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終戦見聞録  作者: 鱗田陽
デベ村一件
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はじめに

 戦いは終わった。

 四十年にも及ぶ帝国との戦いは、両国の国境線――ダルコン平原の決戦によって完全に終息した。父と慕ったかつての主ボミルカル公爵の汚名を、ラウル・ヒルコン将軍は完全に雪いだのであった。

 全ての発端は、帝国の政治が腐敗したことにある。

四十年前、帝国領全土を激しい寒波が襲った。その年は夏でさえ雲が陽光を遮り、長袖どころか上着を着なければ肌寒い日が続いた。夏ですらその有様だから、秋や冬になれば暖房を完備した石造りの家でも人が凍え死んだ。

 この状況が、人々の目を覚まさせたといえよう。なにしろ誰もが貧困と、もしくは食料不足と寒さに苦しんでいたというのに、帝国の役人ときたら杓子定規で全てを済まそうとしたのだから。まあ、規則がある以上、理不尽なことも起こりうる。しかし、帝国民――とりわけ反乱の中心を担った二人の公爵の怒りを買ったのは、貴族や官僚の多くが、収奪した税収を中抜きして己の財の糧としていたことであった。

 すなわち、その年――もしくは寒波の影響が酷かった二、三年の間――の税率は最小限にせよ、という皇帝の玉音は、次期皇帝たる宰相ファミリアンや、それ以下全ての貴族や官僚から無視され、帝国民の多くには届かなかった。唯一従ったボミルカル、ヘンソン両公爵は、むしろこれらの貴族や官僚からなじられ、侮蔑され、そして迫害された。

 両公爵は互いに手を取り合いながら、己の名誉を取り戻すべく、まずは帝国の政治を支配する貴族院に訴えた。

 けれども、この運動は無視された。全ての議員が貴族で占められる、貴族院で取り上げられることはなかった。両公爵の訴えは、そよ風の如く通り過ぎた。

 次いで皇族に直接訴え出ることにした。両公爵は決死の覚悟で禁裏へと突入し、病臥の皇帝に直訴した。けれどもこの時、高齢の皇帝は死の淵にあった。彼の一人息子ファミリアンが、宰相として帝国の政を仕切っていたのである。この武骨な皇太子は、両公爵の行為を不敬と断じ、その地位をはく奪しようと画策した。

 ここに至って戦いが始まった。両公爵は貴族への復帰と名誉の回復を望み、戦いに臨んだはずであった。

 四十年の時を経て、両公爵も宰相も身罷った。その子孫達が戦いを繰り広げる内に、帝国の崩壊と共和国の誕生を生むとは、誰も想像してはいなかったのである。

 開戦当時、三十歳だったラウル・ヒルコン将軍は、愛すべき主ボミルカル公爵のため、頑強な帝国軍との戦いへと身を投じた。彼もまた、偉大な主が正当な評価を得るために剣を取り、槍を振るったはずなのである。

 しかし、ことは変わってしまった。両公爵は十年ほど戦いを続け、相次いで亡くなった。それで終われば良かったのだが、両公爵家と、皇帝となったファミリアンとの対立は深まるばかりで、戦いは激化の一途をたどった。もはや妥協的な和解は望めず、どちらかが滅ぶまで戦いを続けなければならなかった。

 開戦から時が経ちすぎ、もはや戦いの端緒が何であったのかを直接知る者は僅かである。その僅かな人間であるラウルは、己の過去を清算するべく、帝国との決戦に臨んだのであった。

決着は、帝国の崩壊を招いた。

 ダルコン平原の戦いに臨んだ人間は、共和国側が八万人、帝国側が十万人であったという。まだ戦いが終わって七日と経っていないから、これが正確な数字である確証はない。けれども、それほど多くの人間が一堂に会し、弓を引き、槍を構え、剣を振り上げたのである。

 戦いは熾烈を極めた。その一つの理由が、両者ともに最後の戦いにしようと意気込んだことにある。共和国側は最高議長マークス・ボミルカルを総大将とし、帝国側は最後の皇帝ファミリアン二世自らが兵を率いた。

 この結果、どちらも退くに退けない状況が出来上がり、最後の一兵が死に至るまで戦いをせねばならなくなった。

 あとのことは推して知るべし、である。〝不敗の軍神〟ラウル・ヒルコンの武勇、そして帝国側の裏切りの連鎖によって、戦いは三日ばかりで終結した。結果、帝国は完全に滅び去り、その領土は十二の国家に分割された。もちろんそれは暫定的なものであり、これから変動するであろう。だが今は、それだけの国々に分けられた。戦いの発端となった両公爵は、共和国の祖として祭り上げられ、その名誉は完全に回復した。

 そして終戦の混迷から立ち直った、共和国の首都ベダン・スーでは、帝国の滅亡と共和国の建国を祝う戦勝の晩餐会が開かれていた。悪しき帝国は歴史の塵となり、これから平和な時を迎えるのだ。

 そのめでたい空気を避けるように、二人の影が宵闇に紛れて、ベダン・スーから逃げ出そうとしていた。

 一人はラウル・ヒルコン。帝国打倒の主戦力となった将軍である。そして今一人は、彼の唯一の親族ミュンヒオール・デルフリートである。

 二人は、この喜びにあふれた首都から抜けだし、勝手気ままに生きようとしていた。


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