4対4
「えーっと、こうかな」
戦いが始まる少しの間で茜は武器の持ち方を模索していた。
槍の構え方は大体1つしか無い訳だが、多分茜の場合は
その1つの他にどんな風に持つかを考えている。
茜は防御特化型の戦闘スタイルだ。
防御は攻撃よりも難易度が高いのは分かりきっている。
素早く相手の動きに反応して行動する必要があるし
相手の動きを予想する技術も当然必須となる。
茜は相手の動きを予想する能力には非常に長けてはいるが
色々な型を用意していないと、その予想に身体が付いていかないだろう。
「…んー」
藜は薙刀の刃を下に向けての構えを取っている。
薙刀は何だか上に刃を向けているイメージの方が強いが
藜は足下に刃を向けていると言う事だ。
恐らくだが、藜の戦闘スタイルはカウンター型なのだろう。
「よしっと!」
水希は普通に大太刀を前に向けて構えて居る。
まぁ、大太刀の構えはあまり複数あるとは言えない。
あまりにも大きすぎて、安定できる体勢が早々無いからな。
「…えっと、こうでしょうかねぇ」
恋歌はとりあえず弓矢を構え、近くの木に向けて放った。
恋歌が放った矢は的確に狙った的へ当たり、恋歌は小さく頷いた。
これで少し満足したと言う事なのかな。
「さて、準備は良いか?」
「……はい」
イーリアの問いかけで茜は自分の構えを決めたようだ。
茜が最初に構えたのは無難に相手に刃を向ける基本の構え。
…さて、この構えからどんな動きが出来るのか楽しみだな。
「行くぞ!」
最初に動いたのはイーリアだった。
「よーし!」
イーリアの動きに対応したのは水希。
あいつは巨大な大太刀をもっているとは思えない程に素早く動き
一気にイーリアへ攻撃を仕掛ける。
「それをもって、その速度というのは確かに評価するけど」
「およ!」
しかし、あまりにも大振りな攻撃はイーリアに当ることは無かった。
いとも容易くその大振りを回避し、すぐに背後にまで移動した。
「さて、これで」
「はぁ!」
「うぉ!」
水希を守ったのは茜だった、茜は自分がもっていた槍を投げる。
イーリアは不意打ちに対し、ギリギリ反応出来たようで
その槍を弾くが、恐らく何処に弾くかは分かってたのだろう。
茜はイーリアが槍を弾く前に既に動き、イーリアが槍を弾いた場所へ移動していた。
あの射角、そこからイーリアの体勢、反応出来た場合の反応時間。
イーリアが不意に弾く場合の力加減、そこら辺を予想して動いたとすると
茜の予想能力は他の追従を許さないほどに飛び抜けている。
「な!」
「そこです!」
「ち!」
すぐに弾かれた槍を取り、イーリアへの追撃を仕掛けようとしたが。
「させないにゃ!」
「うぅ!」
その攻撃を防いだのは、周囲の障害物を飛び回り接近して来たチャイムだった。
茜は辛うじて反応し、その攻撃を避けたものの、追撃を防がれたのは大きかった。
「ふふ~」
「嘘!」
そのチャイムの背後にいたのは花木だった。
あいつは素早い動きで、すぐに茜へ攻撃を仕掛けられる場所へ移動していた。
完全に不意打ちだったのだろう、流石の茜でも
ここまでの複数体の動きを予想して動くのは困難だったらしい。
どう考えてもこのままでは茜がやられるのは目に見えているだろう。
「茜!」
「お姉ちゃん!?」
「…っと」
茜の前に姿を見せたのは藜だった。
花木は藜の乱入に反応し、攻撃の手を止め、その場から距離を取った。
花木はあんな感じで分かりにくいが、実は危険に対しては非常に敏感だ。
あのままの攻撃では不味いと、そう判断したのだろう。
動きが速いチャイムと花木の2人だが、カウンターには弱いだろう。
攻撃を流され、体勢が崩れたところへの攻撃への対処は難しいだろう。
素早く動くには体勢が大事だからな、崩されちまえばどうしようもない。
「う~ん」
「逃がすか!」
その場から距離を取ろうとしている花木を撃ち抜こうと恋歌の矢が飛んでくる。
しかし、花木の表情は一切変化することがない、焦りは全く感じない。
あの体勢では矢を避けるのは難しいだろうが
そもそも花木は避ける素振りすら見せていない。
「な!」
まぁ、花木は次に何がどうなるかを想定していたのだろう。
恋歌が放った矢は花木に当ること無く、きれいに逸れた。
狙いが甘かったわけではない、狙いは正確だった。
