本気の連携
「それじゃあ~、始めようか」
花木の表情が変った、どうやらそろそろ本気を出すつもりらしい。
あいつが本気を出すと、普段ののんびりとした口調は消える。
そして、普段の優しそうな表情も変り、相手を正確に見る。
少しだけにやりと笑い、本気を出すという感じだ。
「猫ちゃん、始めようか」
「え? にゃ、何か雰囲気変ってにゃいかにゃ?」
「本気を出したんだから、普段みたいにのんびりじゃ無いよ?
ここからは手加減無しだよ、少なくとも私はね!」
花木はすぐにその足場から姿を消した。
何処に行ったかは分かった、周囲に展開している障害物だ。
同時にチャイムの姿も消えた、俊足2人の連係攻撃か。
花木が本気を出した姿は初めて見るかも知れない。
団子を作るときにの本気は何度か見たが
戦いであいつが本気を出したのは恐らく今回が初だろう。
「お姉ちゃん!」
「うん、任せて」
「水希はイーリアさんを抑えて!」
「分かったよ!」
「えっと、恋歌さんは何とか楓さんを抑えて!」
「え? でも、私の攻撃はあの人には届かないし
ここじゃあ、私は何の役にも…」
「あなたが居ないと私達は勝てないの、皆で一緒に戦わないと勝てないの。
だから、あなたは私達に必要、あなたの攻撃は確実に私達の役に立てる!」
「……分かった」
巫女4人は全員一箇所に集まり、各々が各々を守れる体勢を取った。
普段は作戦行動など取らない水希だが、今回は茜にしたがっている。
「それ!」
「うにゃ!」
「く!」
茜と藜は水希、恋歌を守ることを最優先に立ち回っているようだ。
その間に、恋歌は何とか弓矢で楓を狙うが、攻撃は全て逸らされる。
少しの動揺の間だ、すぐにチャンスを見た花木が恋歌へ攻撃を仕掛ける。
「させない!」
「おっと」
茜は恋歌への攻撃を遮る…だが、恋歌はドンドンと自信を無くしていった。
自分の攻撃は当らず、自分はただ守られるだけ。
「そら! どけ! 水希!」
「イーリアを止めるのはあたい! 茜たちの邪魔はさせないよ!」
「へ、お前が仲間を守るってのは新鮮だが! それでこそ人間だぜ!」
「うぅ!」
「当然、そんな風に成長した奴に手加減ってのは失礼だからな!
鬼の血を引く妖怪として、俺はもう手加減はしねぇぞ!」
「て、手加減なんていらないよ! あたいには茜ちゃん達が居るから!」
「ふふ! で、その茜たちはお前を守るのかぃ?」
「な!」
イーリアとの交戦に横槍を入れるように楓のカマイタチが飛んで来る。
あまりにも不意打ちだったからか、水希は動けなかった。
「させない! それが私の役目だから!」
だが、水希へ飛んで来た攻撃は、全て茜が叩き落とした。
「で! お前はどうする!?」
水希を守ることで茜には大きな隙が出来た。
いくら茜でもあの状態でイーリアの攻撃は防げまい。
「当然、あたいが守る!」
「へへ!」
イーリアの攻撃を水希が抑えた、その力を全身全霊で押さえつけて。
「でも、流石にこれはどうかな?」
茜へ向って花木とチャイムが同時に攻撃を仕掛けた。
茜は槍の構えを変え、2人の攻撃を同時に受け流した。
「おぉ!」
「にゃ!」
「そ、そこです!」
「させませんよ」
大きな隙が出来た2人に向けて恋歌が矢を放つも、その攻撃は風で逸れる。
「…うぅ」
「恋歌さん! 諦めないで! 攻撃をして! 休む事無く!」
「でも、私は!」
「私達はあなたを守る、だからあなたも私達を守って!」
「……う、うぅ! やる、やりますよ!」
茜の言葉に触発された恋歌は何発も何発も矢を放つ。
その攻撃は全て風で逸れ、全く当る気配は無かった。
まぁ、茜にもそれは分かる筈だ、予想能力に秀でている茜が
そんな当たり前の事を想定できない筈が無いからだ。
ならば当然、この攻撃にはしっかりとした意味がある。
一応、何が狙いかは分かっているんだが、さてどうなるか。
問題は花木とイーリアだな、あの2人の勘は鋭いからな。
だが、イーリアは水希との戦いを目一杯楽しんでいる。
恐らく周囲には目が届いては居ない、なら1番危険なのは花木だ。
「うりゃぁ!」
「およよ」
それは既に茜も理解している様だ、だから茜は花木を押さえる事に集中している。
この中で最も聡明である花木を抑える、防ぐ事、避ける事で手一杯にする。
そうする事で周囲への注意を逸らして居るという訳だな。
「さて、良い判断ね、確かに花木は厄介でしょう」
「あんなのんびりしていてあいつ、相当勘が鋭いからな。
最も危険度が低そうで最も厄介なのがあいつだろう」
「その聡明さでは久里を凌ぐわね」
