2人の四宮の巫女
「……」
茜が礼奏神社で待機を始めて2時間ほど経過した。
未だに動きは無いが…そろそろ、僅かな気配を捉えた。
「来た」
茜もその気配に気付いたようで、礼奏神社内から
境内へと刀を構えてゆっくりと出て来た。
そのタイミングに鳥居の前に1人の少女が姿を見せる。
その容姿は確かに茜に似ている、身長も同じほどだ。
だが、瞳は赤く光っている…服装はボロボロの巫女服だった。
四宮神社の巫女服とは少し違う、茶色と白の巫女服。
髪の毛は短く、そしてボロボロだった。
体中も傷だらけ、何よりも特徴的な傷は胸部にある穴だった。
そこまで大きい訳ではないし、そこから出血をしている分けでもない。
だが、その胸部の穴は位置的に心臓を貫いていることだろう。
「…傷が、少し回復してる」
恋歌の独り言が聞えた…どうやら、最初よりも傷が癒えてるみたいだ。
何故か…それは恐らく力を奪ったからなのだろう。
もしかしたら、あの子が巫女を狙ってる理由は
巫女の霊力が自分の身体を癒やすからなのか?
「……その巫女装束…知ってるよ」
「え?」
「四宮神社の…巫女装束……あぁ、そうか…そうなんだ。
あなたが…今の四宮の巫女…」
「……やっぱり、あなたは師匠が言ってた…私のお姉さん…」
「……違う、あなたは私の代わりでしかないんだ、偽物だ」
「わ、私は!」
「私が死ななければ、あなたは四宮の巫女では無い。
あなたは私が死ぬ事で生まれた、私の偽物」
「……そんな事」
「だから、私の為に死ね! その場所は私の物だ!」
「私は! 私は四宮の巫女! 私は私!
偽物じゃ…偽物なんかじゃ!」
「死ね!」
「うぅ!」
茜の動きにキレが無い! 動揺してる!
参ったな、精神攻撃を仕掛けてくるタイプだったか。
姉だと言うから、もう少しやさしめなのかと思ったが
異常な程に容赦が無い! あの執念は!
「お姉様の隣は…私だった筈なんだ!」
「うぅ!」
藜の攻撃手段は剣、本来なら四宮の巫女となるはずだった少女だ。
その攻撃方法も四宮の巫女特有だと言う事か!
間違いなくあの子の剣は葵に教わった剣だ…腕は相当!
「お前がいなくなれば、また、私が!」
「……くぅ!」
しかも、殺意がある…明らかな殺意が…不味い、失敗だったか!
「茜! 今すぐ俺を!」
「いえ! 圭介様! これは…この人は、私が倒します!」
「な!」
「……私が…止めます!」
茜が相手の攻撃を流し、そのままカウンターを決める。
こんな真似を茜がしたのは初めてだった。
茜は今まで、攻撃を流すことは幾度となくあったが
正確に的確に、攻撃を流した後にカウンターを決めたのは今回が初だ。
「……くぅ!」
茜の一撃は的確にあの子の急所を斬っている。
だが…一撃はさほど深くは無い、あぁ、狙いは分かった。
茜はあの子を殺すつもりは無いんだな。
あいつが持っている剣は妖怪・幽霊に特攻だ。
あの子が元人間なら、その剣でもしかしたら救えるかもと言う事か。
「…うぅう!」
だが、あの子はその一撃を受けても動き続けた。
本来なら妖怪・幽霊には特攻で、一撃でも受ければ相当だろう。
しかし、彼女はその執念でまだ動いている。
「私は! お姉様の隣に!」
「なら! 戻ってきてよ! お姉ちゃん!
私は偽物じゃ無い、私はあなたの妹なんだから!」
「違う! お前は偽物!」
「四宮の巫女としては半人前だし、そこまで強いわけでもない。
でも、私は四宮の巫女として、色々な人達と仲良くしてきたの。
それが偽物だったなんて事はあり得ない!
