第86話 ルイーズさんの食堂
そこにちょうど、アルにーさまとフランクさんが冒険者ギルドから出てきた。甲冑虫のツノは持ってないから、無事に引き取ってもらえたみたい。
「おう、どうしたんだ?」
フランクさんが私の頭を軽くなでる。その顔を見上げると、眉間に皺を寄せていた。
その表情は、どう見ても神官さんには見えない。チラリと見た男の子も、その威圧感に圧倒されている。
「家族が行方不明なんだそうよ。それで探すのを手伝って欲しいんですって」
アマンダさんの言葉に、フランクさんは男の子を見る目を和らげた。
それに男の子が気づいて、強張っていた体から力を抜く。
「冒険者ギルドでも少し話を聞いてきたが……。臨時収入も入ったことだし、飯でも食いながら話すか」
ちょっと中腰になったフランクさんがニカッと笑う。
でも男の子の目は、フランクさんの頭の上のルアンに注がれている。
そんな男の子の目の前に、カリンさんが鼻をひくひくさせながら近づいた。
「匂う、匂うぞ!」
「――え。ちゃんと五日前にクリーンかけたぞ」
男の子はそう言って、くんくんと自分の体の匂いをかぐ。
この世界ではお風呂に入る習慣がなくて、その代わりにクリーンの魔法で体の汚れを落とす。私はどうしても覚えられない魔法なんだけど、普通は小さな子供でも使えるらしい。
普通は毎日かけるものだけど……。五日お風呂に入ってないのと一緒だよね。
別に臭くはないけど、思わず一歩下がっちゃった。
「小僧。そなた新種のスライムを知っているだろう。どこで見つけたのだ。私に教えよ!」
「スライム?」
何が何だか分からないっていう顔の男の子の周りを、カリンさんが顔を近づけながらくんくん匂いをかいでいる。
――どこからどう見ても、立派な変態さんです。
そして、心なしか、周囲にいる町の人たちの目が冷たくなっている気がします。
皆さん誤解です! 変態なのはカリンさんだけなんですぅぅぅ。
「まあまあ、ちょっと待てカリン。スライムは後回しでまずは人探しだろ。おい、坊主、この町にルイーズの食堂ってあるだろ。案内してくれや」
ルイーズの食堂!?
ルイーズの酒場なら有名だけど、食堂なんてあるんだ。
「案内したら探すのを手伝ってくれるのか?」
「なんといっても俺は神官だからな。人助けが仕事みたいなもんだ」
「えっ。神官さん?」
男の子はまじまじとフランクさんを見て、着ている服が神官の旅装だってことに気がついたみたいだ。
ちょっと木こりさんの服に似ているし、フランクさんは筋肉ムキムキだから、すぐに神官だって分からないよね……。それに頭の上のルアンのインパクトが凄すぎて、服なんて見ないもんね。
「おいおい、どこからどう見ても立派な神官だろうよ。なあ、嬢ちゃん」
えーっとぉ……。
どこからどう見ても神官さんに見えないけど、何て答えればいいんだろう。
返事に困っている間に、アルにーさまが男の子に向かって優しく話しかけた。
「ルイーズの食堂はどこかな?」
「すぐそこだよ。こっち」
男の子の案内で、すぐ近くにあったルイーズの食堂へ行く。
「新種のスライムが!」
「はいはい、カリン。それは後でゆっくり聞きましょう」
男の子に突進しそうなカリンさんを、アマンダさんとヴィルナさんの二人で両脇を抱えてがっちりガードする。
私は思わずノアールと顔を見合わせて、肩をすくめた。
ルイーズさんの食堂は、冒険者ギルドの三軒隣にあった。
もしかしてお店の中には、バニー姿のウェイトレスさんがいたりして。
ドキドキしながら中に入ったけど、バニーさんはいなかった。残念。
「おう。邪魔するぜ」
カランカランと鈴のついたドアを開けると、テーブルの片隅に座って何かを飲んでいた人がふっと顔を上げた。黒髪に赤い瞳で、口元にホクロのある、色っぽいお姉さんだ。
「おや。どこかで見た顔だねぇ」
「……ルイーズじゃねぇか。今はこの町にいるのか。やっぱりここはキナ臭ぇな」
どうやらフランクさんのお知り合いみたい。
えーっと、どういうお知り合いなんだろう。もしかしてかつての恋人だったりとか!?
「神官になってイゼル砦に引っこんでたって風の噂で聞いたけど、クビにでもなったのかい? また冒険者になるなら、あんたくらいの腕利きならいくらでも仕事を紹介してあげるよ」
「今さら冒険者には戻らねぇよ。お前だって情報屋辞めて冒険者には戻らないだろ」
フランクさんの言葉が終わるか終わらないかのうちに、ヒュンッと何かが飛んでフランクさんの頬をかすめる。
そこからツゥッと赤い血が流れた。
「あっさり人の秘密をバラすんじゃないよ」
「他に誰もいねぇし、ルイーズの食堂が情報屋を兼ねてるっていうのは腕利きの冒険者の間じゃ有名だろうよ。初めて行く町の冒険者ギルドより、まず先にルイーズの食堂の場所を確認するって言うじゃねぇか」
フランクさんは頬の傷をヒールで治すと、何事もなかったかのように会話を続けた。
ちょっと待って!
この二人って知りあいなんだよね? なんでこんなに殺伐としてるの!?
「……まったく。僻地で大人しく隠遁生活でも送ってるのかと思ったら、相変わらず鼻が利くねぇ。それで、何を聞きたいんだい?」
「さすが情報屋だ、話が早ぇな」
フランクさんはニカッと笑うと、ルイーズさんの正面の席に座った。
「この町で行方不明になった子供がいるだろ。その情報を教えてくれ」
ルイーズさんは、チラリとアルにーさまの隣に立つ男の子の姿を見た。そして戸口に立ったままの私とノアールを見て、目をすがめる。
「いいだろう。でもここはこれから貸し切りにするから、高くなるよ」
そう言うとルイーズさんは立ち上がって、閉店中と書かれた札をドアに掲げた。