久里は戦術生に秀でてはいるが、花木ほどに勘は鋭くは無い。
想定した戦況に引き込むのが得意なのが久里で
花木は相手の想定を見抜くのが得意だろう。
「楓は指示を元に動くのが得意ですからね、さて見抜けるかどうか」
「最初に私を倒そうとするのは非常に意外だよ、茜」
「あなたが厄介なのは分かりきってますよ!」
「あはは、この場面において、私を最優先に倒す理由はない。
最優先に倒すべきはイーリア、でも、あなたはイーリアには攻撃をしてない。
最初に私を狙ってるって言うのもまた妙だと思うな~
そして、私を選んだのも少し不自然、だって、素早さや攻撃力はチャイムの方が上。
確かに私は瞬間的な移動速度は凄いけど、継続的には早くないからね
…さて、ここまで言えば分かるでしょう? その作戦、もう分かってる!」
「く!」
体勢を崩しながら、花木はある方向へ足下の小石を蹴った。
その先には身を潜めながら楓へ向っている藜の姿があった。
「うぅ!」
「次に倒すべきは恋歌ちゃんの攻撃を阻んでいる楓ちゃん。
どうすれば距離がある楓ちゃんを倒せるかなんて簡単だよね。
身を潜めながら近づいて排除する、だけど、その作戦はあまりにも基本過ぎた。
私を止めようと動いたのがむしろ失敗だったかな、いや、どっちでも失敗かな」
「な、なら! せめて花木さんだけでも!」
「さて、どうするのかな?」
「…なんて、基本が駄目なら、基本を砕く!」
花木へ向って槍を振り上げたと見せかけて、茜はすぐに向きを変えた。
「まさか!」
「うりゃぁあ!」
茜は藜に気を取られている楓に向って、槍を投げる動作をした。
「させにゃい!」
しかしだ、それをチャイムが止める…だけど、茜の表情は余裕そうだった。
「恋歌さん!」
「分かってます!」
「お!」
2人が茜に気を取られている隙に、恋歌が楓に向って矢を放った。
「へ? あぅ!」
完全に藜に気を取られていた楓はその矢に気付くことが出来ず直撃した。
「これは!」
「来たわね」
「へ、ナイス茜」
茜があの動作をしなければ、恐らくチャイムが恋歌を抑えた。
しかし、茜は自分を囮にすることでそれを防ぐ。
ただその代わり、茜はこの場で退場となる。
「うぅ…でも、まだ!」
「……ふふ、流石だね茜ちゃん、良い判断だよ」
「まだ私達にも勝算はありますね」
「でもさ、茜ちゃん、1つ見落としてる」
「え? 何を…」
「それは、あなたが他の仲間達に与えてる影響
茜ちゃんはそれを少し過小評価しすぎたね。
茜ちゃんが他の巫女達に取って
どれだけ精神的主柱になってたか、自覚してみると良いよ」
「私何かが抜けても、まだお姉ちゃんも水希ちゃんも」
「自分の大きさ、しっかり知っておくと良いよ、自己犠牲は成功を呼ぶとは限らない」
花木の言うとおりだった、茜が抜けたことで巫女達の連携は一気に崩れた。
茜はあまり強気では無いが、何処かでしっかりと周囲をリードしていた。
全員のやる気を最初に出させたのも茜だ、その後の戦術も茜の指揮だ。
茜は自覚が無いうちに、連携の中核になっていた。
その茜が抜けたんだ、重要な中核が抜けて形を維持できるわけが無い。
その後、巫女達は必死に抵抗するも、その後1人だって倒せず敗北した。
「…ま、面白い勝負だったわね」
「そんな…」
「茜、お前はよく頑張ったよ、だが、少し自分を低く見過ぎだ。
そこもお前の悪いところだな、いつも自分を忘れる」
「…すみません」
「仲間の為に戦うってのもそりゃあ、大事な心構えだが
ちゃんと自分の為にも戦わなきゃな」
「…はい」
「お前は周りにとっても大事な存在だと言う事もしっかり覚えてろよ?」
「はい」
「ごめんね、あたい達が不甲斐ないばかりに」
「んーん、謝ることは無いよ、私の方こそごめんね」
「1番駄目なのは私ですよ…何も出来なかった」
「恋歌さんはしっかり頑張ってました! 自分を責めないでください」
「…ありがとうございます」
「…私、姉としてしっかり成長するよ」
「お姉ちゃん、今度こそ勝とうね!」
「うん!」
「ま、茜と藜が刀だったらどうなるか分からなかったかな。
後は水希が素手だったりしても、結構ヤバかったかもしれねぇな」
「あぁ、そうだな」
「ま、あなた達の実力は大体把握したわ。
あの戦いの中でもう成長してるし、別にこれ以上は不要かも知れないけど
一応、まだ修行する?」
「はい!」
「全員、良い返事ね、よろしい」
修行が終わった後、もう一度同じ様に戦ってみて貰おうかな。
どれ位成長したか、それを見せて貰う為にもな。