だが、花木へ向って飛んでいった恋歌の矢は花木を貫くことは無かった。
それは突風が吹いたからだ、幸運なことに突風が吹いたから。
なんて言っても、実際は幸運でも何でも無いんだけどな。
「なんて運の良い!」
「あはは~、運とは違うんだよね~」
「相手の種族を考えて行動することをお勧めしますよ」
「…そうか! 天狗は!」
「ハッキリ言いましょう、私が居る限り、あなたは無力ですよ」
「く! でも」
「うわぁ!」
「へ!? あぁ!」
恋歌が次の矢を用意しようとした瞬間、水希が恋歌に直撃した。
「さて水希、少しくらいは鍛えてるとは思うが
相変わらず単純な行動ばかりだな、そんなんじゃ容易に避けられるぞ」
「う、うぅ…」
あの攻防の間だ、水希はイーリアと戦っていたようだ。
そして、イーリアが反撃を受けて恋歌の方に飛ばされたという所かな。
「にゃにゃにゃー!」
「と、っとと、ふぅ、そこ!」
「うにゃ!」
「うぅ、やっぱり攻撃は…」
「そ、それを何とか克服するべきだと僕は思うにゃ。
その気になれば、あれは当てられたと思うけどにゃぁ」
「で、でも…やっぱり」
「甘々にゃ」
チャイムの攻撃を全て捌き、チャイムの体勢が最も崩れた場面での攻撃を仕掛ける。
だがしかし、その攻撃には明らかな迷いもあり、チャイムには当らなかった。
茜の技術はピカイチだ、必死に鍛えただけあり、その技術は本物だ。
でも、今の今までその甘さが消えたことはなかった。
反撃を正確に仕掛けることが出来たのは藜に対してだけだったしな。
あれは相手を救うために仕掛けた攻撃…倒すための攻撃ではなかった。
それは茜の良いところであり、また悪いところでもある。
「う~ん、皆何処かに弱点があるよね~」
「全くだ、水希、お前は突撃ばかりしか出来ない。
周囲との連携が大の苦手で、茜がいなけりゃ何も出来やしない。
あいつがお前に合せてくれているから、さっきは俺に勝てたのかも知れねぇが
それは茜がいるからこそだ、お前は弱い足手まといなんだよ」
「そんな事は無いもん! あたいは強い!」
「そうだな、お前は強い…だが、1人で何でも出来るわきゃ無いのさ
そりゃあ、1対1なら1人でやるべきだが、これは4対4、連携さえ出来ないお前は
ただの役立たずなんだよ」
「そんな事…」
「頭領様の巫女様は甘過ぎるにゃ、そんにゃんじゃ、1人じゃにゃにも出来にゃい。
相手を思って大事にゃ事を忘れて居るにゃ」
「だ、大事な事…?」
「相手を倒さにゃいと、大事にゃ人達が倒されるだけにゃ
どっちを優先するべきか…しっかりと考えるべきにゃ」
「……」
「藜ちゃんは~、そうだね~、茜ちゃんの事ばかりを考えてるね~
周囲の動きに合せようとしてないよ~、なんで茜ちゃんと
猫ちゃんとの戦いばかり見てるのかな~、周りを見るべきだよ~」
「私は…妹を守りたくて」
「あはは~、信じると言う事も妹を守る為には必要だよ~?」
「……」
「恋歌さんは少し感情的になりやすい点が見受けられますね。
叡智の神の巫女だというのにその動きには聡明さがない。
ただチャンスを掴もうとしかしないのはよろしくありませんね。
戦いにおいて、情報収集や予想能力は必須ですよ?」
「く、よ、妖怪なんかに…」
「随分と妖怪を嫌がってますね」
「妖怪相手に何も出来ないのはもう嫌ですし!」
「ふふ、では相手を知り、己を知りなさい。
相手を否定しか出来ない様ではあなたは弱いままです」
「く!」
正確に相手の弱点を把握している妖怪組。
あまりにも感情的になり、更には弱点を全て看破されている巫女組。
勝負は目に見えている…やっぱり、まだ問題が多いな。
だが、まだ分からない…それが戦いだろう。
「やれやれ、これでは勝負は既に決っていますね」
「あらら、これで勝負を決めるとは、あまりにも早計ね」
「この状況でどうすれば勝てると思うのです?」
「戦いは状況が全てではない、それにこの差なら、まだ容易にひっくり返せる」
「…やれやれ、よく分かりませんね」
「すぐ分かるだろ、ま、どっちが勝つとかは断言できないが
少なくとも、このまま一方的な勝負にはならない事は保証しよう」
「あなたまでですか? …ふーむ」
さて、勝負はここからだろう、戦況はいつでも覆る。




