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終戦見聞録  作者: 鱗田陽
フュンヘン動乱
16/23

15

 やがて両軍が、レボシ村の周囲に広がる平原にて顔を突き合わせた。形ばかりの降伏要求とその拒絶が使者の間で交わされ、戦いの準備が整った。

 緩やかに戦いが始まった。どちらからともなく太鼓の音が響き渡り、ダノ軍は騎馬を、ロガシ軍は弓兵を前面に押し出した。

 両軍の指揮を実際に取っているのは、ダノとミュンヒオールである。ロガシは目を瞑り、一人震えている。ここ数日で分かったことだが、ロガシの筋肉の多くは農業と林業で身についたものだ。内面は小動物的で、人の血を見るのが何よりも嫌いらしい。

 それ故か、戦いというものに慣れてはいない。怯えてどこかに逃げるばかりである。だからダノ軍に蹂躙されるのだ。上に立つ者がいないのだ。

 しかし、今回は違う。ミュンヒオールは両の足で立ち、決然と敵を見据えた。その勇壮さに感動してか、ロガシ軍は初めて士気を保ったまま敵を迎え撃った。

 最初の攻撃は、ダノに先手を取らせるための牽制である。精鋭の弓兵が十五人ばかりで攻撃する。その攻撃はまばらで、時折空しく矢が地面に突き刺さる。敵を討ち滅ぼすためではなく、誘い込むための攻撃である。

 このうち、ミュンヒオールは、たった一度だけ攻撃を収束させるようにと命じた。十五本の矢が、ある一人の胸に突き刺さる。その男は激しくもんどりうちながら、馬から転げ落ちた。先陣を任された騎馬隊の隊長であり、彼の死によって、攻め寄せたダノ軍の騎馬隊の一部が乱れた。

 また、騎馬隊の面々は、レボシ村を取り囲む濠にも惑わされていた。矢をかいくぐりながらぐるりと一周回ってみるが、けれども馬が飛びこえられる場所は、一つを除いて皆無である。浅い濠と腰回りほどの高さの土塁が馬の進行を阻んでいた。

 その上、ロガシ軍は僅かな数の弓兵しか姿を見せてはいない。

騎馬隊にとって、これは僥倖だった。五十人ばかりの部隊であるが、力押しをすれば勝てる相手だと思わされた。

 もしも状況を明確に把握していたのなら、将を失った彼らは退いたはずである。だが、この戦いの勝利が争いを終結させるのだと思うと強引に攻めたくもなる。レボシ村を蹂躙すれば、それで終わるのだから。

 冷静な指揮官がいれば状況は変わっていただろう。しかし、指示を出すはずの騎馬隊長は戦闘不能で、誰が指揮を取っているのか、その一点ですらあやふやになっている。

 徐々に思考力を鈍らせ、烏合の衆と化していく騎馬隊にとって、濠を貫く一筋の橋は希望のように見えた。

 このままであれば、きっと手柄を立てられない。騎馬隊が退き、歩兵が前に出ることは、その身分の差から来る矜持に傷をつけることになる。

 誰が先頭に立ったのかは不明だが、その一本の橋めがけて、騎馬隊が突撃した。それはダノにすら愚かだ、と評されるほどの強行策であった。

 彼らは、橋に足をかけようかという頃に、突如として現れた約百人の弓兵に反撃を食らった。

 この斉射によって、序盤の趨勢は決まった。ロガシ軍は完全に戦局を抑えていた。地の利を生かして撃退していく。ダノが攻城兵器を持たない以上、籠城が最も効果的な防御であるのだ。

 散々に矢を撃ちかけられた騎馬隊が戻ってくる。

 その頃には、昼からやや夕暮れの、淡い暮色が空に混じってくる。時限装置のような時の変化を前に足踏みをしていると、ダノは多くの部下達の提言に悩まされるようになっていた。

「是非、我が隊に突撃を」

「我が隊に……」

「策がございます。どうかお聞き届けを」

 その言の一つ一つを精査したのは、ラウルであった。彼が窓口となり、功を焦るずさんな策を突っぱねる。自然、ラウルに対する悪感情が高まるが、それは彼も承知のとおりであった。わざと強い言葉を使って罵り、もしくは自尊心を傷つける言い回しをする。あまり罵倒は得意でないのだが、ミュンヒオールを見ていれば、コツのようなものを会得しているはずだった。

「がっちりと固めてきたな」

 一仕事を終えたラウルが、唸り声を上げた。ミュンヒオールは厄介な策を採用したらしい。ダノ軍の僅かな数の利が、まったく生かせなくなる。

 その憤懣を見透かして、アザーラが茶を用意しながら問うてきた。彼女は、武具も身につけずに戦場にいる。大きなパラソルを本陣近くに立て、そこでラウルと共に戦いの経過を見ている。

「どう厄介なんですの?」

「レボシ村を守りきった今のロガシの名であるならば、近隣の村から兵士がいくらでもやってくるだろう」

「それも打ち払えばよろしいのでは?」

「いや、この程度の数の差は誤差にも等しい。防備を固めたロガシに対して、彼の周囲にいる村や人を離反させていかなければ。籠城している以上、打って出なければロガシに勝ちはない。しかしダノが自滅する可能性はある。それは周辺部をおろそかにした場合だ。今は兵力に差があるが、周辺の村落が敵に回った場合、この優位は完全に崩れる」

「ロガシは増援を、こちらは信頼を、得なければならないというわけですわね?」

「時と場合によっては戦う準備もいる。補給線を断ち切るために。だから、近くの村を回るには兵を分けねばならない。今は千人だが、このレボシ村を見張るために半分ほど残しておきたい。自由に動かせるのは残った五百人だ。周辺部を抑える場合、同時に叩かねばならない。村同士が相互に情報を交換してしまったら、我々の目的は成就しない」

 とにかく速さだ、とラウルは繰り返し主張した。それは概ね理解されたらしく、夕暮れ間近になって二つの部隊が編成された。一方は騎馬隊。もう一方は精鋭の歩兵隊である。彼らは編成されるなり、周辺の村落を説得するべく出発した。

 それを見送ったダノは口を閉ざしたまま、じっとレボシ村を睨んでいた。包囲するにも兵が足りない。その入口で待つばかりである。

 頭上を欄干が覆った。その瞬く星々と遅れて打ち上がった月が、夜の平原の淡く照らしている。両軍ともに煌々と松明を燃やしているため、そこだけ異様な明るさに包まれていた。

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