私は本物! そして、あなたも本物! 戻ってきて!
そうすれば、お姉ちゃんだって沢山の人とまたお話しできるから!
師匠とだって、また一緒に過せるから! 戻ってきて!」
「ふざけるな! 偽物は…偽物は!」
「そうやって、怨んでばかりいても…誰も救われないよ!
あなたも救われない!」
「私は!」
茜は藜の攻撃を防ぎ、流しながら説得の声を止めなかった。
藜の攻撃は非常に的確で素早い物だ。
一撃一撃も重いというのが刀と刀の打合い時に聞える音で分かる。
少しずつ、茜も体力を消耗して言っているのも分かった。
重い一撃を防いでるとは言え何度も受けていれば辛いだろう。
避けるという行動が最も的確で消耗が低いかも知れないが
打ち合うと言うのが、お互いに距離も詰められるし、説得も出来るだろう。
「私は…偽物だから」
藜の言葉に変化が現われた、さっきまではずっと茜を偽物だと言っていたが
今度は自分が偽物だという…同時に攻撃の勢いが弱まっているのが分かった。
「……」
「そう、私は偽物、私は死んだ、ここにいる私は偽物。
死んだのに未練たらしく生きて、人間に戻ろうとするただの怨念。
そう、私は偽物、そう、あなたは本物、私は…」
「……あなただって、偽物じゃ無いから」
「……何で、そう言えるの?」
「だって、あなたが偽物だったら…きっと、誰もあなたを助けようとはしないから。
でも、師匠はあなたを助けようとした…それは、あなたがあなただから。
そして、私もあなたを助けたい…あなたは、私のお姉ちゃんだから」
「……違う、私は偽物なんだ…変な期待はさせないでよ。
私は消えるべきだ、私はもう死んだ、この胸のが何よりの証拠。
今でも動いてるのは、ただの未練…だから、私はもういらない」
「じゃあ、あなたを助けようとした、師匠はどうなるの!?」
「……お姉様は…きっと私の事を忘れてるから」
「そんな事無いよ! 師匠を馬鹿にしないで!」
「……でも、お姉様は…ふふ、もう良いや、私は偽物、あなたは本物。
それで良い…それで良い」
そう言い彼女は自分の刀を自分に突き立てようとする。
「待!」
茜が止めようと走り出すが、茜よりも先に彼女を止めたのは。
「……藜、久し振りね」
「……お姉…様」
葵だった、ずっと神社の裏で待機してて、良いところで出てくるな。
「さ、ようやく捕まえたわよ、戻りましょう…四宮神社へ」
「……お姉様」
葵の姿を見た藜は涙をぽろぽろと流し、葵の足に抱きついた。
「でも、私はもう…四宮の巫女じゃありません」
震えた声で呟く…何かに恐怖した様に小さな声で。
「……別に良いのよ、四宮の巫女じゃ無くても」
「え? でも…」
「四宮神社は…全てを受入れてくれるんだから。
あなただって受入れてくれるわ、ね、あなた達」
「…はい! お姉ちゃん!」
「っと、まさかこうもあっさり決着が着くとは思わなかったが
まぁ、その通りだ、四宮神社は全てを受入れてやるよ。
幽霊でも妖怪でも人間でも…偽物とか本物関係無しに平等に」
「……」
「帰ろう、お姉ちゃん…一緒にご飯を食べよう、一緒に修行をしよう。
一緒に寝て、一緒に遊んで…私がやりたいこと、全部付き合って貰うよ!」
茜はニッコリと笑い、彼女に手を差し向ける。
一切の迷いの無い、純粋過ぎる笑顔で。
「……」
藜は目に涙を溜めながら、ニッコリと笑って地面を見た。
そして、少しの沈黙の後、顔を上げ。
「……わがままな妹を持つと…お姉ちゃんは大変だね」
そう言い、茜の手を握った…その表情からは憎しみは消えていた。




