? 同じ雌猫にゃのに分からにゃいのかにゃ!?
は、もしやつがいだから、このイケメンが当たり前とでも!」
「いや、猫初心者だからそう言う判断が出来ないだけよ」
「猫初心者? また随分と妙な言い草にゃ。
猫は生まれたときから猫にゃ、化け猫は別だけどにゃ」
「いやいや、初心者なのよ、あまり猫になる事無いし」
「……ね、猫になる事があまりない? そんにゃ馬鹿にゃ
姿を自在に変えられるというのかにゃ? そんな事が出来るのは神様くらいにゃ」
「まぁ、神様だから出来るんだけどね」
「…ま、またまた、僕が知ってる神様は3人だけにゃ」
「まぁ、その3人のうち2人なのだけど」
「……は! も、もしや!」
「バレないものなのね、私は時音よ
で、あんたがイケメンと言ってた方は圭介よ」
「にゃ、にゃんと! じゃあ、僕の愛のこ、告白は!」
「筒抜け、と言うか堂々と告白したわ」
「にゃ、にゃぁあああああ!」
恥ずかしかったのか、チャイムはすごい勢いで山明神社から飛び出した。
「…聞かなかったことにした方が良かったんじゃなかったのか?」
「からかえる相手はからかわないと、で、あんたはどうなの? 告白」
「ん…まぁ、チャイムが可愛らしいのは認めるが、恋人とは違うかな。
どっちかと言うと、面倒が焼ける従妹とかそんな感覚だし」
「まぁ、見た目は幼いしね」
「それに、化け猫は化け猫と付き合った方が良いんじゃないか?」
「種族を超えた愛ってのも美しいと思うけどね。
まぁ、それ以上に儚いでしょうけど」
種族が違えば寿命も違う…当たり前の事だ。
種族を超えた愛というのは何とも美しいが
やはり時音の言うとおり、それ以上に儚いのだろう。
「その儚さを全て知って受入れて、それでも心が変らないのなら
私は別に何も言わないし、ただ美しいと思うけどね」
「本気の恋なら、それでも受入れるだろうけどな」
「恋はいつでも本気よ、ただ盲目になるだけよ。
その盲目が晴れて、事実を知って、それでも受入れると言うのなら
それはきっと、種族を超えようと超えまいと、真実の愛でしょうね」
「恋は盲目、よく言うよな」
「えぇ、だから、付き合ってすぐに結婚は長続きしなくて
長く付き合っての結婚は長く続くんじゃ無いの?
私は恋愛経験は無いからなんとも言えないけど」
「意外だな、恋愛経験が無いのは」
「私は神よ、私が恋に落ちるような相手は……そういない」
「そうか」
種族を超えた愛、それにはきっと恋以外も含まれる。
時雨が言ったことはきっと正しいんだ、正しいことなんだろう。
それでも、俺の心が変ることはきっと無いだろうがな。
「うー! 枕投げしよう!」
「……」
「枕投げ!」
「ぶふ! …うぅ、み、水希ちゃん…痛いよ…」
「枕投げ!」
「もう凄く遅いよ? 早く寝ようよ…明日も早いんだから」
「折角私達だけで泊まってるんだから、遊ばなくっちゃ!
もしかしたら、もうこんな事出来ないかも知れないんだよ?
楽しい事はどんな時でも全力で! 今は今しか無ーい!
楽しまなきゃ人生損々! 未来に興味は無かろうと
今一瞬は常に全力! それが山明の巫女の心得やって師匠も言ってた!」
「…もぅ、仕方ないなぁ、水希ちゃんは」
「いやっふー!」
「うるさいです、寝かせてくだふぁ!」
「あはは! 直撃ぃ!」
「な、なんで恋歌さんを狙ったの!?」
「く! もう許しませんよ! 全力で叩きます!」
「あはは! 恋歌の全力なんて恐くないもーん!」
「このぉ!」
「うっさい」
「あ! 枕が叩き付けられた!」
「…ふぁぅ、寝るなら寝る、遊ぶなら遊ぶ。
遊ぶならお姉ちゃんも混ぜなさい」
「あはは! 大! 歓! 迎!」
「これは、明日は寝坊だね、あはは、まぁ、良いけど」
「時間は案外たっぷり無い、だから使い所はしっかりと!
遊びや楽しみが全てにおいて最優先やぁ!」
「暇な時間は地獄の時間、楽しい暇は至福の時間、暇な時間は自分の為に。
四宮の巫女、いや、人間ならしっかりと楽しんで行きなさい。
だから、私も全力で!」
「あはは! さぁ、楽しもう!」
……ふ、こいつらが楽しそうなのに、俺達が沈んでちゃ世話無いよな。
こんな楽しそうな会話を聞いて楽しめない様じゃ、何処までも退屈だろうしな。
俺は人の姿に戻り、隣で楽しそうに笑ってる時音を見て、改めてそう思った。




